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ハロウィンor倹約の日? [物語]

急に朝夕の冷え込みがきつくなり、明日は11月という頃やっと秋らしい気分になってきた。
此処の所、妻不在で何かと忙しくしていたが、一人暮らしに慣れてきたせいだろうか?
今日は何か、随分とのんびりと過ごしたような気がする。

ゴルフ練習場に行く時には、いつも早く出て行くので朝がせわしなかった。
早く行く理由は、早朝割引があることだった。但し最近行く様になった練習場(B)は、平日の昼間は、練習場(A)の早朝割引よりも安い。従って人気があり、遅く行くと待たされるので、やはり早く行っていた。ところがさらに、余り混雑しないでしかも、練習場(B)とほぼ同額、部分的には割安の練習場(C)を教わった。練習場(C)は、のんびりと10時前に出かけたが、練習場は空いていて、ゆっくりのんびり練習。練習を終えたのが正午前。

車で20分ほどのイオンに行き、昼食。誕生月はお安く食べられるお店がある。10月は私の誕生月だが、うっかり忘れていた。誕生月・最後の日、思い出して飛び込んだ。店員さんはハロウィンの日と分かるような魔法使いの帽子をかぶっており、ほとんどハロウィンに御縁のないわたしだが、その日だとわかった。そういえば、今日は世界勤倹デーでもあるそうな!安い練習場を渡り歩き、この年で、一人誕生割引の店に行くってか?実に、勤倹デーにふさわしい行いではなかろうか?
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写真は、お店からの誕生日プレゼントのケーキ皿である。この年(7?才)になるまで、こういうサービスを受けた事がなく、年甲斐もなくはしゃいで写真を撮ってしまった。ゴルフ練習したとはいえ、フリードリンクをがぶ飲みし、その上、ケーキまで食べて、健康上は、腹七分目と教わりながら、獲物を飲み込んだ蛇の如く、身動きが取れず、お店が空いていることをいいことに、しばし居させて貰って読書。実に優雅な午後のひと時だった。

午後二時頃、日課の散歩に酒津公園に向け歩き出す。今日は青江神社やその奥のクラレ研究所の近くまで散策。散歩しながら考えた。散歩は運動として考えると無駄が多い。筋トレとして評価すると、時間をかけた割には効果が上がらない(ゴルフの飛距離がどんどん落ちる)。いっそ散歩を止めてジム通いでもするか?とも思うが、散歩のよさは、精神的リラクゼーション効果だから、ジムでは補えない様な気もする。午後4時ごろイオンに戻り、その後はこまごました買物等に時間を潰した。帰宅は17時を回っていた。一人暮らしの気楽さ?のんびりするのもまた善い。如何なものか

飛べる鳥・飛べない鳥 [閑話]

「窮屈な現代への反乱 拝金、格差・・・大事なもの問う」と題した今朝の読売新聞の
文芸月評を読んで何時もの事ながら、オカシイな~!と、感じた。例えば
受賞者最高齢・谷川直子さん(52)の文芸賞受賞作「おしかくさま」の評論だ。筆者
(文化部:待田晋哉・奇しくも「純と愛」の愛の姓と同一)は次ぎの様に書いている。
“人間の偽善や硬直する社会に、柔らかく「反乱」を企てている所が良!”何処が反乱?
と読み続けると、“「金が何より大事」と語る中高年女性信者の新興宗教のたまり場=
おかくしさまに出入する父親(元教師)に、娘(姉妹の姉の方・離婚経てうつ病49才)が
反乱した”。うん?父親は、中高年女性信者を誘惑しようとでもしたのか?と思ったら
あにはからんや、元教師の説教魂を刺激されて忠告しているというのだ。そのことで、
姉娘は、胸の内に抑えていたものが噴き出した。それが「反乱」なの?

“格差社会が進み、ますます金の力が猛威を振るうのに、「金より大事なものがある」と
言った文言が幅を利かせる社会への軽やかな一撃だ。”と筆者はのたまう。何かおかしい。
「金より大事なものがある」という文言の幅が利かないから金の力が猛威を振るうのでは?
「おしかくさま」物語のうつ病49才姉娘は、自分の不幸を父親のせいにしている?

人間の言語というものは、便利なもので「白を黒」と言いくるめられるという。
(私にはそんな芸当はできないが)
2012.10.27の私のブログ“「純と愛」第24回感想・生きる意味”でも書いたが、
この姉娘も「生きる意味」を見失っていたのではなかろうか?そして、書評の筆者も?
なぜならこの本の書評の最後に“金銭、家庭、年齢に応じた落着き。窮屈な生き方を
強いる世の建前に投げつけた本気のナックルボール”と書いているからだ。
日本では現代ほど自由気儘な時代はなかった。その現代日本において
「窮屈な生き方を強いる世の建前」とは何か?タカが親父の説教ではないか?

私は、鳥の本性を「飛翔」とすれば、対応する人間の本性は「理性=言語」だと思う。
上述した様に、本書評には、様々な現状認識に問題があり、オープン社会志向の様に
見えて、この様な言語の使い方は、実は閉鎖社会志向ではないか?こういう考え方が
蔓延すれば、狭い領域に閉じ込められていると勝手に思い込んでいる人間が増殖し、
何の意味もない「反乱」で社会はまたまた混乱するだろう。鳥の飛行能力の消滅は
隔絶された島嶼の鳥類にしばしば起きるという。そうだとすればこんな事の繰返しで
飛べない鳥になる様に人間の理性は、徐々に衰えてしまうのではないか?如何なものか

「純と愛」第24回感想・生きる意味 [物語]

神戸の愛の家からの帰路、純(夏菜)は、愛(風間俊介)からお試し期間終了と別れを
宣言された。実態は、自信のない愛が純に遠慮して、身を引いたというべきだろう。
純が、水野(城田優)から「愛が君を幸せにできるとは、思えない」といわれた時に
“人が気にしている事をずけずけといって!”と内心で思う場面があった。純もまた
愛とのお付き合いに不安を感じていたのである。しかし気になる愛の事が忘れられず、
ストーカーまがいの事をしてまで世話をやき、弟ジュンのお墓の前で、愛の生きる意味が
“純と二人で生きていくためだ”と宣言した。その日の内に二人はベッドイン。昔は
こういうのを“どれあい”といった。下層階級の風習で、良家では有り得なかった。
現代ではお城の様な家の人も、ホテルのオーナーの家の人も、“どれあい”?

「生きる意味」を見失う人間が大量発生する様になったのは、既に久しい事である。
それは、現代の溢れ返る情報が、人生に一番大切な事を、覆い隠してしまったからだ。
昔は爺さん婆さん、親や親戚、ご近所のおじさんおばさん、誰でも知っていた事が、
現代では、それらの人々のほとんどが、目先の欲に囚われて忘れ去っているのである。
純から「何の為に生きているのか」といきなり問われた水野が,仮に知っていたとしても
素直に答えられるか?疑問だ。そんな事は知っていると、笑い飛ばされるのがオチ。

愛は、高校時代まで諸事万端に優れ、多くの賞状やトロフィを獲得して得意になって
いたのだろうが、弟ジュンの死によって、世間の見方が一変し、生き方を見失った。
いまや良家の子女でも、人生に一番大切な事は何も教えてもらっていないのだろうか?
そうではなく、教えられていても身についていないのである。人生は上辺の知識だけで
生きていける程、生易しくはない。
愛は、諸事万端を習い、あるいはスポーツに打ち込んでいたプロセスで、何を学んだ?
学ばず、ただ賞状やトロフィを獲得するためだった?ただ褒められる為だった?もしも
あれだけの成果を上げたのなら、そのプロセスで人生の何たるかを学べたはずである。
よくドラマで才能を誇る天才肌と、運鈍根肌の弟子の競争で、運鈍根肌が、勝つのは、
成果だけを追い求めず、そのプロセスを大切にしてそこから大切な事を学ぶからだ。

今回で注目すべきポイントは、母・多恵子(若村麻由美)に関する、愛の印象である。
妹・誠(岡本玲)との電話でのやり取りで、8年前とは異なった印象を語っていた。
多恵子の顔は「ボロボロに疲れ顔中傷だらけ。もう壊れそうで、辛そうに泣き叫んでた」
といっていた。8年前の様に、母親に対する敵意や恐怖に似た感情ではなく、同情的な
感情に近くなっている。処が「だから、もうこれ以上苦しめたくない」というのである。
妹に母を託して、知らぬ顔だって? 何か変じゃあ~りませんかね~? 如何なものか

「純と愛」第23回感想・愛の両親 [物語]

第23回は愛(風間俊介)にとっては8年振りの帰宅、純(夏菜)は愛の両親と初対面。
愛の帰宅・純の初訪問の目的は何だったのか?
元々、愛は帰りたがっていなかったので仕方がないが、強いて目的を上げれば、家出を
理解してもらいたかったのではないだろうか?昨日書いた様に、愛の病が起した事態が
警察沙汰になり、父・謙次(堀内正美)に世話になった経緯もあった。家出を継続するに
しても、一応のケジメとして、(純とのお試し付き合い等含む)現状説明もあったろう。
愛の実家(神戸の豪邸)を訪問した最初の場面、兄・妹がお互いの本性や匂いの事で
“他人に比べたらまあ見れる”とか“まあまし”とかいう場面があった。この事から
兄・妹間では大きな問題はない?謙次と子ども達(愛と誠)との関係は、今回はっきり
しなかったが、雰囲気的にはまあ大きな問題はない様な気がする。愛は、以前から
謙次や妹・誠(岡本玲)とは、携帯で連絡し合っていた様だから、4人家族の中でも、
母親・多恵子(若村麻由美)を除く三人は、さして問題がある訳ではないのだと思う。

結局今回のポイントは、問題の根源は多恵子の生き様、有り様だという事だった。
今日の放送を視聴した視聴者は、殆どの人が、多恵子が異常だと感じたのではないか?
しかし物語の上では、沢山の顧客を抱え、超多忙を極める敏腕弁護士という事である。
今日の多恵子の発言をつぶさに調べても、超多忙なお偉いさんが言いそうな事ばかり。
純が、「何だ?この昆虫を踏み潰す様な言い方は!」と、独り言をいっていたが、
純の上司・宿泊部長・米田(矢島健一)の例を出すまでもなく世の中にいっぱい居る。

多恵子の何が問題なのか?簡単にいえば「人間性」に問題がある?
愛がおかしくなったのは高校時代。いまだ未成年で保護者には保護責任がある。
一般社会で人間性に問題のある人間がいても、成人ならうまく対応する必要がある。
そういう人間に悪い影響を受けないで、反面教師として人生を有意義にする事ができる
能力が、大人として必要である。純も米田などの変な上司を旨くかわして勤めている。
しかし厳しい俗世間の世渡り術を家庭に持ち込んでは、未成年家族は、おかしくなる。
多恵子は、俗世間の風を家庭にそのまま持ち込んでいるのだ。

多恵子も、昔はそんな人間ではなかったのだろう。絵本「ねむり姫」を読んでくれた頃
優しいお母さんだったのだ。ジュンの死から歯車が狂ったのか?その前からか?
夫の謙次が“自分も8年前から人と話する時に耳鳴りがする様になった”と言っていた。
家庭内に「人間性」に問題がある人が居ると、未成年ではなく夫さえも、おかしくなる。
それは、家庭は安息の場であるからだ。ストレスを解消し、明日の活力を養う場が、
職場の様な緊張感で満たされれば、ストレスが高じ、精神的・肉体的な病気になる。
さて、それでは、多恵子は何故、元気にバリバリ働き詰めに働けるのだろうか?

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「純と愛」第4週感想・愛の病 [物語]

今週の愛(風間俊介)は、病の症状が頻繁に現れた。
第19回は、純(夏菜)との付き合い(お試し期間)が始まった最初の日。動物園に行く。
そこで純は、動物園で迷子になった幼い日に、父・善行(武田鉄矢)が鬼の様な形相で
駆け寄り、「二度と離れるなと!」と、純の手を離さず握り締めていた事を思い出した。
純が、その夢を良く見ると話すと、愛は、「その時に愛されていると感じたからだ」と
言った。これはすごく正常な反応である。この件に関して病的な徴候はない。
しかし別れ際の初キッス寸前、「ガラスに映った自分の顔が弟の顔であり、自分の本性が
弟かも知れない」と思い、初キッスどころではなくなって逃げ帰った。私は、この場面、
愛が、“自分の本性が弟かも知れない”と言った点に注目した。絵解きの1つのポイント。

第20回は、水野(城田優)から、千香(黒木華)と愛を入れたダブルデートの提案があり、
そのデート中、水野の千香に関する弁解があった。しかし重要なのは、愛がスポーツにも
英会話にも、水野を凌ぐ素晴らしい能力を発揮した事である。此処でも動物園の時と同様
愛の正常さ、というより、並外れた能力の持ち主である事を証明した。しかし純の部屋で
初キッス再挑戦の寸前で、愛の父・謙次(堀内正美)からの電話があり、またも中断。
しかも電話に出る様に勧めた純に、えらい剣幕で切れて部屋を出て行ってしまった。
これって相当異常では?お試し期間中の純に対する配慮が全く無い!

第21/22回は、夫婦と幼い兄弟四人の客に関するトラブルである。指輪の紛失で大騒動。
結局、子ども(兄)が隠したのではないか?と疑った純は、愛に子どもの本性を見て貰う。
その結果、愛は兄が指輪を持っている事だけでなく、兄の方の弟に対する邪心をみて、
またまた切れてしまう。公衆の面前で子ども(兄)の頬を張り飛ばした。結局、愛は
警察に突き出され、弁護士である父・謙次が身元引受人で釈放された。

愛の病は重篤ではないか?しかしこれでもか!というこれ見よがしな愛の過激な行動は
警察に突き出された愛が、「家族には絶対に会わない」という縛りを自らの不行跡で
破る展開の為? それにしても、正常時と異常時が極端に変わる愛の病は深刻である。
私は、その原因について以下のごとくに考えた。

人は、世の全ての幸せを獲得したいという願望がある。しかしその望みは叶わない。
あらゆる生物は、皆、全ての幸せを獲得したいと願っているからだ。処が、愛は、
青春時代に普通一般でいう挫折を知らず、望むものは何でも手中にすることができた。
しかし弟の死によって「生きる」とは何か?分からなくなった? 前向きに生きる事が
周囲の人々を傷付けているのではないか?そう思った時に、人々が、生きる為に、他の
人々に対して様々な作意を持っているのが、透けてみえる様になってしまった?

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梅ちゃん先生スペシャルの感想 [物語]

梅ちゃん先生スペシャルの全体的な感想を書いて置きたいと思う。
梅ちゃん先生スペシャルは「結婚できない男と女スペシャル」と題しており、
前編の副題は「半径100メートルの男」、後編は「欠点ばかりの女」だった。
物語を視聴する前は、「結婚できない男と女」という題の先入観から、この物語は、
松岡(高橋光臣)、山倉(満島真之介)、弥生(徳永えり)ら「結婚できない男と女」を
中心に据えた物語だと思っていた。

視聴結果は、やはり梅子(堀北真希)・信郎(松坂桃李)夫婦が軸の物語だと感じた。
梅子と信郎の結婚は昭和31年で、スペシャル物語は昭和37年7月から始まった。
モンロー主演の映画 “七年目の浮気”をもじったのか?信の浮気がテーマになった。
竹夫が信郎を評した「半径100メートルの男」という表現を前編・副題にする事により
前編は、信郎中心の展開である事を暗示していた。そして後編では、信の浮気疑惑は、
信だけの問題ではなく、梅子も「欠点ばかりの女」、その原因が明らかにされていく。

梅子が、仕事や子育てにかまけ、自身の半径100メートル内に常に存在する夫の事への
関心を怠っていたことが、浮気疑惑事象の発生原因になっていたのである。もちろん
信にも数々の問題があった。まずは、山川厚子(臼田あさ美)に、自分の女房が「新幹線に
興味を持ってくれない」と愚痴をこぼした事。また嘘の上塗りをしたことである。
信が裏工作も見破られたにも関らず、「信じてくれ」の一点張りで梅子の疑惑が最高潮に
達した時、厚子に言った愚痴を梅子に直接ぶつけたのは、梅子に不満があったからだ。
だが信は、酔漢二人(松岡・山倉)の乱入時、切々と信に対する思いを語る梅子の言葉を
襖の陰で聞き入り、信もまた自分の至らなさ(不平・不満)に気付いたのである。
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後編・副題の「欠点ばかりの女」は、弥生と山倉とのクライマックス前、互いに欠点を言い合う場面があったので、「欠点ばかりの女」=弥生と考えられる。でも梅子もまた上述のような問題点があり、やはり話題の中心だった。写真は、「欠点ばかりの女」二人が下村家の縁側で、西瓜を食べながら梅子と弥生が話し合う場面。弥生は、神田真澄(小林涼子)と山倉を話題にしながら、自分が山倉の悪い面だけを見てきた事に気付いた。それで梅子は、弥生にもう一度山倉との結婚を考え直すように勧めた。
私が、弥生と山倉の一大転機と直感した場面である。如何なものか

続・梅ちゃん先生スペシャル(後編)感想 [物語]

梅子(堀北真希)と信郎(松坂桃李)が、最悪の夫婦状況の頃、山倉(満島真之介)は、
気持とは裏腹に、神田真澄(小林涼子)とコンサートに行く事を吹聴していた。それを
聞いた弥生(徳永えり)は心穏やかならず!反発して昔好意を持った伊東(庄野崎謙)を
誘う事にした。弥生と山倉との関係もまた、最悪の状態になっていた。

梅子が山川厚子(臼田あさ美)の出現によって、仕事に集中している信の顔に気付かされた
様に、弥生もまた真澄の出現によって、臨床医としての山倉を見る目が変わってきた。
しかし山倉を好きになったという若い真澄を押しのけてまで、一旦求婚を撥ね付けた山倉と
よりを戻したいと思う程、弥生も若くはなかった。(昭和37年は弥生・梅子32or3才?)
そんな状況の中、山倉は、松岡(高橋光臣)を誘って酒を飲みにいき、松岡的表現でいう
ところの“非言語的表現”で、弥生への思いの丈をぶちまけて酔いつぶれてしまった。

梅子と信郎の冷戦状態の続く下村家に、酔っ払いの松岡と山倉が乱入した。
完全に酔いつぶれた山倉を横において、松岡が、梅子に山倉の切ない思いを切々と語り
弥生との仲を何とかしてやりたいと相談する。それを受けて、二人の為に協力することを
約束した梅子は、自分達の現在があるのは、二人にお世話になったお陰であると感謝した。
昔の事を思い出したのか、梅子は信との結婚した幸せをかみしめ、「いろいろあるけれど
その色々が幸せ・・信は不器用だけどいつでも私と子ども達の事を一番に考えてくれている」
襖の外で信が一心に聴き入っていたが、松岡は既に居眠っていた。

この酔漢二人の乱入事件が、こじれた梅子と信、弥生と山倉の問題の分水嶺となった。
まず弥生と山倉は、コンサートの日、松岡から強引に宿直を交代させられた。後は
事件を人為的に起こし、弥生と山倉が一致協力して解決した暁には、二人は仲睦まじく
なるという松岡と梅子の作戦である。人為的な事件は松岡が重病になる計画だったが、
お誂え向きに本物の生死を分ける急患が飛び込んできた。物語は便利である。
弥生と山倉、どちらかと言うと山倉のすばらしい活躍で、後は患者の生命力次第という
ところまで漕ぎ着けた。

その頃「みかみ」で今回の浮気騒動を知った山川厚子が、梅子に事情説明をしていた。
映画券の顛末はこうだ。新幹線見学に向かう途中で、信が「(梅子が)自分の仕事や新幹線に
興味を持っていないのではないか?」と言い、それに対し厚子は、信を嗜め「自分の気持を
形で表すべきだ」と答えた。指輪のプレゼントを勧め、その仕上りの時間待ちに映画館に
入ったのだという。厚子は取材する中で、信の情熱に打たれ、必死で勉強し、何度も信に
取材する過程で信に好感を抱き、信の様な人と結婚したいと思った。横恋慕ではない。
厚子は、理想的夫婦として梅子・信郎が、幸せな夫婦であって欲しいと願っていたのだ。

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梅ちゃん先生スペシャル(後編)感想 [物語]

梅ちゃん先生スペシャル(後編)の結末は、見え見えで意外性がない。
従って見所は、物語のプロセス、即ち話の展開が、ポイントになる。例えば、
◎山倉(満島真之介)と弥生(徳永えり)が、研修生・神田真澄(小林涼子)を第1触媒
 として少し反応しはじめたが、どんな条件で目的レベル(結婚)までの反応に至るのか?
◎信郎(松坂桃李)の浮気疑惑は、晴れるに決まっているが、どんな外面的条件および
 内面的条件(梅子(堀北真希)・信郎の心理的要因)で納まるのか?
 特に、私がフログ「続・梅ちゃん先生スペシャル(前編)感想」で書いた“信郎の不満”
 について、どの様な解決策が提示されるのか?
といった点が、特に注目された。

信郎の浮気疑惑については、さらに最悪のパターンに至るプロセスから始まる。
信郎が小細工をして、映画の入場券がポケットにある理由を若者の急場を助けた結果だと
説明した。光男(野村周平)が和也(滝藤賢一)から千恵子(宮武美桜)との密会嫌疑を
受けているのを帰路に見かけ、証拠の入場券を旨く隠したというのである。
下村・安岡の両親などの追及はそれで一応けりがついたが、その口裏合わせのための
和也との電話を梅子に聞かれてしまい、ついに夫婦喧嘩も最高潮の修羅場となった。
梅子が、信の「信じてくれ」の一点張りに、「開き直る気!・・こんなんじゃ夫婦として
やっていけない!」という、キツイお言葉。(しかし堀北がいうと何だか可愛い!)

そこで遂に信が言った。「(信の魂のこもった部品の入っている新幹線・山川さんは
新幹線を見たいと言ってくれた) 梅子は何で言わないんだ?どうでも良いのか?」
山川厚子(臼田あさ美)に露ほどの浮気心もない梅子一筋の信ではあったが、だからこそ
梅子の新幹線に対する無関心が、自分への無関心(無関心は愛の反対語:マザーテレサ)
ではないかと淋しかったのである。厚子が取材で興味をもち立派な記事にした事は、最初
新米でがっかりした分、大きな期待を持って取材に応じた信にとって余計嬉しかった?
信の(男なら普通なかなかいえない)本音が炸裂して夫婦危機のピークは乗り越えた。
後は、あの映画の入場券の顛末に関する絵解きである。それは厚子がやってくれた。

梅子と信のその後の展開は、山倉と弥生の展開と同時並行的に進んでいく。
弥生の気持は、第一触媒・神田真澄によって山倉へと傾くが、山倉はなおも気を引こうと
真澄とコンサートに、それに反発した弥生も医専時代学園祭の芝居で知り合った伊藤と、
同じコンサートに行く予定になっていた。(この後の感想は次回に続く)如何なものか

「純と愛」第3週感想(続き) [物語]

今日(2012.10.20)の放送分を視聴して、「純と愛」を見る視点が替わって来た。
第3週・第18回目のポイントは、
1.入社同期・田辺千香(黒木華)の水野(城田優)ゲット宣言電話。
 水野の自宅に誘われた千香は、純(夏菜)に「水野に色目を使わないように!」と
 水野獲得の勝利宣言を伝えた。(千香には、愛の様な忠告者はいなかった様だ。)
2.純と愛が、レストランで食事をしている時に愛が、沖縄の竹笛を吹くシーン。
 このとき純は宮古島の海岸で竹笛を作るおじい・真栄田弘治(平良進)を思い出した。
3.今回、最大のヤマ場は、愛(風間俊介)のトイレ立てこもり告白である。
この告白内容は、多岐にわたるから、個別に述べて行きたい。

「純と愛」の物語が見えてきたのは、愛の死んだ弟に関する全容が見えてきたからだ。
まず、前回の疑問に対する答えが見えてきた。
◎ 愛は、純に興味を抱きながら、何故別れた方が良いと思うのだろうか?
 愛は、死んだ二卵性双生児の弟・純の分まで、母親の胎内に居る時に自分が奪って
 しまったと、思い込んでいる。そして弟を不幸にした様に、純(夏菜)に関しても
 不幸にしてしまうと思い込んでしまった。第2週末、純が愛の背にすがった時に
 弟の顔が浮かび「お前といると彼女が不幸になる。僕みたいに」と言ったという。
◎ もう一つ、昨日は書かなかった疑問だが、何故、愛は家出したのか?
 弟が死んでから、母親の顔が「鬼」に見えるようになった、というのである。
 最初は幻覚だと思ったが、継続するので家出したという。
母親の顔も「鬼」に見える事は良くある?(笑)が、継続はしないのが普通だろう。
継続するのは一種の精神病だと思うが、そう思わない所が愛の特質であろう。
そして愛の告白で、もう1つの疑問=純の兄・正(速水もこみち)の彼女・マリヤ
(高橋メアリージュン)の妊娠騒動関連の疑問もある程度分かった。
私の解釈では、「純と愛」は、育成環境への対処・捉え方の違いによって人間の生き方、
考え方が大きく異なっていく事、またそれへの気付きの大切さを物語りたいのでは?
愛と弟(ジュン)と、それに対する純と正との対比が、それを暗示している様に思う。

純と正は、同じ家庭に育ったが、純はおじいに多くを学ぶ事によって、思いやり深い
人間に育った。正は長男として父・善行(武田鉄矢)、母・晴海(森下愛子)に可愛がられ
それに甘えたが故に、自立心もなく、世間並みの良識も持たないいい加減な男になった?
愛と弟(ジュン)は、胎内環境も同様だったにも関らず、大きな差となってしまった。
だからと言って愛に、弟(ジュン)に対する責任がどれだけあるというのか?
しかし愛は、生前の弟(ジュン)に対する思いやりに欠けていた部分があったのでは?
それが弟(ジュン)の死によって、深層心理の中で愛に、大きな罪の意識が芽生えた?

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「純と愛」第3週の感想 [物語]

今週の「純と愛」のポイントは、
1,純(夏菜)と愛(風間俊介)の離合集散
 愛は、先週末純が、どん底を脱して豚まんを食っている所に現れた。
 愛の背中にすがり、良い雰囲気で終わったのに、今週早々、愛が純を突き飛ばす。
 純は翌日、仕事中の愛に会うが、妹・誠(岡本玲)が現れ愛は逃げ出した。
 愛は、電気工事会社も辞め行方をくらますも、純の膨大なメールに応答。
 そして今日のラスト、外国人の土産の事や、水野との気まずい関係に落ち込んでいた
 純の背後に、またもや愛が現れた。まるで純の願いが伝わるように!
2.ホテルの外国人客の依頼を個人的に受けて、結果は果せず失敗。
 次の3.項の騒動で、純が那覇に行き、季節外れの嵐で期日に間に合わなくなった。
3.純の兄・正(速水もこみち)の彼女・マリヤ(高橋メアリージュン)の妊娠騒動。
 正に結婚の意思が無く、両親(武田鉄矢・森下愛子)は、分かれる事を勧める。
 父・善行(武田鉄矢)は手切れ金を用意してきた。

これらの点に関して、私には多くの疑問があるが、幾つか列記してみたい。
1.愛は、純に興味を抱きながら、何故別れた方が良いと思うのだろうか?
2.純は、外国人客の依頼安請け合いと、兄の彼女妊娠騒動への介入の両方を
 うまく裁けると思った理由は何か?ノー天気な若気の至りなのか?
 大した問題じゃないから、失敗しても良い!というチャレンジ精神か?
3.マリアの妊娠中絶を、ヒロインの両親が推奨するドラマが、現代の常識?
4.社会人の愛人問題に、両親のみならず、妹まで介入するのは自立精神のなさ?
 家族愛の物語として、描いているのか?社会風刺として描いているのか?
 ヒロインの家族愛が、両親と兄に通用しないこんな家族が、朝ドラの常識?

ここ数年の朝ドラを振り返ると、「ゲゲゲの女房」、「てっぱん」、「おひさま」、
「カーネーション」、「梅ちゃん先生」と続く流れは、「てっぱん」を別にすれば
全て昔語り。昭和時代の追憶である。「てっぱん」もヒロインあかり(瀧本美織)の
生い立ちを追う物語。そういう意味で、今回の「純と愛」の様な、現代最先端の
日本の世相が、主役やその家族に大きな影を落としている物語はなかったのでは?
そういう意味では、「純と愛」の物語は従来の朝ドラの殻を破るものかも知れない。
団塊の世代がほぼ高齢者になり高齢者のものの見方・考え方も変化しているだろうが、
朝ドラ視聴者の大半はまだまだ旧い人も多い。付いて行けるのか?
初回視聴率は、歴代ドラマより良かったらしいが、若者が付いて来ると言うのか?
今の若者が見て参考になるドラマとすれば、高齢者には不向き?如何なものか

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