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NHK連続TV小説「純と愛」 [物語]

今日、たまたまチャンネル切替え途中で「純と愛」の画面になった。
普段なら、即座に他チャンネルに切替えるところだが、
いやに雰囲気が変わっていたのでつい、数分間、視聴した。
私の予想した通り、最後は丸く納まるようだった。
お話は、どんな奇跡でも起こす事が可能である。
だから、この話を毎日見ている人は、それはそれなりに感動しているのだろう。

しかし私の様に、昨年の11月上旬頃から、愛想を付かした視聴者の目には、
何とも、不自然な和解の場面だった。
出演者の演技が、わざとらしく、非常にぎこちない。自然な演技とは言えない。
全く息が合っていない。間の取り方も不自然で、味わいがない。
役者の演技力の問題なのか?私は、それよりもあまりにも話の展開が不自然で
無理筋であるために、役者もついていけなかったのではないかと思う。
今日以後は、例え一瞬たりとも、「純と愛」を見たくないと思った。

愛と誠の両親・多恵子(若村麻由美)と謙次(堀内正美)が海辺で大声を出すシーン。
大きな息子や娘をもった人間にしては、いかにも幼ッ児ぽい行動に見えた。
その年になって、やっと我欲にこだわっていた事を理解できた開放感からか?
今迄の行動は、その程度の事も理解できなくて、偉そうに怒鳴っていたのか?
或いは、精神的に病んでいたのか?
それでも本ドラマの登場人物の様に、何とか正常な人間に戻れば良いのかもしれない。
本ドラマは、我欲を抑制するのではなく、勝手気ままに振舞って、自己の非に
気付く事が、大切だと言いたいのかもしれない。既成の概念から自由になりたいのだ。
従って、NHK連続TV小説「純と愛」は、我欲を奨励しているという事になる。

しかしこの物語は、つくりごとであり、単なるでっち上げである。
我欲の虜になった人間は本ドラマのように、我欲からも、既成概念からも
自由になる確率は非常に低いと思う。
それよりも一生、餓鬼道におちいる確率が、100%に近くなる。
なんでもありの民放では、「純と愛」という番組もあって当然だと思うが
NHK連続TV小説としては全く不似合いな番組だと以前にも書いたが、改めて痛感した。
如何なものか
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