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野田・小沢会談('12.05) [社会]

昨日、野田首相は、消費税増税法案成立への協力要請の為に、小沢元代表と会談した。
私は、この会談は一種のパフォーマンスに過ぎないと思っていたが、やはりそのようだ。
会談前と、会談後に、何の変化も無い事が、その事を雄弁に物語っている。
そこで私は野田首相の作戦は無手勝流抱きつき作戦だと悟った。それはどういうことか?

現在の消費税増税法案成立に対するハードルとは何か? から順次、論じて行きたい。
先日の2012-05-24のブログ「近頃('12.05)の増税議論」で示したが、
自民党は、消費税増税のハードルとして、民主党が自ら作ったという3つを掲げた。
1.民主党のバラマキマニフェスト
2.民主党のマニフェスト作成の責任者・小沢一郎が、消費税増税はマニフェスト違反と
  声高に言っている。党が割れても採決の決意は揺るがないか?
3.民主党の消費税増税と社会福祉の一体改革について政策の体を成していない。

民主主義政治として、真面目に消費税増税法案成立を論ずるなら、この指摘は正しい?
しかし、これまでの経緯を観察する限り、野田首相は、抱きつき作戦を取ったと思う。
民主主義政治、政党政治という矜持を捨て、何が何でも消費税増税法案成立をする構えだ。
何故なら、この3つのハードルは、自民・公明の主要野党が民主主義政治、政党政治の
正論として、設定したハードルだからである。
仮に民主党と自民・公明が野合してしまえば、この3つのハードルはハードルたり得ない。
野田首相の抱きつき作戦とは、小沢と平行線でも野合によって法案成立可能という事。

この抱きつき作戦は、成功するか?勿論、自民・公明が合意すれば成功するが。
自民・公明は、民主党が小沢を切れば、それをケジメとして、合意に踏み込む予定?
もしそうだとしても、私は、自民・公明の「野合」といわれても仕方ないと思う。
一方、ケジメがないからと言って、自民・公明が突っぱねた場合、消費税増税法案成立の
機会を潰した張本人として、自民・公明に対し汚名を着せる事も十分可能であろう。
即ち、この抱きつき作戦は、日本的な政治風土(即ち民主政治が根付いていない)では
自民・公明も微妙な立場に追い込まれてしまった、という事になる。

野田首相が、此処まで無手勝流抱きつき作戦で粘り抜くというのも、一つの考え方だ。
それは自民・公明の「自分たちの手を汚さず消費税増税成立を期す」という安易なそして
ズルッこい考え方の隙を突かれたからだ。泥試合の様相になった? 如何なものか
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梅ちゃん_51回・今後の展開? [物語]

昭和26年(1951)4月、梅子(堀北真希)達は、いよいよインターンとして勤務開始。
今日の話題は、1.梅子と松岡(高橋光臣)との再会。2.耳鼻科、そして外科における
梅子の勤務振り。3.松子(ミムラ)の見合い写真、結婚紹介、そして松子の気持。
4.安岡(片岡鶴太郎)の受注話と、朝鮮動乱景気の話。5.謎めいた検査室での終幕。
等である。断片的な話題で一貫性がないが、これもこれからの展開の布石かも。

梅子と松岡の再会に関しては、映画館以来の3年ぶりだとナレータが言っていたから、
間違いない?松岡が、梅子の父・建造(高橋克実)に教えを受けていたのはどうなった?
そこで私は、松岡は、映画館での行き違い直後、梅子との交際に冷却期間を置くために、
封書の手紙を書いたと解釈。従って当然、建造からの教えも、断念したのだと思う。
再会直後の二人は、弥生(徳永えり)、山倉(満島真之介)と共に病院の食堂で昼食を
とった。その時、弥生が、山倉に雪子(黒川智花)とのその後の事を聴いていたが、特に
進展はない様子だった。ダンスパーティや学園祭がらみの交際は、その後途絶えていた?
今後、梅子と松岡を中心に、話がどういう風に発展するのか?楽しみである。

梅子の病院での勤務ぶりは、相変わらず危なっかしい!弥生が、自分は最初から
帝都大病院を目指していたが、梅子は成り行きで来た、と言っていた。その時、梅子は
私もチャンと考えていた、と主張したが、最初から遅刻する等、成り行き任せ?
それでも、1つ位は取り得もある様で、外科に行ってタワシで手を洗っても大丈夫!
弥生は、最初が外科で、手術室に入る前に、20分タワシで手を洗うというシゴキに会い
肌がすりむけて、いたるところ赤くただれるという憂き目に会った。梅子の手洗いに
シゴキの金子鬼講師(浜田学)も、音を挙げずに洗っている梅子に結構、感心の眼差し?
しかし口では「手の皮の厚さは、面の皮の厚さに比例する」と憎まれ口を叩いていた。
もう1つ、梅子が感心なのは、夜中まで綿棒を巻く練習をしていた事。自分の弱点を
厭わず、根気強く頑張って克服していく、精神的・肉体的な粘りが大切なのだ。

深夜の綿棒巻き練習中に、姉・松子を起してしまうが、そこで姉が、会社勤めに
悩んでいる事が分かる。「いくら仕事が出来ても、女は煙たがられる」という。
女学校を首席だった松子は嫁に行くしかないのか?母・芳子(南果歩)が、アフター
サービスに訪ねて来た加藤(大沢健)に、結婚相手の紹介を依頼していたが見当違い?
もし加藤が独身ならば、彼もまた、松子を好ましく思っている様な節がある。
ラストシーン、検査室の謎の男(品川徹)が、血液検体を持ってきた梅子を呼止め、
ジロジロと怪しい目つきで彼女の周り巡っていた。梅子の運命や如何に?


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梅ちゃん_50回 [物語]

インターンの面接試験で、「ひがわりていしょく」とつぶやいた梅子のその後やいかに?
試験官の一人から、その理由を聞かれて、梅子(堀北真希)は臆せず、「此処の病院の
日替定食は美味しいそうで」と切り出した。試験官の一人・建造(高橋克実)からまたも
「医学と何の関係があるのですか?」と突っ込まれた。それでもなお「食事は生きる基本
・・・云々、栄養が体を作る・・・云々、(従って)医者が食事を疎かにしてはいけない・・・云々」
と大先生方に向かって食い下がる根性は、建造に鍛えられた成果といえる?それに対しても
「一般論としてはそうですが、日替定食にこだわる理由は?」と、建造の追及は弛まない。
梅子は「毎日の食事には、日替の変化が必要だからです」と答えた後、間をおいて開き直る。

「良い先生は、他にも沢山いると仰いましたが、此処にしかいない先生がいます。」此処に
しかいない先生とは、医者を志す事になった原体験 <建造が重病のヒロシ(細田龍之介)を
救った時に梅子も手伝った> における建造の事である。梅子は原体験を話した後、続けた。
「私は、医者って素晴らしい仕事だと思いました。医者は人を笑顔にする仕事です。私も
その人みたいな良い医者になって、皆が日替定食を楽しめる様に・・・」途切れたが、続けて
「とにかく、その人が医者として働く姿をまだ少ししか見た事がありません。もっと近くで
見たいんです。もっと間近で、その人から色々な事を学びたいんです」 面接は終わった。
昨日の最後に書いたが、面接最後の下りは、芳子(南果歩)の「存分に照れくさくして
あげれば!」の照れくささを通り越して、建造は感動の涙目だったような気がした。

「梅ちゃん先生」は、今回で約1/3を経過した事になる。今回で医専を卒業したから
一応は学生時代を終了した。

そこで最近視聴した「女の一生」物語における4ヒロイン比較に学生時代を取上げてみた。
梅子<昭和4年(1929)生>は、初回から終戦間際の、女学生・勤労奉仕時代から始まる。
4ヒロインの女学生以上の学生時代は、糸子:実時間約半年・放送7回。
陽子:実時間3年・放送30回。布美枝(松下奈緒):0年・放送0回。
梅子:実時間約6年・放送50回。梅子は4ヒロイン中、学生時代の放送時間最長を誇る。
糸子<大正3年(1914)生>は、第6回、昭和2年(1927)女学校に入学するも、
放送第12回目、1年生の内に女学校を止めてパッチ屋に奉公に行った。
糸子(尾野真千子)は、女学校で裁縫は抜群だった。
そういえば陽子<大正11年(1922)生>は、女学校在学中、裁縫が下手で超有名?
陽子は第7回から昭和13年(1938)16歳の女学生(井上真央)になり、女学生時代の
話は長かったが、二年間の師範学校生活は1日でおしまい。そして陽子は
第36回の放送で、昭和16年(1941)に卒業と共に、小学校の先生として赴任。

布美枝<昭和7年(1932)生>の学生生活は、最短で、子役時代の第6回で終了だった。
第7回から昭和28年(1953)、ヒロインは21才で俳優も松下奈緒になった。

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梅ちゃん_49回 [物語]

今日の「梅ちゃん先生」は、半年以上飛び越えて、昭和26年2月になった。空白期間に
下村家は新築を完了。隣の親父・安岡幸吉(片岡鶴太郎)も全快。松子(ミムラ)も
既に28才、幾度目かの見合い話を断った。行き遅れ?が常態化?竹夫(小出恵介)も
いつの間にか、父・建造(高橋克実)を含む家族全員と、食卓を囲んで談笑するまで
関係改善。祖母・正枝(倍賞美津子)、母・芳子(南果歩)も至極付きの元気である。

梅子(堀北真希)は、いよいよ卒業間際で卒業試験の追い込み時期だ。いつもC班仲間
弥生(徳永えり)雪子(黒川智花)典子(西原亜希)江美(白鳥久美子)らに助けられて、
ようやく卒業試験までたどり着いたが、此処で落ちると行く所がない?城南医専は、
新制大学「蒲田医科大学」となってなくなるらしい。彼女達の話題はインターン先の
病院を何処にするか?だった。雪子は、医専の附属病院に皆で行こうと提案するが、
弥生は「何時までもそんな馴れ合いをしている場合ではない」と反対。
梅子の父・建造のいる帝都大学付属病院に行くつもりだと言う。

梅子は弥生の意見(帝都大病院は最新の設備、優秀な先生方)に対して、建造の居る病院で
学ぶ事に、当初は抵抗があった。一緒に生活している父親と職場まで一緒になる事に抵抗を
感じたのだ。抵抗感があったにも関わらず、梅子のインターン志望病院は帝都大になった。
梅子の心変わりを手伝った理由として、弥生から聞いた「帝都大病院のもう1つの利点は、
食堂のサラダと冷奴付き日替定食が50円!」というのも深層心理的に影響したか知れない。
しかし、もっと大きく深層心理に影響を与えた事があったと思われる。それは隣の安岡家の
父子の徒弟関係だった。インターン志望先に悩んでいる時に、信郎(松坂桃李)と会い、
改めて、何時も目にしてきた技術を伝える父子の光景を好ましく思い出したのだと思う。
幸吉のきめ細かな指導や叱責、信郎の相手を思いやりながらの遠慮の無い意見など、
そこには、一方的ではない麗しい師弟関係が築かれていたのではないか?親と子との間の
双方向コミュニケーションによる技術(とその背景の精神)の伝承は素晴らしい?

 

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梅ちゃん先生 第8週まとめ [物語]

今週の梅ちゃん先生は、先週の「愛の空騒ぎ」の終戦処理的な前半の43・44回と、
後半の45~48回との間には、約2.5年以上の断絶があった。その間の変遷について
主なものは、2012-05-23のブログ「梅ちゃん先生 第8週-2」にまとめておいた。
そこに書かなかった近所の三上家は、新しい店を開店(42回)以後、まあ繁盛している?
梅子(堀北真希)らが、利用している状況から推測された。その他に書かなかった事で
もっとも気がかりなのは、梅子達のグループと、中央医大生達の交友関係である。
昭和22年当時、松岡(高橋光臣)は、時々、梅子の父・建造(高橋克実)に個人授業を
受けていたから、その後も付き合っていた?いつから交際が途切れたのか?
来週の予告では、松岡が再び登場するようだから、何らかの情報は得られるだろう。

境界線問題で梅の木を掘り返そうとして倒れた安岡幸吉(片岡鶴太郎)は、建造の勤める
大学に入院して胃潰瘍と診断されたが、思ったよりも大きい為に手術すると決まった。
胃潰瘍というのは、神経性の精神的ストレスによるものが多いという。ドラマで見る限り
幸吉に、そんな繊細な神経があるとも思えなかったが、人は見かけによらぬという。
私の義理の伯父が、企業の下請町工場(戦災で焼失)で、戦後も大変な苦労をしていた。
当時の町工場の経営について通じている訳ではないが、幸吉が、安岡信郎(松坂桃李)の
新規開発の意見に乗らず、ネジばっかり切っているのも、考えあっての事ではないか?
昭和20年代は激動の時代であり、下手に手を出すとなけなしの土地まで失う羽目になる。
幸吉は幸吉なりに、いろいろと悩みが多かった?そして境界線争いも、いざという時の
借金の担保として、少しでも土地資産を多くしたい為の闘争だった?

今週の〆は梅子が、江美(白鳥久美子)の悩みを建造に相談するという形の医者に関する
真剣な問答だった。建造の答えは、医者になるのが怖くなったというのも「仕方がない」、
「どういう世界でも脱落者はいる」、「死ぬと分かっている患者に、“大丈夫!”と嘘を
つかねばなら無い事がある。そういう事に耐えられない様では医者は務まらない」。
梅子は、父の言葉が薄情に聞こえるけれど、正しい意見だと受けとめていた。

私は、建造の意見を、「弱肉強食」「適者生存」という「進化論」ではなく、「共生」
「棲み分け」という考え方で解釈すべきだと思う。梅子も言っていた。「医者は、病人を
全力で治そうとする。それだけを考える。」と。江美も、この言葉を聴いて学校に復帰した。
職業に貴賎なし!職業は市場原理だけで決めて良いはずがない? 如何なものか
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梅ちゃん_46・47回 [物語]

46・47回の主な出来事を箇条書きにまとめると次のようになる。
a.松子(ミムラ)の許婚・吉岡軍医に助けられたという加藤(大沢健)は、本物の
 建設会社の営業マンだった。いろいろあって、建造(高橋克実)は新築を決意した。
b.そこで朝鮮半島の38度線ならぬ、下村・安岡両家の境界線争いが勃発した。
c.下村家は銀行から金を借りられるが、安岡家は無理?それで幸吉(片岡鶴太郎)は
 “宝くじ”による一発逆転を狙う。しかしあえなく空クジ。やけになって目印の
 下村家の庭にあった梅の木の移動を考え付き、掘り起こそうとするが倒れてしまう。

もう1つの大きな出来事は、梅子(堀北真希)の仲間、江美(白鳥久美子)の問題。
江美は、臨床実習の患者として幼馴染だった熊沢と出会った。個人的に見舞って、
幼い頃の楽しかった思い出話で散々、大笑いした帰り、熊沢が「持って半年」という
死の病である事を聞いてしまう。あまりに思いがけない現実に向き合って悩む江美。

以前、問題には一人称、二人称、三人称の区別があるという事を読んだことがある。
三人称の問題とは=他人事ということ。江美の場合は、熊沢の問題を非常に身近に感じ
二人称の問題として受取ると共に、医者としての一人称の問題として認識した。梅子は、
江美の悩みを他の仲間・沢田弥生(徳永えり)須藤雪子(黒川智花)瀬川典子(西原亜希)に
伝えたが彼女らは江美の悩みを三人称の問題とした。だが梅子は、江美の「患者を助け
られないと分かったらどうするか?」という問題意識を自分の問題として悩んだのだ。
そこで新築の打合せに来ていた加藤に、吉岡(成宮寛貴)がどんな医者だったか聴いた。
加藤によれば、吉岡は、軍医という矛盾を抱えた立場に悩みながらも運命として受入れて
いた立派な医者だった。立派な医者は、どんなに疲れていても苦しんでいる患者に対して
白衣を着て向かい合うのではないか?そう加藤は感じたという。加藤もまた戦場で死線を
彷徨った一人称の経験の上に立った医者についての観察眼であり、聴くべきものがある。
梅子は、吉岡が出征する直前(女学生時代)に、梅の木の下で「梅は春一番に桜よりも
先に咲いて皆に希望を与える花。君もそんな人になれるよ。」と言われた事がある。
梅子は、吉岡に言われたことと、加藤から聴いた吉岡軍医の素晴らしいイメージをつなぎ
おぼろげながら自分の医者としての将来像を、描く事ができたのではなかろうか?

梅子は、江美の悩みを二人称の問題として受け取り、彼女の悩みを自分の悩み、すなわち
一人称の問題として考え、医者としての生き方、考え方を生み出していく。さまざまな
周囲の出来事を、二人称・一人称の問題意識で体験する事が生きる意味? 如何なものか
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近頃('12.05)の増税議論 [社会]

今日は、久しぶりに歯医者に行って見てもらった。待合室で週刊誌を読んでいたら
田原某が、今の自民党も民主党も、国会で何を議論しているのか、訳がわからない。
これからは地方の議員から国政を考えていかなければならない。即ち今の国会議員は
国の実情を把握できていないから、引退してもらった方が良い、という非常に婉曲的
橋下某のヨイショ論だった。それが本当かどうか?昨日の国会討論を録画で視聴した。
その結果は、田原某の頭の方がよっぽど狂っているとしか思えなかった。
  
野田毅(自民党)の質疑を例にとると、要点は増税議論における民主党の問題点だった。
野田毅議員は、以下のような議論を挑んでいた。
1.民主党は、今迄の経緯をまったく理解せず、消費税増税のハードルを自ら作った。
 a)自民党は小泉政権時代(2001~06)、防衛費、教育費、公共事業費、社会福祉費等
  厳しい歳出削減を図ったが、やりすぎて、国民の反感を買ってしまった。その結果
  2007年参院選敗退、民主党は調子に乗って、バラマキマニフェストで政権奪取。
 b)民主党は、16兆円強の財源があると言ったが、わずかしか出てこなかった。
 C)今頃になって、あわてて消費税増税と社会福祉の一体改革を言い出した。
 これでは、国民の理解は得がたい?
2.民主党のマニフェスト作成の責任者・小沢一郎が、消費税増税はマニフェスト違反と
  声高に言っている。党が割れても採決の決意は揺るがないか?
3.民主党の消費税増税と社会福祉の一体改革について政策の体を成していない。
 a)税制改革に関して、28項目もの検討項目が付記されている。
 b)自民党が長らく検討してできた成案は、社会福祉費の歯止めとして財源を消費税に
  限定している所がミソであるが、それが全く抜けている。

これらの意見に対して、野田首相はじめ岡田副総理、その他閣僚も全く反論なし。
ただ、お説ごもっとも!と、拝聴するばかりだった。
野田毅議員が心配していた点は、「採決をするのか?」という一点だった。
自民党、少なくとも野田毅議員は本気印だった。民主党の案は全然ダメ。従って
もし採決に持ち込めるなら、自民党の成案を全部投入してでも可決させたいらしい。
しかし自民党は、成案を全部投入してしまった後で、採決延長(結局延期)または
民主党が割れて解散総選挙となった場合、自民党のノウハウはなくなってしまう?
私の読みでは、自民党は解散総選挙に持ち込むという点で皆の利害は一致している?
次の解散総選挙で甘言に騙されるようなら、いよいよ日本もお仕舞?如何なものか
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梅ちゃん先生 第8週-2 [物語]

昨日(昭和22年11月)から今日は、一挙に昭和25年(1950)6月になっていた。
その間の変遷は、どうなっているのだろうか?
昨日、最後に提起した「松子(ミムラ)と真田(平岳大)の関係」は忘れられている?
悲劇のヒロイン・あかね(宇野実彩子)は中島の正妻が死亡し、後釜に! 玉の輿である。
週刊誌に掲載される身分になっていた。この結果からだけ見ると、竹夫(小出恵介)は
あかねに捨てられたと言った方が適切なのかも知れない。梅子(堀北真希)の悲しみは
何だったのか?公平さを欠く身内の身贔屓に過ぎなかったのか?要らぬお節介だった。

その兄の竹夫はその事をよく心得ていた?一念発起、社員は自分だけとはいえ貿易会社を
起業していた。一人で頑張っている竹夫に、近頃では父・建造(高橋克実)も一目置いて
いるらしい(梅子の話)。食料統制は昭和50年頃には相当弛んでいた?下村家の食卓は、
約2年半で大きく変わり、品数多く豪華になった。(本当にこんなに変ったのか?)

約2年半経過した今回は、あかねと竹夫に大きな変化はあったものの、それ以外の人物に
大きな変化なし?梅子・医専の最上級生(5年生)。下村家も隣家の安岡家も相変わらず
バラック建築のままであった。近所の三上家については、前々回では出征中の旦那・和也
(滝藤賢一)が生還し、康子(岩崎ひろみ)等と涙の対面。前回(昭和22年時点)は店の
改築をしていたが、その後の変化については何の情報も無い。

今日の主な話題は、戦争中に松子の婚約者・吉岡智司に助けられたという謎の訪問者・Xだ。
Xは如才なく祖母や母、そして松子と談笑して帰った。帰り際、松子に家の新築について
それとなく打診していた。後から加藤(大沢健)と分かるが、Xを見送った後、松子が
梅子にXの名前も聞かなかったと言っていたので、もしやXは詐欺師ではないかと疑った。
何故なら、次の日曜日には下村家を改めて訪問し、尤もらしい名刺を持って、建造に新築を
勧めていたからである。しかしその疑いは、私の思い過ごしかも?

昭和25年6月は、朝鮮動乱が勃発した年である。この戦争で特需が増大。漁夫の利を得て
日本の戦後復興は一挙に加速していった。米国の政治姿勢も反共勢力の一員として独立、
再軍備もやむなしという姿勢に転換された。そして特需景気は建築ブームを起こした。
戸建住宅の建設は加藤の言う如く、このタイミングを逸すると資材の高騰で難しくなる?
下村家がこの時期に戸建住宅を建設できたのなら、やはり資産家というべきではないか?
Xは工務店の営業担当・加藤で、建造は家を新築する方に、私は賭ける。如何なものか
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梅ちゃん先生 第8週-1 [物語]

この処、梅ちゃん(堀北真希)は、何かに取り付かれたとしか思えない状態だった。
簡単に言ってしまえば、あかね(宇野実彩子)の結婚宣言が「本音」ではない事に拘り
悲しみに取り付かれていたのだ。松岡(高橋光臣)と一緒に映画鑑賞に行きながら
別々の映画を見るはめになった事が、悲しみへの序奏曲だったのかもしれない。
その後、松岡から、「あの時、思い直して“活劇もの”に入らず“恋愛もの”を見た」
という話を聞いても上の空。あかねの複雑な人間心理に謎めいた恐れを感じた?

あかねの結婚宣言が本音でなかった事は、陽造(鶴見辰吾)の情報からハッキリした。
矢も立てもたまらなくなり、無理矢理あかねに会いに行く。そして、あかねの口から
実際の状況を聞く事によって、梅子は、少しずつ気持ちに落ち着きを戻していった。
その後、松岡から手紙が届いた。「・・・あなたの笑顔を取り戻せなかったのは私の力が
足りなかったから・・・今度会うときは笑顔で会いたい・・・」誠実?で優しい内容だ。

第43回と44回では、あかねと竹夫(小出恵介)の悲恋が大きなウェートを占めたが、
私は、梅子と松岡とのそれとない相互コミュニケーションに、大きな意味を見いだしたい。
松岡は恋愛物語の障害を、家柄など外的要因と自分の気持に素直になれない内的要因に
分析した。そして「あなたの表情を曇らせているものは内的要因?外的要因?」と問う。
梅子は「色々な事が重なって分からない。誰もが自分の気持に素直になれれば良い!」
と答え、松岡は、「現実とは、そういうものなのでしょうな!」と共感した。
私の思うに内的要因も外的要因も結局はつながっている。あかねが自分の気持に素直に
なれない大きな要因は、どうしようもない父親の大借金という外的要因があるからである。

梅子はまだ幼い。自分が素直にさえなれば、自分の気持に素直になれると思っている?
苦労を知らない、育ちの良い娘の独り善がりである。ロミオとジュリエットも幼い故の悲劇?
幼いことは純粋なこと。平均寿命30才位なら「純粋」で片付けても良いが、高齢化の
平均寿命80才ともなると、純粋なままで年老いても、世の中が立ち行かなくなる?
梅子も、竹夫も、そして松岡も、一連の出来事を通じて、成長していく必要がある。
松岡も手紙で梅子に伝えていた。「あなたの笑顔を取り戻せなかったのは私の力不足」
「今度会うときは笑顔で!」。松岡もさらに成長し、力をつけようとしている。
竹夫も、夢を実現する為に、更なる修業の旅に出た。そして梅子も一歩前進!
しかし「恋は盲目」という言葉もある。独り善がりといわれても、最後は自分の気持に
素直に突っ走るべきでは?松子(ミムラ)と真田(平岳大)の関係は?如何なものか
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孫に教えられ日食見物 [大家族]

今日は新月だが、それだけではなく日本で金環日食が見られるという珍しい日だった。
私自身は、一週間くらい前にテレビで取り上げているのを聞いて、「あーそうか!」と
聞き流していた。ところがたまたま孫のKotoと電話していて、日食観測専用の眼鏡
(solar glass)が余っているから送ってくれるという。我々ジジババは、時代遅れで
まだ準備していないだろうと心配してくれたのだ。年をとると何事にも鈍感になる。
今回の日食でいえば我々の住んでいる岡山は皆既日食ではなく、部分日食に過ぎないし
当日の天候もどうなるかわからないと思うと、準備にも若い頃の様にあまり燃えない。

Kotoが、色付きの下敷きやサングラスはダメだからと、凄く熱心に勧めてくれるので
我々も段々と、「よし!天体ショーを見よう!」という若い頃の気分が戻ってきた。
手紙も荷造もKotoがやって投函した翌日から、届いたかどうかの確認電話をしてくれる
という念の入れ方には感心!荷物には丁寧な送り状、2個の日食用グラスとその説明書と
共に、日食の説明書きまで入っているという行き届いたものだった。日食の説明書きは
バーバ用だという。私はネットで調べるだろうから分かると思うが、バーバはそこまで
しないだろうから、という実に細やかな気遣いには恐れ入った。

送ってくれた日食グラスは、3分間連続使用可能なキティーブランドの安全規格合格品。
薄曇の太陽光線では何も見えない。Kotoの住んでいる横浜は当初、曇だったらしく、
キティーブランドでは良く見えなかったので、今日も観測中に心配して電話してくれた。

DSC21-716.jpgDSC21-727.jpgDSC21-730.jpgDSC21-731_1.jpg
上の写真は、今日、撮った部分日食の写真である。日食グラスさまさまである。
Kotoの細やかな気遣いで若い頃の気分が戻ったとはいえ、写真撮影の周到な準備までは
気が回らなかったことと、写真機が古く性能が劣るため、不味い結果に終わった。
日食グラスでみた部分日食は最大で90%に達し、私の人生で最も素晴らしい日食だった。
最大の日食時刻は、当地では7:28という事だったが、写真は、7:16、27、30、31の
時刻に撮ったものである。(写真の上でクリックすると拡大する)アッという間の
天体ショーだったが、遠くの孫たちが近くに感じられた時間だった。如何なものか
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