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個人主義と犯罪捜査 [閑話]

近代的個人主義は、合理主義・自由主義との三点セットという先入観によって汚染されて
いるのではなかろうか?その点を、犯罪捜査の歴史から明らかにしていきたいと思う。
古い歴史のある犯罪捜査では、昔は、思い込み捜査で、ずいぶん多くの冤罪を生んだ?
自白を強要する為に、拷問という手段が用いられたが、民主化と共に廃止されている。
しかし現代でも心理的な駆け引きがなされ、サスペンス劇では、犯人の自白を引き出す
名人刑事が主人公のドラマもある。しかし捜査過程の尋問中、自白を強要された、或は
科学的証拠が間違っていたとして、最近、冤罪が立証されるケースが幾つも出てきた。
従って取調べのオープン化と、益々、動かぬ物的証拠が求められるようになった。しかし
証拠だけで自白を引出せるケースは多くない?自白なしの立証は現行犯逮捕だけだろう。
犯罪捜査において、合理主義の偏重に陥ると自白が得られず、犯罪の立証が困難になる?
「合理性を追求しすぎると不合理になる」という好事例ではなかろうか?

しかし、問題はそれだけではない。物的証拠による立証という考え方は、科学万能、
人間の能力の過信ではなかろうか?物的証拠で立証できたとしても、それでは犯罪と
犯罪者は切離されたままとなり、犯罪者を更生させるという本来の意義がなくなる。
尋問における犯罪者と刑事とのやり取りは、犯罪者更生への一里塚であるはずである。
だから必ずや正しい供述が必要である。互いに限られた能力しかない憐れな人間だ。
犯罪者も刑事も利害が正反対な立場で、当面、意見が一致しないのは当り前だろう。
そういう問題を粘り強く解決していかない限り、世の中は良くなっていかないだろう。

現代社会は合理主義・自由主義の行き過ぎに汚染されて、様々な矛盾が噴出している。
その原因の一つに、個人のあり方としての個人主義に関する間違った解釈がある。
個人主義は、自由主義から利己主義になる思想だと言う。確かに近代社会は、大家族の
不合理な面を捉えて核家族に解体し、家族さえ不自由だとして、利己主義化している。
しかし私が日本歴史から学んだ個人主義は、先入観を持たず、何かに囚われない平常心・
不動心で生きる「人のあり方」である。また自由主義の発端は聖書解釈の自由という事。
その根源には人間の能力の制約がある。自由主義もまた人間の制約を謙虚に受止めて、
先入観を打ち壊す教えであったはずである。利己主義と混同され先入観に汚染された
自由主義が、個人主義の解釈を誤らせる方向に導いているのではないか。以上の様に
現代社会の問題の中心は、高度成長などで見過ごされていた「人間の制約」への対処方法
であろう。個人の先入観による過ちが積重なると問題となり、大きなうねりを伴うと
大事件、大紛争や戦争にもなる? 火事はボヤの内に消し止めねば! 如何なものか
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組織と個人・(4) [希望]

「組織と個人」という題で書き始めた動機を振り返ってみた。
動機は書籍「NHKスペシャル 日本海軍400時間の証言」が、大日本帝国海軍の空白の歴史を
埋める関係者の証言を「現代人に役立つものにする」という目的の是非を考える事あった。
この書籍は、NHKという報道機関から発せられた珍しい、そして真面目な啓蒙書だと思う。
日本のジャーナリズムは、海外の表面的流行を取入れ、常に装いは新鮮だが、戦前・戦後を
通じ大衆や権力への迎合という面で芸能界等と同様に、古い体質が残っている業界である。
その壁を破って成就できたのは、新事実を寄集めの知識によって料理した、従来の啓蒙書
と異なり、関係者が自己の内面を見つめ続けながら新事実と対峙し続け、目的に向かって、
様々な分野の関係者と対話し、議論し続けたからだと思う。

従来の啓蒙書は、事実(例えば偉い人の著書や発言)を内容に則して、翻訳・解釈するもの
だった。現代の啓蒙書は、自己の内面を磨き、広く議論し、内容に囚われないで事実を直視
できるものでなければならないだろう。勿論、夏目漱石は今も、現代的啓蒙活動家である。
「NHKスペシャル 日本海軍400時間の証言」(以下・本書と呼ぶ)は、漱石の様な偉人が
1人で成したものではなく大勢の人々によって成し遂げられたところに大きな意義がある。

啓蒙思想の系譜は、基本的に近代的個人主義への啓蒙であった。
従って啓蒙思想はご存知の様に、近代の行き詰まりで流行らなくなってしまったのである。
近代の行き詰まりは、理性や合理主義の偏重にあるという。
理性や合理主義が、何故、偏重されるようになったのか?それはルールで縛るためである。
個人が孤立して十分な情報交換が出来ないので、微妙な問題までルール化するからである。

本書は、近代的個人主義への啓蒙ではない。さて、そこで本書は、何の啓蒙なのか?
本書が従来と違い、大勢の人々により成し遂げられた事にヒントがあると、私は考えた。
結論を言おう。
それは「個人を孤立させない」ための啓蒙、理性や合理主義を偏重させないための啓蒙だ。
個人主義は、本来、個人を孤立させるものではないにもかかわらず、社会が間違えて、
個人主義を、「個人の孤立」に向かわせるという流れが止まらない。それを止める啓蒙だ。
本書の事例は、個人主義者でありながら、孤立していたために罪を被ったり、有効な行動が
執れなかったり、という様な教訓が、沢山、得られるのではないか?そして、本書の成立が
多くの自立した人々・個人主義的組織人の努力の賜物だった事も大きな教訓である。今や
個人主義者は、孤高でも孤独でもないのだ。本書はそれを明らかにした。如何なものか
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組織と個人・(3) [閑話]

日本人の個人主義は、既に室町時代の武士や商人にも、その萌芽がある。人間は一人では
生きていけないから個人主義に徹するといっても、個人は、ある種の党派、組合、組織に
属して生きてゆく事になる。その場合、組織が個人主義的であれば、摩擦は少ないが、
集団主義的な場合には、多かれ少なかれ摩擦が生じる。

個人主義的組織とは、構成員に役割分担はあっても、身分は平等で意見の相違は議論する。
ルールに従い、権力や暴力、金力などによって、意見を捻じ曲げたり、封殺したりしない。
非営利の趣味や、ボランティアのサークルでは、日本にも存在するのではないか?
外部組織との関係は、個人主義的組織とは、比較的明快な関係だが、集団主義の組織とは、
微妙な関係になる。集団主義的企業や自治体との関係など、運営に創造的工夫が必要。

集団主義的組織とは、構成員の立場が個々に微妙に異なり、上下関係、序列等が存在する。
リーダーや役員等は、一般構成員とは明らかに格が違い、外部組織との関係も上下関係や、
序列等が存在する。従って発言権も微妙に異なってくる。
戦前の海軍組織は、組織としては風通しもよく、近代的なルールに従って運営されていた?
“NHKスペシャル取材班「日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦」新潮社”
を読んでも、構成員が皆、個人として自立していなかったわけではない事が伺われる。
しかし、キーマンとなる様な人間の中に、集団主義的人物がおり、そういう人々が、権力で
事実を捻じ曲げたり、大切な決断の時に、見て見ぬ振り、組織盲従したり、するのである。
結局、集団主義的組織とは、「空気」の存在もさることながら、権力のために、「空気」に
盲従するキーマンによって、運営されている組織という事になる。この様な組織の場合には
自立した(個人主義的生き方の)個人でも、情報制約等、様々な制約によって発言が難しい。

先日、勅使河原宏監督の映画・『利休』を見た。三国連太郎の演じる利休は、その時代に
育ってきた「個人主義」を生きた。茶道という「道」を究める求道者として、信念を貫き、
秀吉から処刑された。秀吉は一種の暴君であり、家臣団は、腰抜け揃いである。
この事件は、為政者・秀吉の決断だったから、封建社会的集団主義とはっきりいえる。
しかし見方を変えて、家康が、同様の決断をした時に、家臣から諌言されなかったか?
組織が集団主義的か、個人主義的か?の問題もさることながら、組織と人の問題は組織と人
との相関関係に有る。「日本海軍400時間の証言」にも書いてあったが、見えるものからの
理詰めだけでは、深遠な問題に肉薄できないのでは? 集団主義的組織の中で、1945年の
敗戦の様な過ちを繰返さない個人の生き方と組織のあり方への研究が大事?如何なものか
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組織と個人・(2) [閑話]

昨日のブログで、昭和の15年戦争あるいは第二次世界大戦の敗戦要因は、大日本帝国軍が、
「組織の盲動」に流されたということを、当事者の証言で明らかにした本について述べた。
「組織の盲動」とは、1):組織優先、個人軽視、2):失敗時の責任の曖昧さ、
3):流れに逆らわない結果の‘やましき沈黙’、という組織と個人のあり方である。
私の結論として、「日本人は個人主義には徹せない? 私は、個人主義でも集団主義でも
ない、その軽妙なバランスを執る(という道を目指す)べきだと思う。」と書いた。

その後で、夏目漱石の「私の個人主義」という講演録のことを思い出した。
漱石は、その講演で、個人主義のことを以下のごとく、実に平明に語っている。
“(個人主義を)もっと解り易く云えば、党派心がなく、理非がある主義なのです。
派閥を作って、権力や金力のために、盲動しないという事です。”

日本の組織が旨く機能する場合には、大久保彦左衛門のような権力に屈せず権力や金力による
ゴリ押しを抑えるご意見番等、大事に至らないための様々な安全装置を働かす知恵があった。
明治以降の日本にもそれらしき機能が存在していたが、5.15、2.26事件等、テロ活動のために
天皇さえも無視されるという、軍隊派閥の大暴走に突き進んだのである。

ともあれ、現代の状況を鑑みるに、問題は、「組織か?個人か?」の枠を超えている。
昔は立派だった先進国も、個人主義は廃れ、一般庶民も含め、権力や金力のために盲動し、
国家主義・集団主義国家も、一般庶民が権力や金力のために盲動する社会と化しつつある。
「近代化」という美名のもとに進行している事態は、権力や金力のために盲動する人々が
随時、拡大しているだけなのではないか? 
そういった現状の中、今なお、日本人の良識・道徳は、海外において高く評価されている。
「NHKスペシャル 日本海軍400時間の証言」の指摘通り、現代日本の官僚や企業の組織が、
大日本帝国軍と同じ問題を内包しているとはいえ、その違いを分析しないといけないのでは?
日本人が今なお賞賛されている理由を明らかにして、それをもとに日本及び諸外国に、その
ノウハウを教え平和な世界にしていく事が、日本の役割として求められているのではないか?

日本の組織と個人のあり方は、様々な悪い面もあるだろうが、人間を育てる良い面もある?
その素晴らしさの湧き出る源流を探り、その清流が、どの様にして人間を育てるのか?
清水の湧き出る源流は変幻自在、時と場所で、随分変わることだろう。しかし、そこには
何らかの普遍性を備えているに違いない。それを解明できないものか? 如何なものか
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組織と個人・日本海軍400時間の証言 [歴史]

DSC08860日本海軍.JPG“NHKスペシャル取材班「日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦」新潮社”という本を読んだ感想を、「組織と個人」という観点から考えてみた。NHKスタッフは、取材し、放送番組や本を作るに先立って、敗戦という悲劇的出来事に立向う姿勢を改めて考え直したという。最初は「歴史の空白を埋める」という事に興味が湧いたが、単なる事実の羅列では、海軍当事者の記録の意味が見失われるのではないか?という重大事に気付いた。そして「日本海軍400時間の証言」によって明らかにされた内容を、「組織と個人」という面から読み解き、番組や本を現代の組織に属する社会人にも役に立つものにするという意義を見出したという。
此処では、私は、あまり細かなことには拘らず、このようなスタッフの立場を検討したい。スタッフの立場とは、1.彼らの「現代の社会人にも役に立つものにする」という目的は妥当か?2.彼らの成果はなにか?3.彼らの基盤は間違っていないか?などである。

1.彼らの「現代の社会人にも役に立つものにする」という目的は妥当か?
今回の番組は、従来のNHKの番組と異なって主張がある。それは、スタッフの止むに止まれぬ上記の目的があるからだ。番組が主張しないという建前は、個人が様々な情報から何を学びとるか?をしっかり弁えた立派な大人であることが前提である。しかし、NHKスタッフは、日本が立派な民主主義、個人主義の国だと思っていたら、実は、大日本帝国海軍と、現代の官僚や企業の組織が、同体質であり、自分達も大日本帝国軍人をバカに出来ないことに気づかされたのである。そこで、彼らは、自らの思いを、世間に訴えた(主張した)。これは一種の啓蒙活動である。

2.彼らの成果はなにか?
この本の冒頭に、大日本帝国海軍と、現代の官僚や企業組織が、相も変わらず、1):組織優先、個人軽視、2):失敗時の責任の曖昧さ、3):流れに逆らわない結果の‘やましき沈黙’、という共通点を指摘している。正に、この指摘こそが、本書の最大の意義、成果だと思う。

3.彼らの基盤は間違っていないか? NHKスタッフは、本書で以下のような前提を述べている。
1):一人一人を守るために国家や組織がある。 2):組織の利益を優先し、個人の存在を軽視するのは間違っている。 3):どんな組織よりも、一人一人の命の方が重い。
彼らの論理基盤は、西洋の論理であり、敗戦後、輸入されたが、今だ定着していない。
本書の最後に、「この本は長い取材・制作期間を、家族の様に過ごした仲間が、同じ目的に向かって共に生きた証」と書いている。この文章から伝わってくる情感は、日本人なら格別の思いを汲み取れるだろう。根っからの、日本人は組織人? 個人主義には徹せない? 私は、個人主義でも集団主義でもない、その軽妙なバランスを執るべきだと思う。如何なものか
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TVドラマ・フォルティッシモ [物語]

ドラマといえばサスペンス、一般的なドラマは余り見た事もないのに、昨夜は標記ドラマを
鑑賞した。これも何かのご縁である。折角だから感想を書留めておこうと思う。
最初に藤澤恵麻演ずるところのヒロイン・東條美空が登場するシーンが印象的だった。
就職活動の身分証明用写真を撮るのだが、実に頼りない、情けない顔なのである。
藤澤恵麻という女優さんの演技を見るのは初めてだと思うが、こんなチンケな女優さんが
主役?と早々にスイッチを切りたくなった。しかしドラマを見るご縁となった番組紹介文が
魅力的だったことを思い出して、もう少し我慢してみてみた。そうしたら、私の嫌いな
玉置浩二が西村雅彦と並んで、最近公然復活の男色関係?という感じで、ヒロイン・美空を
面接しているではないか?しかもヒロインは沢山資格がありながら、ボロボロの感じ。

こういう‘ある種の悟り’物語は、迷いが酷いほど、‘悟り’ を開いた主人公が栄える。
この物語は、美空が28歳の夏に、何故どん底であったのかは説明しない。ただ彼女が、
行き詰り、親の勧める母校の臨時教師になって、たまたまクラリネットの練習をしている
生徒・北川春樹(藤原薫)と出会ったことで、その謎の一部は推測されるのだった。

新聞の番組紹介文の書出しは、
“あきらめた筈の夢だって埋み火の様に熱を持ち続ける。何かのきっかけで思い出せれば
 再び明日への道しるべになる・・・・” 良い感じじゃあないですか。
この紹介文を道しるべに、このドラマを見続けたのである。そしてその甲斐はあった!

美空はかつて吹奏楽部に在籍しクラリネットを演奏していたが、最終年の演奏会でソロを
担当しながら、当日緊張の余り演奏出来なくなり、会場から逃げ出してしまったという。
春樹と出会い、今や弱小部となった吹奏楽部の立て直しを引き受けた。そして皆に迷惑が
かかるといって、逃げ出そうとする春樹を止める時に、自分の過去を告白するのである。
また演奏会直前にも、多くの部員の自信喪失を防止するために「少々の失敗は許す。
失敗しても、今日演奏したことを、10年後にはキッと誇りに思えるから」と鼓舞した。

演奏会で指揮する美空の顔は、最初の頼りない情けないチンケな顔とは似ても似つかない。
実に素晴らしい輝いた顔であった。この落差は、演技力なのだろうか?ならば大女優?
演奏会は大成功。生徒達に教えられたという美空のラストシーンにおける「悟りの言葉」
=「何ものであるか?解らないという事は何にでもなれると言う事」。 如何なものか





蛇足


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今夏・暑さの評価 [閑話]

彼岸の中日も過ぎて、日中でも秋風が涼しく、散歩も凌ぎやすくなってきた。
昨年は近来に無く暑い夏であったが、今年は相対的に凌ぎやすい夏だったように思う。

倉敷の昨年(2010)と今年(2011)の熱帯夜、猛暑日、真夏日、夏日の日数比較をした。
(7,8,9月を比較したが、9月は、23日までの実績である。データは気象庁日別データ)
2010年7月
熱帯夜:日の最低気温が25℃以上=7日 猛暑日:日の最高気温が35℃以上=1日
真夏日:日の最高気温が30℃以上=22日 夏日:日の最高気温が25℃以上 =7日
2010年8月
熱帯夜:=28日 猛暑日:=7日 真夏日:=24日 夏日: =0日
2010年9月
熱帯夜:=8日 猛暑日:=2日 真夏日:=18日 夏日: =2日
2011年7月
熱帯夜:=3日 猛暑日:=0日 真夏日:=19日 夏日: =11日
2011年8月
熱帯夜:=17日 猛暑日:=1日 真夏日:=24日 夏日: =4日
2011年9月
熱帯夜:=1日 猛暑日:=0日 真夏日:=9日 夏日: =13日

私は、生活で一番耐え難いのが、暑くて寝苦しい事である。従って熱帯夜が苦手。
この観点からして、夏(7月~9月の彼岸中日まで)期間中、昨年の熱帯夜=43日に対して、
今年の熱帯夜=21日と半減しており、明らかに凌ぎやすかったといえる。
また、最高気温が30℃を超える猛暑日・真夏日の日数が、昨年=74日に対して
今年=53日と、約30%も減少していることからも、今年は凌ぎやすいと言えそうである。

温暖化の影響が、大雨を降らせる台風の発生につながると言う話もある。
温暖化も、ジグザグと、一進一退を繰り返しながら変化していくのだろう。
理屈で、幾ら因果関係を理解しても、宇宙的規模の変動を人間が制御できるのか?
人間の発生するエネルギー増大による、宇宙的規模のバランスのためのホンの僅かな
揺り返しの気象変化でも、人間にとっては手厳しいモノになるだろう。
結局、交通事故や病気や宇宙船が頭上に落ちてくる確率同様、災害もまた確率の問題?
毎日、天が落ちてくるのでは?と心配するのと変わらない? 如何なものか
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日本の宗教とは? [歴史]

黒田俊雄著「寺社勢力」という本を最後まで読んで、古来、日本で育んだ顕密仏教勢力の
興亡を知った。室町時代(戦国時代を含む)に、顕密仏教寺社は、社会的政治的勢力として
その存在価値を無くしてしまったという。
顕密仏教寺社は、禅宗や、浄土宗、浄土真宗、日蓮宗など鎌倉時代以降の仏教宗派と違う?
奈良の都は、今も古都として観光名所であり、東大寺、興福寺、唐招提寺、薬師寺はじめ
春日大社等々、皆健在ではないか?比叡山・延暦寺、高野山・金剛峯寺、東寺等、数えれば
限りがない。しかし、これらの復旧は、物心共に、従来に復する復旧ではないらしい。

6世紀頃に、正式外交ルートで伝来されたという古来の仏教が、没落するには、それなりの
理由があったのだろう。それはそれとして、黒田俊雄は、後書で、それ以降、今日までに、
日本の宗教が、二つの大きな体制変動を経験しているという。それは
1) 江戸幕府体制の確立に対応する近世的宗教体制への移行
2) 明治維新による神道という「宗教でない宗教」の強要
そして第三の経験として、第二次世界大戦後の政治的体制変動に伴う経験があるという。

しかし問題は室町→江戸、江戸→明治という大変動経験を踏まえて、黒田俊雄は読者に、
以下のように問いかけている。
“第二次世界大戦後、戦前に拘束された見方から開放されて、何か創造的な見方を持つ事
 になったのか?” “それは必要ないのだろうか?”
“それとも、最早、日本の宗教は、体制変動を論ずる価値がないのか?”

家族制度の崩壊などが世間を騒がす時世となったとはいえ、葬式仏教と揶揄されても
各家系では、祖先を祭る歴史的継続性によって、大方は存続しているのだろう。また
心の問題としては、アニミズム的神道も、密教的仏教も、浄土真宗など大衆仏教も、
禅宗も、そして新興宗教を含むさまざまな宗教も、それなりに、生きていると思う。
それは、市場で買物をしたり、スポーツジム、ゴルフなどのクラブ会員になったり、
心理療法に行く、慰安・観光にいく、という感覚に近いと思う。ただ仕組み的に言うと
宗教団体には、国家の手厚い保護がなされているということがある。まあ今の社会、
個人も団体も色々理由をつけて国家から手厚い保護を受けているのだから、宗教団体を
特別視する必要はないのかも知れない。黒田俊雄の問いに対する総論的答えは難しい。
次元の低い答でしかないが、これが、私なりの当座の答。 如何なものか
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室町時代と自立性志向 [歴史]

さて、室町時代は、私の考えでは現代に通じる社会の仕組みができた時代と考える。
室町時代の最近の歴史書を読むと、様々な紛争・対立が入り乱れて起こり、それが目立ち
結局、対立・紛争の連鎖の時代と言う風にしか見えない。そこで思うのであるが、従来の
歴史書は、その行間を読むための基礎知識を十分に与えていないのではないかと思う。
行間を読むための基礎知識とは何か?時代時代の社会の仕組みである。

貴族政治の仕組み、そこに関わる僧侶、武士や庶民とどういう関係にあるのか?・・・云々
そして、室町時代でいえば、従来の貴族(僧侶)、武士、農民の社会に加え、職人・商人が
どの様に発展し、それが貴族(僧侶)、武士、農民にどの様に影響したのか?・・・・等々。
そういう知識があってこそ、歴史的な出来事に触発され様々な発想が生まれ、現代社会に
活かす事が出来るのではないか?時代背景や当時の仕組みもわからず、棒暗記していても
何の役にも立たない?だから、「日本には歴史がない」といわれるのではなかろうか?

さてそこで、私が今まで聞きかじってきたことを基に、「油商人」を例にして、商人の
自立的成立過程を検討してみようと思う。「油商人」は、石清水八幡社の神人である。
断っておくが、以下の記述は既に皆さん既知の事実、或いは間違っているかも知れない。
我が家系に商人は皆無?と思われ、関連知識なく、従って常識も非常識になったかも?

ある本(黒田俊雄著「寺社勢力」)によると、寺社には僧侶・神官ではない準聖職身分が
あり、神人・公人などというらしい。平常は農民、職人、商人として生活を営む。ただ、
村落における平常生活でも「神威」によって羽振りをきかせ、商工業では仕入れ・販売の
独占など、種々の特権を公認され、ある種の組合を結成していた点に特徴があった。
神(公)人も寺社に逆らえば、仲間から「神(仏)敵」として資財押収等で懲らしめられた。
神人は訴訟の際には、社官に率いられて神輿を奉じて繰り出したと言う。神(公)人等が
庶民であるにも拘らず武士と対抗出来たのも、寺社の権威を背景にしていたからだった。

この様に、寺社が「平等な結合を基本とする共同体的原理」に相応しい概念や形態として
庶民に、講や座というある種の組合を教えたのである。それは、武士ら従来の領主による
上からの(家父長的恩情による)支配に反発する自立的庶民を生み出したという。逆に
庶民の自立性志向が、神(公)人等を生む基盤であったという。以上の様なストーリーを
信じるならば、寺社による民主化路線が、日本的に昔から展開されていたという事になる。
昔の寺社は素晴らしい発想だったのでは?何時から石頭になったのか?如何なものか
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彼岸の入り'11 [閑話]

◎ 彼岸入り 今日は聞こえぬ 蝉の声
昨日は天気が回復し、蝉(ツクツク法師)の声を聞いたが、今日は静かだった。
まさか、蝉が「彼岸の入り」を察知して、遠慮したわけでもあるまい。
年々、蝉の声が、九月に入っても長く聞かれるようになった。温暖化なのか?
そういえば、着るものも、夏着のままの時期が長引いているような気がする。
2007-10-11のブログ「衣更え」で、衣更えの時期に関わらず夏着で散歩したことを
楽しげな「歌詞」的文章にしたのも、楽しい思い出である。

◎ やがて死ぬ けしきはみえず 蝉の声  元禄三年(1690) 芭蕉47歳
この句について、禅者・鈴木大拙は、禅と俳句の関係から解釈している。
「蝉は、人間の悩みなど知らぬ。寒くなればいつでも終わるべき自分の生命に焦らぬ」
「啼ける間は生きていて、生きている間は永遠の命だ。無常を思い煩って何の益やある」
「蝉は我々の為に、信仰うすき者への神の戒め(マタイ伝6-30)を引用するに違いない」
「俳人はみな、直覚で明日を恐れず、蝉などの内的生命を理解するのである。」

さて室町時代に、くじ引で将軍になった人がいた。足利義教(治世1429-41)である。
青連院門跡准三后という当時最高の僧官の身から還俗して将軍になった。御籤で選ばれた
義教は、「神意によって王権を授かった」という意識が強かったのではないかという。
義教の方針は、現実を無視するような強引なもので、逆らえば死罪の確率が高かった。
仏教に帰依して何を学んだのか?要するに「自己の信念+理屈」で恐怖政治を強いた。

一族滅亡を覚悟して義教を宴に招いて騙し討ちにし、この恐怖政治に待ったをかけたのが
赤松氏当主・教康率いる赤松一族である。これを「嘉吉の乱」(1441)という。この事件で
義教は首をはねられた。これを、当時の御花園天皇の父・伏見の宮 貞成王は日記に
「自業自得、力なき事か、将軍かくのごとき犬死、古来その例を聞かざる事なり」と書いた。
事件後、退却する中に赤松満祐(当主の父)もいて、本懐を遂げ満足の様子だったという。
混乱の中とはいえ、幕府によって赤松氏は討伐された。その後、応仁の乱(1467-77)等で
播磨の領地回復のため赤松・山名の血みどろの戦いが繰返され、一時、赤松は絶滅かと?
しかし満祐の弟・義雅の嫡子・時勝の遺児・政則が、奇跡的に生き延びた。長享2年(1488)
赤松政則は、書写坂本城の合戦で山名軍を破り、播磨の領土を回復した。赤松政則による
播磨の領土回復の頃から、「戦国時代」と呼ばれる様である。恐怖政治、クーデター、一揆、
領土紛争等が渾然一体の情況は、世界に拡大すれば今も昔も変りはしない?如何なものか
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