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「おひさま」第23週とは? [物語]

9月も「白露」(今年は9/8)を過ぎると、朝夕は格段に涼しくなる。しかし日中は
まだまだ暑い。今日も昼下がりの散歩を楽しんだが、妙な事に気付いた。
街路樹の陰が、実にありがたいのである。公園などの木陰を楽しむ事は良くあるが、
街路樹の陰が、夏散歩のオアシスだと、今頃気付くのは可笑しい? 私の考えた理由は
この時期迄の真夏・日中散歩は南北方向で、大通りを避け、家並の影を求めて狭い通を
歩いていた。しかし今日は曇天だったので、長距離の東西方向の散歩に出かけた。
処が、今日は真夏にも劣らぬ暑さになり、天候も回復したので僅かな木陰が憩いとなった。
年をとったセイもあるだろうが、そう考えたくないので、屁理屈を考えた次第である。 

さて「幸せの匂い」と題された「おひさま」第23週とは、何を物語りたかったのか?
いま一、要領を得ないのである。物語の時代は、昭和25年からあまり進展していない。
物語の残り時間は既に1割を切っている。何か終盤にどんでん返しでもないと締まらない?

昨日の「朝イチ」で、ゲストで高良健吾が出ていて、結婚相手としての陽子(役柄)に
ついて、有働が質問したら、高良は、「陽子と言う女性は理想的過ぎますから」と、
何気に語っていたが、これには深い訳があるのではないだろうか?
「おひさま」の作者・岡田惠和が作詩したという、タイトルバックの歌の歌詞に
“どこかで 私を 感じてて それだけで良いのよ”というフレーズがあるのが気になる。

今週の物語は、丸庵を焼け出されて絵本に出てくる「幸せの匂い」のする赤い屋根の家で
蕎麦屋を開業することに方向が決まった話であった。和成(高良健吾)は、皆の夢が叶う
ことが、夢だと言い、その線に沿っているからと、陽子(井上真央)の案に乗ったのだ。
赤い屋根の家で蕎麦屋を開業してしまったら、和成の夢は無くなってしまう。

育子(満島ひかり)と茂樹(永山絢斗)との関係にもケリが付いたし、
最早、物語る材料に窮してしまう。最後は、和成と陽子の問題に戻るのでは?
禅語に「行雲流水」という言葉がある。
「おひさま」物語は、まさに融通無碍、どんな事にも、右往左往せず、常日頃の経験から
見方、考え方を自在に操り、柔軟に物事に対処することを理想としている様に思う。
丸庵で育った徳子(樋口可南子)も、一時動揺したが、丸庵の跡地に未練を残さなかった。
自分の命以外で、最も大切なものはなにか?それを失うことにも耐えられるのか?最後に
陽子を対象とした決定的なストレステストが、課されるのではないか?如何なものか。
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