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「純と愛」第29回・揺れる純の心 [物語]

今週(第5週)の御題「北風と太陽」は、揺れ動く純(夏菜)の心を象徴しているのかも?
なぜ?純は悩むのだろうか?それは純が、愛(風間俊介)を恋人と思っているからだろう。
しかし単なる恋人なら、嫌気がさせば別れてしまえばいいのに、拘っているのは何故?
その理由は、純の夢(人を幸せにする魔法のホテル)が大いに関係している。と私は思う。
純の夢を叶える為には、狭い了見ではいけないだろう。人々を抱擁できる暖かさが必要。
従って純が夢を育てていく為には、多くの人々と係わり合い、共存して行く事が大切だ。
純が、恋した愛(いとし)を簡単に切ってしまう様な人なら夢の実現など無理だと思う。
閑話休題:世間で離婚が流行しているが、そういう人には、大きな夢は叶えられない?
 いやいや、ウソをついて、天下の政権を盗る事ができる世の中だからね。

人々と係わり合い、共存する事は、自分をだまし、人をだます事で可能だろう。
しかしそういう人間は、独立した人間として生きているとは言えないのでは?
悪魔に魂を売った人間という程でなくとも、何かに支配された人間である。
独立した人間で、かつ人々と係わり合い共存する事を両立させるのは意外と難しい?

今日、またまた愛の母・多恵子(若村麻由美)が、純の仕事場に現れた。
その時、多恵子が「純はいつでも別れて逃げられるが、私はどんなことがあっても
逃げられないの!・・・云々」というセリフ。つづいて、バッグからなにやら床にぶちまけ
「でなかったら、こんなクスリなんか飲まない!」と絶叫。あわやまた事件に?
その日の夜、愛が麻雀で儲けた金の件で純が、愛は問題から逃げていると便所に立籠り
抗議する。純は、「一生うつむいて生きていく愛を見たくない。普通のカップルの様に
堂々と顔を上げて二人で歩きたい!」と本音を吐いていた。
純は「愛の事を病気とは思わない」と言ってはいたが、“普通ではない”と思っている。
この“普通ではない”という状態が、社会の中で了解されてしまうと、精神病?だろう。

今日のところは、多恵子の強烈なパンチに圧倒されたという事だろう。
さすが若村麻由美。年の功か?演技に根性が入っていた。夏菜は芝居も押されていた。
社会と個人といっても、大きな影響力を持つのは家族や、近しい友人・知人である。
とりわけ親(父母)子関係や、夏菜の様な祖父母孫関係が重要な意味を持つ。
しかし個人の社会に対する窓口はそれしかない、という訳でもない。しかし愛の様に
社会に対する見方が、マイナス志向では何処から見ても同じ? 何時どういう機会に
どんな理由で、愛の社会に対する見方がプラス志向に転換されるのか?如何なものか
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