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ゴルフ・曇後雨 [大家族]

昨日は、暖かくてしかもお天気は快晴。実に良い天気だった。
ところが、今年はじめてゴルフコースにいく今日の天気予報は、曇後雨
しかも、13時から15時の降雨量=6ミリ、16時から18時の降雨量=5ミリ という。
相当に激しい雨になりそうだった。

2013.02.18のブログでも書いたが、冬場の練習不足でゴルフは絶不調?
直近の練習場の結果からも、飛距離は落ちており、芯に当たる確率も落ちた。
こんな状況でコースに出たら、好天でも大乱れしないか?心配なのに、
雨、しかも大雨ともなると、増々、滅茶苦茶になるのではないか?
気が気ではなかった。

前置きが長すぎた。
簡単に結果だけをまとめておきたいと思う。
結果は、「案ずるよりも生むが易し」の諺通り、まあまあの結果に終わった。
その原因を、ざっと箇条書きにして見た。
1.スタート時間が予定より20分早まった。(前の人が早く出た)
  結果として、土砂降り状態でのプレーは最後の3ホールだけだった。
2.今日のゴルフ場は、70才以上のコース距離が、レギュラーよりだいぶ短かった。
3.同伴プレーヤも、日頃よりモタツキ、私の下手さが目立たなかった。
4.自分のプレーにツキがあった。
  バンカーには二度入ったが、二度とも当り損ないなのに、何とかグリーンへ。
  いつもならバンカーに入るのに、入らずに近くで止まることが二度あった。
5.直近の練習で気付いた問題点と修正方法を、現場で活かすことができた。

昨日までの暗い気持が、今日は天気と裏腹に、晴れた気がする。
昨日は、直近の練習であちこち体が痛く、しかも心臓の調子も良くない?寝る前には
「このまま明日には死んでいるかも?」(映画「お日柄も良くご愁傷様」の見すぎ?)
或いは「今日、大乱れしたら、もうそろそろゴルフを止めようか?」等と消極的な
ことばかりを考えていた。
しかし、今日のプレーで思った。所詮、何事も意のままにはならぬもの。
「運」や「縁」があって、我々は、何とか楽しく生きているのである。
不運や失敗にくよくよせず、「縁」を大切にしていきたいと思う。如何なものか
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歯と歯の間 [大家族]

この年になってくると歯の健康に一喜一憂という浅ましい事態になっている。
今朝の「NHK・あさイチ」で、「おじさんだけじゃない 歯間そうじ新常識」
というのをやっていた。今、歯間ブラシやデンタルフロス等を使った、
歯と歯の間の掃除が注目を集めているそうである。番組では、
虫歯や歯周病の予防として歯間そうじグッズの選び方・使い方を紹介していた。

それを聴いていて、歯の予防については、全く遅れている!と、思った。
後で考えてみると、医学全般も、予防と言う観点からは決して進んでない!と、
考え直した。治療という面では、難病にも、手立てができたのかも知れないが、
予防には、個人差があるので、どの時点で対策を施すかが明確でない。また
予防は、効果を定量的に把握し辛く、従って商品と成りにくい?
これらの理由が、予防策がなかなか進まないという背景には、ありそうだ。

それでは、歯間そうじグッズが、虫歯や歯周病の予防として何故注目された?
以下に私の経験を踏まえて、私の意見を述べて見たい。
私は、長年、前歯が両側の犬歯で支えるブリッジになっていた。老齢化と共に
犬歯の根がへたるとか、割れるとかして、ブリッジが外れて、何時入れ歯に
なる状況か?というのが、ここ2~3年続いていた。その都度、歯周病予防歯磨粉
を各種変更したり、歯磨粉を使わなかったり歯ブラシを替えたり、歯磨きの時間を
10分/1回にしたりと、様々な対策を講じた。しかし歯間そうじグッズについては
歯間糸は、歯の間に入らないので不使用だった。歯間ブラシについては
良く知らなかったという事もあり、昨年くらいから使いはじめた。

歯間ブラシ使用後も、安定したり、ぐら付いたりしたが、結局、昨年11月頃から
夜は歯周病予防歯磨粉で、朝は普通の歯磨粉で10分/1回磨く様になり
ブリッジのぐら付きが、最近、殆どなくなってきたのである。
こういう経過から推察するに、犬歯の割れた根などが修復されたのでは?
歯周病予防歯磨粉&普通の歯磨粉で10分/1回、日に二回の歯磨きと共に、
歯間そうじグッズによる歯垢や食片除去は、治療効果もあると言う事ではないか?
即ち、歯間そうじグッズには、相当不健康な歯を健康な状態に戻す効果がある?
そういう目に見える効果が明らかになったから注目されてきた?如何なものか
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今年をふり返る [大家族]

今年(2012年)も大晦日を残すのみとなった。
最近はもうやらなくなったが、子どもが学生時代には、年末に
「我家の10大ニュース」を、家族で話し合って決めたものである。
その時には、それぞれ各人が重大と思われる出来事をあらかじめメモにしておく。

例えば、「1985年・我家の10大ニュース」の主なものは
1位 Roko ロードレース大会、500余人中 第12位
2位 家族旅行 箱根
3位 Shin 野球部員として頑張る。(成果:一気にやせる)
・・ 6位 ママ コーラス部長として活躍。地域のミニコミで写真付記事。
7位 Keiko テニス区大会ベスト32位
・・ 10位 パパ 西武球場で阪神日本一を見届ける

もう、家族の10大ニュースはつくらないが、せめて自分の今年の出来事を
少し、振り返って見た。
◎ 二月と四月に、親戚の法事で出かけた。
◎ 二月に風邪を引き、散歩は、4日連続1日1万歩を切った。
◎ 7月には、Harukaのダンスドリル全国大会出場を見に行った。
◎ 8月には、ママの「お母さんコーラス全国大会」を聴きに行った。
◎ ゴルフは下り坂。しかし父子対決は、今年も何とか体裁を保った。
一般的な事では
◇ 民主党から自公連立政権への政権交代
◇ オリンピック開催年

野田元首相の解散表明はサプライズで好感度を上げたという評価もある?
しかし2012-11-15のブログ「解散表明に関する野田首相の評価」において
私が厳しく批判した通り、総選挙の結果は民主党の大敗だった。
この解散表明こそ、スタンドプレーのみの底の浅い民主党政治を示す好例では?
人それぞれ政治に好悪があるのは仕方ないが、内容の無い質の低い政治だけは
御免被りたい。現代は、物事を表層的に捉え、本質とか現実を踏まえない
薄っぺらな議論が蔓延っている?これって、年寄りの戯言?如何なものか
最後になりましたが、お世話になりました。皆様、良いお年を!
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苦痛・悩み・苦労とは何か? [大家族]

今日もまた小春日という時間帯もあったが、午後から冷たい風が吹き出した。
話は変わるが、「東日本大震災」などの例を出すまでもなく、人間には遺伝性の病気、
災難、凶作、交通事故、火災等で、謂れのない苦痛・苦悩が降り懸り苦労が絶えない。
従って人々は、そういう災難や災害の被害者を援助する助け合いの活動が盛んである。
災害保険なども一種の助け合いの活動である。

問題は、助け合いによって被害者の“苦痛・苦悩・苦労”は解消するか?である。
この問題に関して、適当な事例かどうか分からないが、稲盛和夫著「ど真剣に生きる」
の中に書いてある事例を挙げて考えてみたい。問題とは、稲盛氏の会社が「人工関節」
の開発上でのものだった。股関節で成功した技術(製品認可済)を、応用して膝関節に
適用した製品(認可前)を、医者や患者が是非と要望するので提供した事が、認可前と
いう理由で世間から袋叩きにされたのである。

稲盛氏は、「世のため人の為にやった」という思いが強く、非常に悩み苦しんだ。
それで稲盛氏の師匠である臨済宗妙心寺派の管長猊下の所に行って胸の内を訴えた。
すると猊下は、期待した慰めの言葉ではなく、「苦労するのは生きている証拠・・中略・・
災難に遭うのは、過去の業が消える時・・中略・・その程度なら赤飯炊いてお祝い云々」と
仰ったという。稲盛氏は“前を向いて生きる元気を取り戻した”という。

稲盛氏には、臨済宗妙心寺派の管長猊下という飛び切り上等のサポーターがいた。
だから被害者の“苦痛・苦悩・苦労”は解消したという事は言えるかもしれない。
しかし考えてみて欲しい。この種のアドバイスなら、書物や様々な物語を通して
我々一般庶民にも入手可能である。心して目を見開き、耳を傾ければ無数の上等な
サポーターが、“苦痛・苦悩・苦労”を解消するアドバイスをしてくれている。

最後に最近、この問題を考えていて思い出した、私の断末魔の苦痛体験を書いておく。
あれは11年前の11月の事だった。11/5:ERCP検査、検査後不調で一晩、病院泊り
11/6:一旦帰宅後、不調で再度入院。以後の日記空白。11/12:"おもゆ"の三文字。
以下は、11/9の夜、11/8の事を高熱下でメモした、“断末魔の苦痛体験”である。
「何晩も続く腹痛と絶食で、苦しくて苦しくて、何か善い事を考えようと思った。」
その続きは11/9には書き続けられず、その続きを11/11に書きついでいた。
「激痛の中から、突然稲妻が走った。痛みに耐えることのできる思い出。
妻(メモでは愛称)との出会いと交際、結婚、家族との生活。」
そしてその続きとして、11/9の夜に思った事。
「耐えられない痛みのある事。即ち、死を思った。」

私は、11年ぶりにこのメモを読み返してみて、一つだけ成長した点を書いておく。
「耐えられない痛みのある事。即ち、死を思った。」は、間違いだということ。
断末魔の苦しみというけれど、私には、あの時の「急性膵炎」以上の苦しみはない!
と固く信じる。「苦労するのは生きている証拠」という猊下の言葉だけでなく
もっと沢山の人々から、「耐えられない痛みなどない!」、“苦痛・苦悩・苦労”は
生きるためのものだと教えられたから。 如何なものか

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夏・父子ゴルフ5年目 [大家族]

今日は、Shinとのゴルフを楽しんできた。
私は、ゴルフは「自分との戦い」と位置づけ、修業のつもりでやっているが、
今日は、文字通り「楽しんで」やれた。その理由は、また後で書き残したい。
2008年から昨年までは、「お盆・父子ゴルフ」という題で書いてきた。
(2009年だけは、「盆休'09」の中で取り上げられている。)
今年は、Shinの都合で、お盆には来られなかったので、「夏・父子ゴルフ」とし
5年目の節目の年なので、“5年目”を付加えた。

さて、今年は例年とコースを変えて、海沿いではなく山岳コースにした。これは、
全く私の都合で、約二ヶ月前に無茶苦茶なスコアを叩き、そのリベンジで設定した。

今日は何となく幸先が良いと思った事がある。
Shinの車で行ったのだが、ゴルフ場の車寄せで、ゴルフバッグなどを係りの人に
渡した後、年配の係りの人から、ナンバープレートのことを聞かれた。最初は
何故、他県のナンバーか?という質問だったが、最後は「あんな立派な息子さんが
居られて幸せですな~!父子でゴルフするなんて最高でしょう。」と、褒め言葉。
その通りであると、相槌をしながら、こうして元気にやれる事に心から感謝した。

さて、今日の父子ゴルフの展開を簡単にまとめておこう。
Shinの腕は昨年に比べ長足の進歩をしている事が、最初の数ホールで明らかになった。
ティーショット、フェアウエイウッド、アイアンの飛距離など、その確実性は抜群。
それに気おされしたのか?前半は、今ひとつ波に乗れずに、ズルズルと終わった。
Shinの感想は、「前半で親父は勝負相手にならないと思った。」というものだった。
私も、同じ感想だった。従って昼食の間に私は、「惨めな姿」を曝さないように
「自分のゴルフ」に徹そうと、改めて心に誓った。それが良かったのか?或いは
今回は、比較的練習をしたからか、TVの「ゴルフレッスン」番組を見たお陰か?
何となく、良いスイングのイメージが戻ってきた。Shinは、昼食後の後半、上がり
4ホールが悪かった。それなりの理由があるのだろうが、それは今後の課題だろう。

私は、上がってみれば、二ヶ月前の成績に比較し、前半で9つ、後半で5つスコアを
改善。前回の成績が悪すぎたとはいえ、リベンジを果たす事ができた。「楽しんで」
やれた理由は、心優しい息子同伴プレーである事に尽きるだろう。如何なものか
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小生意気な孫 [大家族]

先日、上京した折に、たまたま、孫の勉強を見て欲しいと頼まれた。チョッとばかり
興味もあって、先生気取りで孫に向かったが、孫はイヤそうで何だかんだと逃げる。
「勉強なんてしたってしょうがない」何故だと問うと「役に立たないからだ」という。
「なんだ!小生意気な事を言う孫だ」と、最初はチョッと“ムカッ”としたが
その根拠を聞いていると、人生経験豊富な見解である。私の1/7弱の人生経験しかない
にもかかわらずこの年齢で此処まで世故に長けているとは!と感心してしまった。

一緒に住むとか、近くに住んで、何時でも会っていると気付かないのかも知れないが
成長著しい時、正月以来半年以上経過の再会、しかも一対一での対話だったからか?
しかし孫に感心しているだけでは仕方ない。そこで色々考えた。何故、孫がこんなに
耳学問にしろ、人生経験豊かな人間になったのか?話をしている内に、その秘密が、
孫の対人関係の上手さにあることに気付かされた。私など、孫の足元にも及ばない。
孫の「小生意気さ」は、私にない天性の素晴らしさによるものと改めて感じ入った。

息子は生意気だったかも知れないが、あまり表面には出さないタイプだったと思う。
従って小生意気な近親者に恵まれなかった私は、今回の孫との対話その他、上京中の
様々な経験から、ある種の「啓示」を受けたような気がした。
ダンスドリルの高校全国大会では、出場者一人一人が主役でありながら、鍛えに鍛え
個性の発揮と集団の統御とを究極の所で一致させ様とする新しい試みを観た。特に
HIP-HOP部門は、米国的個人と日本的集団の融合、即ち、西欧のよき伝統と日本の
良き伝統を統合する創造的な活動と捉える事ができると思った。

現代社会はグローバル化で経済的結合度が増し、経済格差の拡大その他で、
日本的伝統をそのまま維持できない?或いは、現代の日本は、日本的伝統を守ろうと
必死になって個人を押さえ、集団を優先させて無理して仲間やコミュニティに迎合して
いる様に思われる。最近話題になっている「子どものいじめ」問題も然り。
私は一般的には思想も創造性もなく、無理して伝統を守ろうとしている現代の風潮を嘆く。
西欧と日本を心身一如で実現して見せたダンスドリルの若者や、「小生意気な孫」などを
考える時、よき日本的伝統を活かしていく為には、創造的な活動が必要だと確信した。
その為にはコミュニケーション、それも「魂の対話」が大切である。
「魂の対話」とは、素晴らしい未来を創造する対話であり、利害を離れ、批判・評価を
せずに、相手の話を聴く事から始まる。このブログは「魂の発話」。如何なものか
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孫に教えられ日食見物 [大家族]

今日は新月だが、それだけではなく日本で金環日食が見られるという珍しい日だった。
私自身は、一週間くらい前にテレビで取り上げているのを聞いて、「あーそうか!」と
聞き流していた。ところがたまたま孫のKotoと電話していて、日食観測専用の眼鏡
(solar glass)が余っているから送ってくれるという。我々ジジババは、時代遅れで
まだ準備していないだろうと心配してくれたのだ。年をとると何事にも鈍感になる。
今回の日食でいえば我々の住んでいる岡山は皆既日食ではなく、部分日食に過ぎないし
当日の天候もどうなるかわからないと思うと、準備にも若い頃の様にあまり燃えない。

Kotoが、色付きの下敷きやサングラスはダメだからと、凄く熱心に勧めてくれるので
我々も段々と、「よし!天体ショーを見よう!」という若い頃の気分が戻ってきた。
手紙も荷造もKotoがやって投函した翌日から、届いたかどうかの確認電話をしてくれる
という念の入れ方には感心!荷物には丁寧な送り状、2個の日食用グラスとその説明書と
共に、日食の説明書きまで入っているという行き届いたものだった。日食の説明書きは
バーバ用だという。私はネットで調べるだろうから分かると思うが、バーバはそこまで
しないだろうから、という実に細やかな気遣いには恐れ入った。

送ってくれた日食グラスは、3分間連続使用可能なキティーブランドの安全規格合格品。
薄曇の太陽光線では何も見えない。Kotoの住んでいる横浜は当初、曇だったらしく、
キティーブランドでは良く見えなかったので、今日も観測中に心配して電話してくれた。

DSC21-716.jpgDSC21-727.jpgDSC21-730.jpgDSC21-731_1.jpg
上の写真は、今日、撮った部分日食の写真である。日食グラスさまさまである。
Kotoの細やかな気遣いで若い頃の気分が戻ったとはいえ、写真撮影の周到な準備までは
気が回らなかったことと、写真機が古く性能が劣るため、不味い結果に終わった。
日食グラスでみた部分日食は最大で90%に達し、私の人生で最も素晴らしい日食だった。
最大の日食時刻は、当地では7:28という事だったが、写真は、7:16、27、30、31の
時刻に撮ったものである。(写真の上でクリックすると拡大する)アッという間の
天体ショーだったが、遠くの孫たちが近くに感じられた時間だった。如何なものか
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ハラハラ散歩 [大家族]

◎ ハラハラと ハラハラと散るさくらかな  (拙作)
今日は気温も上昇し、風もあまりなく、満天の青空で、まことにのどかな春日和であった。201204121304足高さくら.jpg
今日は妻と足高山に、もう見頃も終わろうとしている桜見物に出かけた。
足高山の桜は、我々夫婦にとって貴重な想い出である事は、これまで何度も
ブログに書いた。
昭和50年(1975)前後、私の仕事の関係で3月から4月上旬一杯
休日のない日が続いたので、花見をする暇もなかった。
しかし遊び好きの我々夫婦は、少し早く帰宅できた夕方の薄暮、
ホンの1~2時間、まだ小さかった子ども達を連れて足高山の神社内の
小さな桜の下で花見をしたものである。何年続いたか?

ハラハラと散る桜の花びらを、‘きゃっきゃ’言いながら追いかけたり、積もった花びらを両手
一杯すくっては、それを振り撒いたりしていた。その時の無邪気であどけない子ども達の姿が、
今もくっきりと瞼に浮かぶ。あれから40年近くなり、その時の桜も大きくなった。(写真)
その後、桜の名所といわれる様な場所なども含め沢山の花見をしたが、足高山の花見は雪に
降られ震えながらの皇居お堀端の花見(妻の誕生日に満開)と双璧をなす思い出である。

足高山の花見は桜の木は二本しかなかった。花より団子というが花見弁当もなく、酒もあった
かどうか?実に質素な花見だった。それが私の人生、最高の花見になるというのは、どういう事
だろうか?思うに、それは私の人生観、それも老いた後にたどり着いた心境の賜物だと思う。
恐らく壮年時代の私は、足高山の花見のことを、殆ど記憶の外に追いやり忘れていたと思う。
そして私は、成功や富を得るために懸命に努力していた。しかし私は、人生の成功者ではなく、
敗残者になった。丁度、2009-08-11のブログ「閑話'09_0811[大家族]」(下行のURL)
http://thanks-moto39-inaka.blog.so-net.ne.jp/2009-08-11
で取上げた詩・「病者の祈り」と同じ様な結果となった。健康だけは人並み?だが、力、富、
権力等には縁がなく、老後は無力、貧困となった。しかしそのお陰で「病者の祈り」の作者と
同様に、神にひざまずく弱さを頂いた。そういう謙虚さと感謝と共にある事で、私の人生は、
足高山や雪の皇居お堀端の花見といった、珠玉の輝きに満ちた人生になったのである。

今日、思い出の桜の木の下で妻と花を愛でていた時に、ふと一陣の風が吹いて、
ハラハラと花びらが散った。何とも言葉にあらわせぬ、尊い一瞬だった。
◎ 久方のひかりのどけき春の日に しずごころなく花の散るらん (古今集84番:紀友則)
は、風も吹かぬのどかな春の日に散る桜の光景のような気もする。風がなければまだ散らぬ
桜が、ふと吹いた風でハラハラと散るのは、去る我々への挨拶だったのか?如何なものか
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Haru曼荼羅 [大家族]

ケーブルTVの40ch近い番組を1ヶ月分の割増料金で3ヶ月お試し視聴できるというので、正月に
子どもや孫達が来るからと視聴した。遠来の客の接待には役立たずだったが、我々夫婦は、
結構楽しんでいる。今日で韓流ドラマ「パリの恋人」と華流ドラマ「君には絶対恋してない」とが
同時に終わった。ただ、こういう物語も、だんだん飽きるだろうと予想できた。
従って2月末のお試し期間終了と共に、契約解除することにした。
DSC09207harukamandara.JPG
その理由を写真の絵等も交え説明したいと思っている。その前に
「パリの恋人」(「パリ恋」)を例に、ドラマの特質に関する感想を
簡単に述べておこう。第一に、筋立てが日本ではあり得ない様な
ケースがある。大金持のギジュやスヒョンが、叔父・甥の関係では
なく実は兄弟というのは、無理がある。日本人は観察眼が鋭い。
利害が多い有名人ならあんなに大きくなるまで、事実を知らずに済ますなど出来ないだろう。
次は韓流・華流ドラマに多いシンデレラストーリ。女性のテヨン(キム・ジョンウン)が、あらゆる
障害を乗越えて恋を成就しようというなら分かる。
だがギジュ(パク・シニャン)やスヒョン(イ・ドンゴン)そしてテヨンの恋敵・ユナ(オ・ジュウン)など
金持連中が、何時までも相手に拘り続けるのには驚く。日本のハイソサエティに詳しくないが、
相手に不自由ない日本人の金持や両家の子女なら、あんなには、拘らないだろう。

曼荼羅とは、「宇宙の姿を、自己の哲学に従って表現したもの」ということである。2010-12-04の
ブログ『「てっぱん」10週・絆の解体と再構築』において取上げたが、民男(前田航基)の書いた
大家族の絵。これもまた「民男曼荼羅」というべきだ。それは自分達父子と母親、&その夫、
それに大家、下宿人全員、更に伝さん(竜雷太)や鉄平(森田直幸)もいる。
「民男曼荼羅」は、前向きに生きる為に欠く事のできぬ統合された民男の哲学なのである。

写真は、孫のharuが、2003暮から2004正月にかけて帰郷して書いた大家族の相関図である。
Haruは当時8歳。楽しかった思い出の表現に、最も適切な絵であったのではなかろうか?私は
これを「Haru曼荼羅」と名付けた。2002年に当地に引っ込んだ我々夫婦の淋しさを紛らわせる
為に、子ども一家達が正月二年連続、全員帰郷してくれた。暖かい心遣いだった。そういう家族の
情愛が、純粋なharuの心に暖かく伝わり、創造された曼荼羅なのだろう。民男やharuが例外
なのか?「パリ恋」の主人公達が例外なのか?私の考えでは、現代の大人たちは、民男や
haruの様な心を、何処かに置き忘れ、非現実的な歪んだ夢を追いかけているのではないか?
常に統合を志向する心に、偏執狂的な恋愛や歪んだ情報は入り込まない?如何なものか
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続・2012正月 [大家族]

正月の三が日も今日で終りである。
毎日が日曜日の私ではあるが、孫達の来る正月は特別の年末年始になる。
昨日で孫達は帰宅したが、我々夫婦はその余韻に浸りたくて、今日も正月気分で過ごした。
散歩のついでに、様々な店に立ち寄って、初売りセールを楽しんだり
普段よりはちょっぴり贅沢な昼食を嗜んだり、観光気分で美観地区を散策したり。

◎ たつ年に たつの絵のある 橋にたつ
この川柳とも俳句ともつかない句を掲載したいために撮った写真が下の画像である。
NEC_0075.jpgNEC_0072.jpg

DSC_0711a.jpgDSC_0737a.jpg帰宅してみると、娘から来倉時の写真が送られてきた。
一枚目は元旦・金毘羅参りの帰り道で
の石段である。夕刻になり時雨の後で
薄暗くなっている。何の変哲もない写真
だが、我々夫婦の後姿を捉えて撮って
くれている貴重な一枚である。
もう一枚は、昨日、近所のグランドでryu
とkotoと野球遊びをしている所である。

NEC_0076.jpgボールを投げたり、受けたり、捕りこぼしたボールを拾ったりする普通の動作が
高齢化と共に決して普通に出来ない事を実感した。散歩だけでなく、もっと色々
多彩な運動をしなければ孫に付いていけなくなりそう!最近良い言葉に出会った。
“「失う」のではなく「手放す」” 若さも、健康も、愚かさも、いとしさも、何もかも
執着を捨てる! 如何なものか
  (写真はクリックで拡大できます)
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