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NHK連続TV小説「純と愛」 [物語]

今日、たまたまチャンネル切替え途中で「純と愛」の画面になった。
普段なら、即座に他チャンネルに切替えるところだが、
いやに雰囲気が変わっていたのでつい、数分間、視聴した。
私の予想した通り、最後は丸く納まるようだった。
お話は、どんな奇跡でも起こす事が可能である。
だから、この話を毎日見ている人は、それはそれなりに感動しているのだろう。

しかし私の様に、昨年の11月上旬頃から、愛想を付かした視聴者の目には、
何とも、不自然な和解の場面だった。
出演者の演技が、わざとらしく、非常にぎこちない。自然な演技とは言えない。
全く息が合っていない。間の取り方も不自然で、味わいがない。
役者の演技力の問題なのか?私は、それよりもあまりにも話の展開が不自然で
無理筋であるために、役者もついていけなかったのではないかと思う。
今日以後は、例え一瞬たりとも、「純と愛」を見たくないと思った。

愛と誠の両親・多恵子(若村麻由美)と謙次(堀内正美)が海辺で大声を出すシーン。
大きな息子や娘をもった人間にしては、いかにも幼ッ児ぽい行動に見えた。
その年になって、やっと我欲にこだわっていた事を理解できた開放感からか?
今迄の行動は、その程度の事も理解できなくて、偉そうに怒鳴っていたのか?
或いは、精神的に病んでいたのか?
それでも本ドラマの登場人物の様に、何とか正常な人間に戻れば良いのかもしれない。
本ドラマは、我欲を抑制するのではなく、勝手気ままに振舞って、自己の非に
気付く事が、大切だと言いたいのかもしれない。既成の概念から自由になりたいのだ。
従って、NHK連続TV小説「純と愛」は、我欲を奨励しているという事になる。

しかしこの物語は、つくりごとであり、単なるでっち上げである。
我欲の虜になった人間は本ドラマのように、我欲からも、既成概念からも
自由になる確率は非常に低いと思う。
それよりも一生、餓鬼道におちいる確率が、100%に近くなる。
なんでもありの民放では、「純と愛」という番組もあって当然だと思うが
NHK連続TV小説としては全く不似合いな番組だと以前にも書いたが、改めて痛感した。
如何なものか
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Do楽ゴルフ! [希望]

気温は左程低くはないのだろうが、風が冷たく水洟が落ちて煩わしかった。
以前、NHKの「ためしてガッテン」だったと記憶しているが、鼻水をすする癖は
耳の奥に耳垢を溜め込み、それが巨大化して耳鳴りの原因になり、最後は脳にまで
達する塊となって、大事に至るという事を聴いた。(以下のURL参照)
http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20120912.html
改めて上記の記事を読むと、鼻水すすりの問題は、耳管開放症患者に限定され、
健康な人が鼻すすりをしても、鼓膜に影響はないという事らしい。
兎も角、私は耳鳴りがする事があるので、鼻水すすりをしない様、心掛けている。
散歩中や、ゴルフ練習時は、鼻をかむ時間が惜しくて、水洟が落ちてしまうのだ。

さてゴルフだが、以前も書いたかも知れないが、ゴルフは健康の為にやっており、
楽しみではない!と思っていた。一種の心身鍛錬の手段だということである。
今までは、ゴルフプレイがある水準であれば、それ以上の上達は望まなかった。
しかし、齢70も過ぎて双冬を経験し、めっきり体力の減退を実感して、最近では
ヒッチャキになって、筋トレや山坂の上り下り、ゴルフ練習場通い等々で頑張っている。
その理由は、期待水準のゴルフプレイを維持できない不安が大きいからである。
なんとか期待水準を維持したいという思いで、恥も外聞もなく、無我夢中である。
精神的には切羽詰まっていて、楽しむ余裕など全くない状況だ。

そんな中、今日、練習場に行って、ふとしたキッカケで大切な事を思い出した。
それは30~50ヤード程度のアプローチ練習の最中に気付いたのだ。気付きの動機は、
「藤田寛之シングルへの道」第5回 実戦型50~70ヤードのビデオを思い出しながら
練習したことである。その時に、言葉や理論ではなく心身で体得できたのだ。そして
2013年 WGC-キャデラック選手権の3日目17番ホールでグラエム・マクダウェルが、
難しいチップインイーグルを決めた時の映像を思い出し、自分の体感と共に納得できた。
体得したポイントの駄目押しの確認は、7番アイアンで練習した時のフルショットが
従来の飛距離に戻った事であった。練習球も尽きる寸前だったのでそれで打止め。

表題は「ゴルフを楽に、楽しくやろう!」という意味。藤田寛之の番組名を捩った。
ゴルフは体力勝負じゃあない!勘・骨を楽しみながら、楽にやれば良い?
楽に楽しみながらでも、期待水準の維持はできるのでは?と楽観的になった。
ふと気が付くと、ゴルフが好きになっているではないか? 如何なものか
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日米PGA余談 [歴史]

昨日の記事を書くに当って、ネットで知った興味ある事柄を書きとめておく。
◎ 全米プロゴルフ協会(PGA)の創立は、1916年(大正5年)である。
  年表によると、この年、アインシュタインが「一般相対性原理」を発表した年である。
  この年の4年前に、サム・スニードとベン・ホーガンが生まれた。
  時代が人を創るのか?人が時代を創るのか?いずれにしても
  この二人の巨人が、アメリカのゴルフ隆盛の基礎を築いた事だけは間違いない。

◎ 日本プロゴルフ協会(JPGA)の創立は、1957年(昭和32年)である。
  年表によると、この年、日本に初めて原子炉の火がともされたという。
  それまでは、日本ゴルフ協会(JGA=1924年創立)がプロゴルファーの指導、管理を行い、
  関東と関西に地区プロ協会を組織させている状態だった。
 * 青木 功 (1942年 - :日本ゴルフツアー通算勝利数51勝は歴代2位)は、奇しくも
   1957年、中学卒業と同時に東京都民ゴルフ場にキャディとして就職したという。
   通算優勝回数は84勝 <国内57勝・海外7勝・国内シニア8勝・海外シニア9勝・
   海外グランドシニア3勝>
 * 尾崎将司(1947年 - )は、プロ野球から転向。1970年にゴルフプロテスト合格。
   日本ゴルフツアー通算94勝は歴代1位。通算優勝回数は113回
 注)日本ゴルフツアー制度は、1973年から施行された。
 * 中嶋常幸(1954年- :日本ゴルフツアー通算48勝は歴代3位)は、
   JPGA創立の3年前に生まれ、また日本ゴルフツアー制度発足の年・1973年に
   日本アマで優勝。1975年12月にプロ入りというから、JPGAや日本ゴルフツアー
   制度と共に歩んできた事になる。
 米国と同様に日本もまた、AONが、日本のゴルフ隆盛の基礎を築いた事は間違いない。

こうして日米のPGA創立の事と日本のAONを掻い摘んで並べてみると、プロゴルフの歴史が
米国で三年後に百周年、日本では6年前に50周年と、思ったよりも短く感じた。
米国でPGA創立の1916年、アメリカはやっと債務国から債権国になったという。
JPGAの創立は、日本が国際連合に加盟した翌年であり、内実は伴っていなかった?
日本プロゴルフの本格的な隆盛は、日本ゴルフツアー制度発足の1973年頃ではないか?
この年に、オイルショックが始まり、狂乱物価・異常インフレが進行した。
今年はあれから丁度、40年目、また4年先にはPGA創立から60年目の節目に当る。
さて現在の日本の男子或いは女子プロゴルフ界は、前途洋々だろうか?如何なものか
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続・雑談ゴルフ三昧'13.03 [閑話]

昨日タイガー・ウッズが全米プロゴルフツアー(PGA)76勝目を果した事を書いたが、
一体、PGAは何時頃から始まっているのか?等、次から次に疑問が湧いてきた。そこで
今日は、その疑問の答をネットで見つけた結果を、まとめておこうと思う。

疑問)(PGA)76勝目というが、彼は歴代では、何位なのか?
URL: http://minaminokuni.jugem.jp/?eid=380 の記事や、Wikipediaを調べた結果
PGA歴代勝利数上位5人
1位=サム・スニード(1912 - 2002)・82勝 最終優勝;52歳と10ヶ月8日?
2位=タイガー・ウッズ(1975 - )・76勝 最近優勝:2013.03.10(37歳)
3位=ジャック・ニクラス (1940 - ) ・73勝 最近優勝:1986年のマスターズ?
 1959年19歳デビュー。2005年65歳に歴代優勝者資格で出場していたマスターズから引退
 従ってジャック・ニクラスの現役選手期間は、1959 – 2005?
4位=ベン・ホーガン(1912 - 1997)・64勝 最終優勝:?
 ホーガンの現役選手期間は、1931年から1959年である。
 この間、第二次世界大戦と1949年の自動車事故(瀕死の重傷)などの影響があった。
5位=アーノルド・パーマー(1929 - )・62勝 最近優勝:1964年のマスターズ?
 アーノルド・パーマーの現役選手期間は、シニアも含め 1955 - 2004?
 マスターズには、74歳の2004年まで出場を続行

PGA歴代勝利数上位5人を並べて見ると、1912年生まれが1位と4位(いずれも故人)
1929年生まれが5位。1940年生まれが3位、戦後生まれが2位という結果になった。
◎ この結果を素直に解釈すると、道具発達の影響は大きいといえるのではないか?
◎ 選手生活は延長されていると考える。パーマー74歳、ニクラス65歳
◎ 次にタイガー・ウッズの飛びぬけた成績である。その根拠を探った。
1.タイガーの度肝を抜く経歴!
 a.生後9か月からゴルフを開始?普通なら這い這いも出来ない子も!
 b.2歳の頃、南カリフォルニアで著名な幼児ゴルファー
 c.4歳になるとSCJGA(南カリフォルニア・ジュニアゴルフ協会)加盟、
   すぐに「10歳以下」クラスの9ホールの試合で10歳児を破る。
 d.8歳で70台のスコアが出せるようになり、13歳で全国規模トーナメントに初出場。
2.2009年11月の不倫発覚を乗越えて
 無期出場停止宣言後、2010年のマスターズから復帰するも、その後二年半優勝なし。
 2009年9月のBMW選手権優勝(通算71勝目)以来、二年半優勝なし。
 2012年3月、PGAツアーのアーノルド・パーマー招待で復活優勝を果たした。
 

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雑談ゴルフ三昧'13.03 [閑話]

国内女子プロツアーは、ダイキンオーキッドレディス―琉球ゴルフ倶楽部
(6,435ヤード・パー72) が、男子プロに先駆けて開幕した。
優勝争いは、前日、首位の木戸愛?2位の森田理香子?そして横峰さくらら6人がひしめく
三打差の3位グループ?に絞られた観があった。結果は、その枠内で落ち着いた。
13アンダまでスコアを伸ばした森田理香子と横峰さくらとのプレーオフと成り
手に汗握る大接戦を制したのは森田理香子であった。自身3勝目で幕を閉じた。
また、石川遼は、米男子ゴルフツアー・プエルトリコ・オープンの第三日目(3/9)
ホールインワンを達成したという。

米フロリダ州ドラルのTPCブルーモンスター・ドラル(パー72)で開催のキャデラック選手権
(男子ゴルフの米ツアー世界選手権シリーズ)でタイガー・ウッズ(米国)が
通算19アンダーの269で初日からぶっちぎりの完全優勝を果した。
今季ツアー2勝目、通算76勝目を挙げた。優勝賞金150万ドル(約1億4400万円)!?
兎も角、プロの皆さんは、神業のようなプレーを再三再現してくれる。

さて、私も新しいシーズンを迎え、新たな気持で挑戦しようと思っている。
3月初旬、初コースに出て、自分なりの好成績に気を良くして、今年も頑張ろう!
という気持も湧き、その後、週に一回の練習場通いと、毎日の素振り、アプローチ練習を
結構、継続している。今日も練習場で170球打ってきた。
集中力を欠いて変な当りもでるが、それでも、年齢の衰えを何とか抑え込んでいる?

最近、足高山(標高:67m)の縦走をしているのが、足腰に良いのではないか?と
思っている。先月(2月)は、片道8回、往復7回だったが、
今月は、今日までに、片道3回、往復3回と、まあまあ、先月のペースを守っている。
最近、テレビ録画機を更新(DVDが壊れた為)して、ゴルフ番組を豊富に録画している。
これもゴルフ三昧に貢献している。ゴルフというと昔は、金持の道楽と思われていた。
しかしデフレ時代の賜物か?私の様な年金生活の貧乏人でも楽しめる。この辺の大衆的
コースは高くとも1万円未満。特に70才以上は、3~6千円でもプレイ可能コース在り。
練習は、入場料なし、30球/100円、または160~170球/500円。
私の様に月一ゴルフコース、月三練習場通いだと、年間:10万円でお釣りがある。
ゴルフをやっていると、身体の衰えを、敏感に察知する事ができて、衰えを緩やかに
押さえる手段を考える事が可能。この衰え緩和化の工夫も生きる悦び!如何なものか
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ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」(4) [物語]

1832年の6月暴動は6月5日、民衆の味方とされたラマルク将軍の葬儀をキッカケに起った。
映画では、“ABCの友”という結社が中心となった活動を主に取上げて描かれている。
中心人物は、結社リ-ダ・アンジョルラス(アーロン・ドヴェイト)とその親友マリウス(エディ・レッドメイン)だ。
その前に、マリウスとコゼット(アマンダ・セイフライド)との街中での偶然の出会いがある。
二人は一目ぼれしてしまう。結社の学生達と親しい関係に有ったエポニーヌ(サマンサ・バークス)も
また、以前からマリウスに恋していた。

雨の中で歌うエポニーヌの“On My Own”という曲が、しみじみと心に沁みた。
マリウスがコゼットに夢中なのを知り、失恋を嘆く歌だと思うが、私にはそれだけではない何か?
があると感じたのである。それは、「無償の愛」に近い純粋な愛とでも言おうか?やがて
始まる政府軍の攻撃の中、エポニーヌは、自らを楯にして愛するマリウスをかばい、神に召された。
マリウスもまた、攻防のさ中に、銃弾を受けて負傷する。気を失っているマリウスを助けたのは
バルジャン(ヒュー・ジャックマン)だった。パリの下水道を伝って逃げるが、土壇場でまたも天敵の
ジャベール(ラッセル・クロウ)が前にたちはだかる。しかしジャベールにはバルジャンに借りが出来ていた。
ジャベールが、革命軍のバリケード内に労働者に扮してスパイとして潜入していた時、ガブローシュ
少年に正体を見破られた。処刑されようとした場面で、バルジャンが命を救ったのである。
バルジャンの「しばしの猶予をくれ!」という願いを聞き入れてしまったジャベールは、信念を
曲げてしまった事に耐えかねて、高い橋の欄干からセーヌ川に身を投じてしまった。

「レ・ミゼラブル」は、フランスのロマン主義文学の代表作だという評もある。
原題は“Les Miserables”。「哀れな(惨めな、悲惨な)人々」という意味だろう。
この物語の意図を、ロマン主義の特徴(以下の「」内)に即して見て行こう。
まずファンティーヌは、若い頃の恋におぼれて結果的に悲惨な結末となったが、それは
「普遍的理性(既成の道徳)に対抗して個々人の感性の優越を主張する」生き方といえる。
またエポニーヌの恋は、「情熱的で絶望的な恋愛と自殺への志向」を表現している。
バルジャンの生き方も「古典的表現を打破して自由な表現を追求した」ということ。
そしてジャベールの敗北は、「個々人の感性の優越を主張」したバルジャンの勝利でもあった。

マリウスとコゼット、そしてエポニーヌの恋物語を見ながら、ふと数週間前に見たNHK連続テレビ小説
「おしん」における高倉浩太(渡瀬恒彦)とおしん(田中裕子)そして酒田の米問屋・
加賀屋の娘・加代(東てる美)との三角関係を思い出した。
最も似ている共通点は、マリウスも浩太も実家は裕福な学生であるが、窮民を助けたいという
革命家を目指していた事である。次は、コゼット、エポニーヌ共に、1832年当時17才に対し、
おしんも加代も、浩太との出会いのあった1917年当時、二人共、同い年の16才であった。

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ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」(3) [物語]

1823年、マドレーヌ市長ことバルジャン(ヒュー・ジャックマン)は、荷馬車の下敷きになりかけた男を救う
為に怪力を発揮した。それを目撃したジャベール(ラッセル・クロウ)が、過去の記憶から、マドレーヌを
バルジャンだと疑いだした。過去の記憶とは、囚人としての最後の務めとして、
バルジャンが国旗の回収を命じられ、重い帆柱を担いで国旗を回収した光景であった。

そして慈善の為に港湾地区に行ったバルジャンは、転落したファンティーヌ(アン・ハサウェイ)が、売春客と
イザコザを起こし、傷害罪で逮捕される所に居合わせた。ファンティーヌが自分の経営する工場を
解雇された為に悲惨な目に会っている事を知り、病(結核?)に犯されていたファンティーヌを
介抱すると共に、娘・コゼットを里親から連れ戻すことを約束する。

そんな時にバルジャンにとって試練の時がくる。バルジャンに関する冤罪事件の勃発である。自分が
名乗り出なければ、無実の人間が自分と同じ様に刑を終えても罪人の汚名を着せられ一生を
送らねばならない。しかし名乗り出れば、逃亡しながら築いてきたものを全て失ってしまう。
そういう切羽埋まった状況の時、ジャベールがバルジャン逮捕を知り、マドレーヌ市長ことバルジャンに
自分の過ちを謝罪する。最早ジャベールからの追求を心配しなくて済む。激しい葛藤に苛まれた
バルジャンの心中や如何ばかりだったか?ついにバルジャンは裁判所に出廷して正体を告白した。

その後、どうして官憲の手から逃れたのか?その経緯は、映画では余りにも芸術的表現?
(チョッと皮肉?)私には理解できなかった。兎も角、官憲の手を逃れたバルジャンは、
ファンティーヌの約束を果たす為に、有りっ丈の金をbagに詰めてファンティーヌに会いに行く。
ファンティーヌは、娘・コゼットをバルジャンに託し、彼の胸に抱かれて昇天した。
コゼットの里親・テナルディエ(サシャ・バロン・コーエン)と夫人(ヘレナ・ボナム=カーター)というのが、実に小ずるい
悪党。宿屋を経営して、宿泊客の金品を剥ぎ取る悪徳業者である。コゼットは、そんな里親に
酷い仕打ちを受けて育った。バルジャンは里親の吹っかける大金を支払い、コゼットを取り戻した。
コゼットの保護者となったバルジャンは、逃亡者として苦しい思いもしたが、コゼットに愛情を注ぎ、
愛する者のいる幸せをかみしめていた。

歳月は流れ、時は1832年。コゼット(アマンダ・セイフライド)は花も恥らう17才になった。1830年の
7月革命によってブルボン朝が倒れた後、フランスは立憲君主制に移行。中流は楽になるが、
格差拡大に労働者や学生は不満を募らせていた。テナルディエ一家も、この頃には、宿屋の経営に
行詰まり、破産してパリに出て来ていた。テナルディエの娘・エポニーヌ(サマンサ・バークス)とコゼット、
革命に憧れる大金持の息子マリウス(エディ・レッドメイン)の切ない恋物語が始まる。如何なものか
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ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」(2) [物語]

表題の映画がミュージカル映画史上で特異な物語である事は、昨日のブログでも述べた。
その為かあらぬか?制作上でも、他のミュージカル映画と異なる点が多々あるようである。
例えばヒュー・ジャックマン(バルジャン役)、ラッセル・クロウ(ジャベール役)、アン・ハサウェイ(ファンティーヌ役)
といったトップスターがオーディションを受けなければならなかった等である。また
本映画は、アフレコではなく演技と同時に録音する同録でやっている。その為に映画を
見た人ならすぐ気付く事だが、一流の歌手だろうけれど、発声に苦しい所が幾つもあった。
舞台のオペラやミュージカルは、ライブ演奏だが、それだけにまたそれなりの配慮がなされる。
そして舞台は一期一会で、反復して見たり聞いたりされることはない。 録画はある。
しかし舞台の録画中継は、撮影場所が限定されている。

映画は舞台と異なり、クローズアップなどの多用によって、舞台の演技のような形式美で
ごまかしが効かない。雨に濡れながら、或いは海中で、或いは重い物を持ち上げながら、
といったリアルな演技が要求される。俳優が過酷な条件で、劇の解釈に沿って、歌詞に
込められた意味や、役柄の人物の感情やその意図まで汲んで歌わねばならないのである。
その歌唱の同録を使うというのだから、歌い手として、まさに超人的な演技だと思う。
そういった意味からも、本映画は、ミュージカル映画史上で、特別の位置を占めるだろう。

さて物語は1815年、バルジャン(ヒュー・ジャックマン)が、仮釈放になる直前のシーンから始まる。
このシーンが圧巻だった。壊れた大きな帆船(軍艦?)を、ドックに係留する為に、
海水の中で綱を引く沢山の囚人の中に、バルジャンも居る。“下向け”と大合唱する。
これが、軍艦なら海戦があったはずだが、1815年にトゥーロン近辺で海戦はなかった?
従って商船だったのか?確かな事は分からない。原作の仮釈放の経緯とは異なるのか?
半世紀以上前の大昔に、簡略化した邦訳本しか読んでいない悲しさである。

銀の食器と燭台にまつわる司教の情けと愛に救われ、バルジャンが名前もマドレーヌと変えて
身分を隠し、真人間になろうと努力した話は、誰でも良く知っている。そして1823年へと
話は展開する。モントルイュ・スュール・メールでマドレーヌは工場を経営する成功者になり、市長にもなった。
トゥーロンはフランスの南の端、モントルイュ・スュール・メールは北の端である。こんな所まで
天敵のジャベール(ラッセル・クロウ)が赴任してくる? そこが面白いところである。
映画と原作では、時間関係が異なるようだ。ファンティーヌ(アン・ハサウェイ)の転落の経緯は、
長い期間(数年)をかけているのだと思うが、映画ではなんだか急展開に見える。
ファンティーヌも“Miserables(複数形)”の一人だが?扱いが軽い? 如何なものか
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ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」 [物語]

表題の映画は、今年見た二本目の映画である。なかなか映画を見る暇がない日常なのに、
何故見たのかというと、娘がこの映画にいたく感動している感想をメールで貰ったからである。
私の知っている或いは今まで見てきたミュージカル映画は、殆どが、アメリカ映画だった。
アメリカ映画というのは、ミュージカルに限らず、ハッピーエンドに出来ていて、話に深みはないが
音楽の美しさと楽しさがあって、昔は良く見たものである。

ある映画雑誌に、1930年代の「オズの魔法使い」から「レ・ミゼラブル」迄のミュージカル映画(110本)
の一覧表があったので、見た記憶のあるものを数え上げたら、以下の様になった。
1950年代まで:10本/32本(全てアメリカ製)、1960年代:5本/19本(アメリカ製18本)
1970年代:0本/16本(アメリカ製14本)、1980年代:1本/11本(全てアメリカ製)
1990年代:1本/10本(アメリカ製7本)、2000年代:0本/18本(アメリカ製15本)
2010年代:1本/4本(アメリカ製3本)、通算:私鑑賞=18本/全体=110本(アメリカ製100)

以上から、以下の様な事が言えるのではないか?
1.ミュージカル映画も一般映画同様、流行の浮沈みがあったが、2000年代から盛返している?
2.近年、他国の参入も多くなったとはいえ、やはりアメリカ製は強い基盤があるようだ。
3.米国製以外で私鑑賞のミュージカル映画は、「レ・ミゼラブル」、「チキチキバンバン」くらい。
  どちらもイギリス製であるのは、単なる偶然だと思う。
4.また、110本のミュージカル映画の歴史を振り返ってみると、「レ・ミゼラブル」という映画が
  ミュージカル映画の歴史の中で、相当に異色の存在であることが分かる。

「いろいろ深かった!」という娘の感想に、私も強く頷くものがあった。
映画鑑賞その他、趣味・娯楽というものは、日頃の不平不満や悩みなど、所詮“憂さ”を晴らす
「憂さ晴らし」の手段と捉えるのが普通である。合唱や運動ジム通いなども、定期的に、
心身にたまった垢を洗い落とすという事も言える。
しかし一方で、単なる憂さ晴らしではない部分もあるのではなかろうか?
幼い頃の独楽回し等の遊びも単なる楽しさだけではなく、遊びの中で何かを学び成長する。
それと同様に映画の中にも鑑賞によって、人間的な成長を促す映画もあるのではないか?
ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」は、原作を模してはいるが、明らかに独立した作品である。
日本の本歌取の手法と同様に、原作を背景にする事で、重厚な意味を持たせることができた。
しかし本映画作品は、迫力ある視覚的画面、聴覚的訴求力によって、何の予備知識もない
人間にも、「ふかぁ~い何か?」を訴えかける作品であると思った。如何なものか
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ゴルフ・曇後雨 [大家族]

昨日は、暖かくてしかもお天気は快晴。実に良い天気だった。
ところが、今年はじめてゴルフコースにいく今日の天気予報は、曇後雨
しかも、13時から15時の降雨量=6ミリ、16時から18時の降雨量=5ミリ という。
相当に激しい雨になりそうだった。

2013.02.18のブログでも書いたが、冬場の練習不足でゴルフは絶不調?
直近の練習場の結果からも、飛距離は落ちており、芯に当たる確率も落ちた。
こんな状況でコースに出たら、好天でも大乱れしないか?心配なのに、
雨、しかも大雨ともなると、増々、滅茶苦茶になるのではないか?
気が気ではなかった。

前置きが長すぎた。
簡単に結果だけをまとめておきたいと思う。
結果は、「案ずるよりも生むが易し」の諺通り、まあまあの結果に終わった。
その原因を、ざっと箇条書きにして見た。
1.スタート時間が予定より20分早まった。(前の人が早く出た)
  結果として、土砂降り状態でのプレーは最後の3ホールだけだった。
2.今日のゴルフ場は、70才以上のコース距離が、レギュラーよりだいぶ短かった。
3.同伴プレーヤも、日頃よりモタツキ、私の下手さが目立たなかった。
4.自分のプレーにツキがあった。
  バンカーには二度入ったが、二度とも当り損ないなのに、何とかグリーンへ。
  いつもならバンカーに入るのに、入らずに近くで止まることが二度あった。
5.直近の練習で気付いた問題点と修正方法を、現場で活かすことができた。

昨日までの暗い気持が、今日は天気と裏腹に、晴れた気がする。
昨日は、直近の練習であちこち体が痛く、しかも心臓の調子も良くない?寝る前には
「このまま明日には死んでいるかも?」(映画「お日柄も良くご愁傷様」の見すぎ?)
或いは「今日、大乱れしたら、もうそろそろゴルフを止めようか?」等と消極的な
ことばかりを考えていた。
しかし、今日のプレーで思った。所詮、何事も意のままにはならぬもの。
「運」や「縁」があって、我々は、何とか楽しく生きているのである。
不運や失敗にくよくよせず、「縁」を大切にしていきたいと思う。如何なものか
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