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大晦日・2011 [大家族]

今年の大晦日は比較的暖かな日和だった。
昨日から子どもや孫達が来てくれて、楽しい年の暮を過ごすことができた。
昨日は、夕方になったが美観地区を訪れた。日暮れが早くすぐに真っ暗になった。
写真は、美感地区にいた白鳥の写真である。孫たちが珍しがってくれた。
写真の黒い部分は、丸で真っ黒な大地に見えるが、実は漆黒の水である。カメラのフラッシュの
お陰で、肉眼では見えない足が鮮明に見えたために、大地に支えられているように見えたのだ。
DSC09139白鳥.JPG

日本中に激震の走った年ではあったが、如何なる場合にも前向きに生きる幸せを痛切に思った。
私の孫達は自慢の孫である。高一から小三まで女三人、男二人は、スポーツに芸術に学習に
そして人間的にも、身体的にも素晴らしい。勿論、様々な欠点もあると思う。しかし
私が最もうれしい事は、私自身が、欠点を気にせず、良いところを心から賞賛できることだ。
爺バカと言われれば、それまでだが、孫の成長が、マイナス思考の私を変革してくれたのだ。
今までの長い人生、中々良い所を心から喜べない性格だった私に、爺バカの資格をくれた。
「負うた子に教えられ」という諺があるが、「負われた孫に教えられ」というところか?
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恋人づくり 28~30回の見所 [物語]

恋人づくり 28~30回では、複数回を通して気付く見所を述べておきたい。
サンウンとヨジュンの婚約が成立した後、ワンカットが細切れに成って話が分かりにくくなった。
しかしそれは、様々な男女の恋愛関係の哀歓を、互いに相関付けるためのものだった。
幾つもの話題を並行して進める目的は、以下のようなポイントを強調する為であると思う。
1)我慢をしなければならない状況でも、男には、事と次第によって我慢にも限界がある
  というのが、韓国の一般的な見解ではないか? (日本や西洋とのニュアンスの違い)
2)それに対して、その様な状況でも、女性は最後まで耐え忍ぶのが美徳というのが、
  韓国の一般的な見解ではないか?(日本や西洋とのニュアンスの違い)
3)また韓国には、問題解決には、正しい手順がある、と考えられているのではないか?
4)そしてサンウン(ユジン)が養女とわかった問題の本質が次第に明確になってきた。

1)に関する例としてサンウンとの結婚を反対されているヨジュン(キ・テヨン)が、解決へ
  の努力も限界にきたと盛んに言い出して、周囲に圧力をかけている事が挙げられる。
  また、ギュハン(チョン・ソグオン)が、スキー旅行に行った夜、ユニの変らぬ拒絶に
  「男はこういう時に実力行使もありうる」と言いながらユニ(キム・ジョンナン)に
  迫る場面があった。これも耐えに耐えた男の意地として韓国では受けられるのだろうか?
  またその時、ギュハンを妨害したヒョウン(カン・ビョル)の出現もまた、チョルホ
  (ペク・ジョンミン)に強引に初キスを奪われ逃げ帰ってきた結果である。これもまた
  ヒョウンに子ども扱いされたチョルホの止むに止まれぬ行為だった?

2)の女性の忍耐については、先ず、ユニの例であろう。手順の失敗で、恋人だったヘソン
  (ビョン・カミン)の子どもを結婚前に宿した。その後は茨の道であったろう。
  愛する我が子チンジュ(ファン・ウネ)を生甲斐に耐え続ける女である。ユニは従って
  3)の手順の問題に関する反面教師の役割も担っている。
  ユニは、ヘソンと結ばれるだろう。何故なら、ヘソンの父親が謝罪に訪れたからだ。
  ギュハンの母ジニ(クム・ポラ)は、ユニを許すまでには至っていないからだ。
  女は、関係者の全ての了解を得るまで、我慢するのである。それはサンウンにも通じる。
  養女と分かってヨジュンとの仲を裂かれようとしているサンウンもまた、ヨジュンの母
  クムジャ(ヤン・ヒギョン)に反対されている。
  ユニによって学習しているサンウンは、ヨジュンが、我慢の緒を切って結婚を迫っても
  ヨジュンが母親を説得しない限り決して結婚しないとクムジャに誓っていた。クムジャは
  サンウンではなくバカ息子の腹いせに妨害するかも?と脅したが弱々しい最後の足掻き?

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恋人づくり 27回の見所 [物語]

韓流ドラマ・恋人づくり 27回の見所は、サンウン(ユジン)の父ギョンテ(カン・ナムギル)が
サンウンとヨジュン(キ・テヨン)の婚約破談をキム家に伝えた事による波紋の拡大であろう。
ヨジュンにとっても深刻な問題である。そこでヨジュンはサンウンを促し、二人は一泊旅行に
出かけた。婚約中だから韓国でもそれ程、世間的には問題にならない?そこで旅行から帰って
両家の家族に、責任をとって結婚すると宣言した。余りにも鮮やかな作戦だった。

サンウンとヨジュンの婚約破談の波紋で一番の見所は、ギョンテの話に、一旦は我慢したが
結局堪忍袋を切ったソクジュ(イム・ヒョンシク)が、キム家に乗り込んだ場面である。
クムジャが「立場を違えて、ヨジュンが素性知れずだったらどうか?」と問うたが全くの愚問。
素性知れずの赤子(サンウン)を30年間、我が子として大切に育てたギョンテやソクジュが、
ヨジュンが素性知れずでも問題にするはずがない。クムジャは自分の立場しか見えてない。
ソクジュは、最後に「お宅の、器の小ささにはがっかりした。」と言って帰っていった。

ヨジュンとの一泊旅行で、サンウンがヨジュンに話した事も興味深いものがあった。サンウンは
日没を見ると二人は添い遂げられないという迷信を語るが、ヨジュンは「日没は別の場所では
日の出、ものは考え方次第だ」と心のあり方の大切さを諭した。その後、サンウンは「考えて
みると私は運が良い。パパとママの子で私は本当にラッキーだった」と気持を切替えた。
ヨジュンには何の欠点も無い幸せな人間に見えるが、彼には、クムジャ(ヤン・ヒギョン)という
旧弊な母親がいる。それが彼の最大の欠点であり、弱みであろう。ギュハンもまた欠点の多い
母親を持つ。同病相憐れむ間柄で、ヨジュンとギュハンは、親友になったのかも知れない。

私にとって、この物語の魅力は、負い目や欠点、過去の失敗等を背負う登場人物が、それでも
前向きに懸命に生きようとする姿を描こうとしている所にある。
ヨジュンの母親クムジャも、ギュハンの母親ジニ(クム・ポラ)も、器は小さく、自己中?だが、
子どもを大切に思っているのだ。ヨジュンは愚かな母として切って捨てるのではなく気付くまで
辛抱強く待つ姿勢? 片やギュハンは、どうしようというのだろうか?

ヘソン(ビョン・カミン)は、餅屋のフランチャイズ経営で、着々と点数を稼いでいる。しかし
問題の父親が病気で倒れてしまう。一難去ってまた一難という所。ユニ(キム・ジョンナン)は
ギュハンとの板ばさみではあるが、私の目には、ヘソンに傾いている様に見える。ユニとヘソン、
サンウンとヨジュンの問題はどの様な決着に導かれるのか?そして、サンウンと実母との関係は?
決着には、韓国的な特徴があらわれるのか?否か?その辺が見所では?如何なものか
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恋人づくり 26回の見所 [物語]

韓流ドラマ・恋人づくり 今回の見所はサンウン(ユジン)の悩み、葛藤だろう。もう1つは
ヘソン(ビョン・カミン)の活躍、そしてヨジュン(キ・テヨン)との婚約の危機である。
良い所のお嬢さん・お坊っちゃんの他愛無い恋愛話で終わらせたくない為の製作者の
ムリな筋立て・サンウンの実母スジョン(パク・スンチョン)の出現は、事態を一変させた。
サンウンは、亡母ヘジョン(ギョンテの亡妻)が自分の事をどう思っていたのか気になった。
また妹・ヒョウン(カン・ビョル)より3年も長く一緒にいて、目も体の温もりもハッキリと
思い出せるのに、顔だけが思い出せない(写真が残っているのにもかかわらず)という。

サンウンのこれらの亡母に関する思いは、実母が登場した為に、亡母との絆の強さを急遽、
再認識したかったからではないか?幼時の母親の面影は、写真で追うことが出来ても、
現実的な面影はおぼろで実感としては覚束ないもの。だからサンウンが覚束なく思うのは
自然であり、決してサンウンと亡母が義理の関係だからではないと思う。
養母が実の母親だと信じて疑わなかった所に突然、実母が登場するとなれば、頭が混乱し、
現実に培ってきた亡母ヘジョンとの絆さえ疑わしく思うサンウンの心情は、想像に余りある。
祖父ソクジュ(イム・ヒョンシク)、父ギョンテ(カン・ナムギル)、妹ヒョウン、そして、
婚約者ヨジュン(キ・テヨン)とサンウンの強い絆に関しては、まだ健全な状況にあるようだ。
しかし、サンウンは実母スジョンについて、冷たくあしらっている。こういう態度は
少し日本人には分かりにくいが、これは肉親であるが故の甘えとも受取れる。

ヘソンの活躍は餅工場のトラブル解決で発揮される。トラブルの元凶はヘソンの父親の会社の
人間による嫌がらせだった。それを明確にして嫌がらせを止めさせた上に、餅屋の経営拡大を
提案した。その提案が、ばあさんオンナン(パン・ヒョジョン)の勘所を押さえた殺し文句。
商売を拡げようとは思わないというばあさんやテクス(チェ・サンフン)に対してヘソンは
「おばあさまの味を全国に広げたい。亡き後もあの味を残したい。チェーン店を増やして
 教育すれば、味が受継がれます。これはおばあさまの役目です。」

サンウンとヨジュンとの婚約の危機は、ヨジュンの母クムジャ(ヤン・ヒギョン)からの強硬な
反対意見がキッカケとなった。養父ギョンテが、キム家にサンウンが養子である事を隠していた
一件で呼びつけられた。主にクムジャから素性の知れない人間として散々サンウンをけなされ
しかも男手一つで育ったと言われ、ギョンテは婚約解消を自ら言い出した。そしてギョンテは
今回の最終場面、サンウンに婚約解消を告げた。潔いギョンテは八方破れの構え。しかし
日本的には無責任のソシリを免れない?果たしてギョンテ一家の絆は保てるか?如何なものか
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恋人づくり 25回の見所 [物語]

韓流ドラマ恋人づくり 25回の見所は、他人の子を育てるという事、そして自分が育った家庭の子
でない事を知るという事が、どんな意味をもつものか?そういったことを考えるところにある。
怪しげな中年女性が現れ、昨日ギョンテ(カン・ナムギル)に対して、サンウン(ユジン)の実母と
名乗った。今頃なぜ?と思ったが、考えてみれば、こんな由々しき大問題が、サンウンとヨジュン
(キ・テヨン)の心が結びつく前に起こったら、物語が成立たなくなる。この大事件が起きるなら、
このタイミングしかないのかも知れない。私が、この件で最も案じたのは、
ギョンテの義父ソクジュ(イム・ヒョンシク)が承知しているかどうかだった。
それが昨日、ソクジュも先刻承知している様子なので、まだ先を見る気になった。

サンウンの突然の実母出現を視聴者はどう受止めるべきか?或は製作者側の意図は何か?
私が思うに、このままの展開では強気の王子様とお姫様が、出会いの行違いから喧嘩しつつも
何時しか愛し合う恋物語、他愛ない御伽噺で終わってしまう。封建時代の強者礼讃の英雄物語
と何ら変わらない。これは、陳腐な恋物語、強者礼讃で終わらせない製作者の苦肉の策では?
この場足り的といえる策が成功するか否か?多少の興味は湧く。

サンウンの出生の秘密を知った人々の反応を見ながら、日韓の異同を考察してみよう。先ず
サンウンは街中で実母スジョン(パク・スンチョン)に呼び止められて、自分の名は亡き母ヘジョン
に名付けられた“祥恩”と書く素晴らしい名前だから、見知らぬ人から気安く呼ばれたくないと
言った。儒教的倫理の国・韓国らしい言い草である。そしてヨジュンに、実母から聞いた事実を
もとに「倫理に背く父(家庭がありながら実母と交際)、無責任な母、薄情な伯父(サンウンを
捨てた)。できる事なら、私の体に流れる血を全部抜いてしまいたい!」と告げた。サンウンの
こういう考え方は、日本人には直感的に思い浮かばないのではないか? サンウンの話に
ヨジュンは「君は君だ」と力づけた。ヨジュンの言葉の意味を考えた。

生みの親が誰であろうと現在のサンウンに変わりはない、という事だろう。しかし問題は未来予測
なのである。「血(血統)」即ち「遺伝子」を問題にするのは、現在は顕在化していない事を問題に
するからである。人間性は現在の表層だけでは判断できないと考えられているからだ。しかし
最近勉強している「免疫学」では、癌等は、遺伝子ではなく、育成環境、生活習慣等による性格の
方が、大きな影響力を持つという。してみれば未来も育成環境、生活習慣等で予測可能?
そこで、サンウンの育成環境、生活習慣等であるが、少なくとも韓国的には素晴らしい様である。
私が見出してからのドラマの範囲では、サンウンの育ての父ギョンテは義父ソクジュによく仕える
平凡な娘婿に見えるが、素晴らしい男の様だ。特に儒教的倫理の国・韓国では。ヨジュンの祖母も
サンウンを「ギョンテの娘だから見込んだ」と言っていた。また実母の伯父がサンウンを捨てる
場所にギョンテの家を選んだのも、近隣におけるギョンテの評判を知ってのことだったらしい。

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恋人づくり 24回の見所 [物語]

今回の韓流ドラマ・恋人づくりは話がこま切れで、まとまりがないため、見所がなかなか難しい。
そこで、今回「愛」にまつわる話を引用しながら「愛」とは何か?少し、考えてみようと思う。
最初は、ヘリム(イ・ソンミン)が、セウォン(リュ・サンウク)に八つ当たりする場面。
ヘリムは、愛について「愛のためには何でもした。命がけで桃も食べた。ウソもついた。」と
言っている。そしてセウォンの事を「愛の告白だけで、何もしなかった。」と、責めた。
ヘリムの愛は積極的である。命がけの行動もしたらしいから勇気もある。しかし嘘までつくとは
やりすぎではなかいか?まあスタイルの良い美人ならいいか?その半面、セウォンは消極的だ。
愛する事は何の補償もないのに行動を起すこと。愛せば相手の心にも愛が生まれるという希望。
愛するという事は、そういう勇気を持って相手を信じ、積極的に行動を起す事である。

今回のテーマは「ユニの決心」。遂にユニ(キム・ジョンナン)からギュハン(チョン・ソグオン)に、
最終通告をする場面。ユニは、ギュハンの優しさに甘えていた事を反省した。ユニはその事で
ズッと心苦しかった。ギュハンとの交流を断つ事は、幸せでなくとも気楽になれる、という。
ギュハンは「俺は振られても、利用されていても良い。しかしユニさんが苦しむのは耐えられない」
と、言っていた。ギュハンの愛は無償の愛だ。しかし勘定高い?韓国では、ユニも言っていたが
「お人よし」の愛と言われてしまう。ギュハンの「愛せば相手の心にも愛が生まれるという希望」
は、無残にも砕け散った。この場面の後で、ユニはヨジュン(キ・テヨン)に、ギュハンについて
「心が揺れた事もあったが、これは間違っている」と感慨を漏らしている。ジニ(クム・ポラ)という
ギュハンの実母の存在が、ユニの心にギュハンへの愛の芽生えを封殺してしまったのであろう。

さてサンウン(ユジン)とヨジュンが、シドニーから帰国してキム家に挨拶に行った場面。祖母さん・
オンナン(パン・ヒョジョン)が二人を説教する所は、韓国的様式美という所だろうが、やはり愛に
ついて述べている。バアさん曰く「生涯連れ添うために一番大切な事は信頼。仲のよい夫婦でも
時には喧嘩する事もある。同じ道を歩んでいく為には信じるしかないの分かった?」両人揃って
殊勝げに「ハイ」と応えていた。ご両人は現実も7月に結婚したというが、このバアさんの説教を
まともに聴いて結婚したのだろうか?そうだとすれば、韓国にも、友和・百恵の様な芸能界の
鴛鴦夫婦が出来るのかも?(間違いなら韓国芸能界に全く疎い人間の感想としてご容赦)

余談はさておき、バアさんの話には「信頼」、「信じる」という言葉がキーワードになっている。
この「信」、「信頼」という言葉の裏には、「努力」や「忍耐」という意味も含まれるのでは?「愛」を
生み、育て、大きく成長していくためには、「勇気」と「信頼」、「努力」と「忍耐」等が、当事者から
必要十分に供給されると共に、社会の習慣・風土にもマッチしなければならない?如何なものか
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恋人づくり 23回の見所 [物語]

韓流ドラマ・恋人づくり、今回の見所は、相手に対するヨジュンの態度の使い分けであろう。他にも
ユニのヘソン(ビョン・カミン)への揺れる気持、餅屋一家へジワジワ浸透していくヘソン等。先ず
ユニとヘソンの話。チンジュ(ファン・ウネ)の発表会でギュハン(チョン・ソグオン)がチンジュに
花束を贈ったのを見たヘソンはユニ(キム・ジョンナン)に花束を贈る事を思いつかなかった事を
詫びた。それに対して「子どもは気にしないから安心して」と優しく気遣うユニ。またギュハンが
自分の代わりを務めていたのか?と問うのに対してもユニは「代わりじゃなく、ギュハンとして
チンジュが必要な時にはいつもそばにいた」と話す。そこでヘソンは、「教えてくれ、お前は
どんな時に俺が必要だったんだ?」と問う。ユニは、必要を感じた時を、1つ1つ丁寧に教えた。
そして「もうあなたが戻ってこないと悟ってからは自分の力で生きて来たわ」と締め括った。
ユニは、謝るのはヘソンらしくないというが、ヘソンはユニに、ただただ謝るばかりであった。
ユニは、ヘソンの謝罪にどう応えるのだろうか?

二人がそれぞれ自分の存在の本質の所で自分自身を経験する時、初めて愛が生まれるという。
この種の経験による「愛」は、挑戦、活動、成長、共同作業である。喜怒哀楽等とは別次元?
「愛」は世俗的な成功や、幸せや、安楽を求めるための手段ではない。ユニとヘソンの物語は、
サンウン(ユジン)とヨジュン(キ・テヨン)の甘ったるい恋愛話に、ちょっぴり辛い味付けを施し
真実の「愛」の香りを漂わせる役割を果たしている。

さてヨジュンは、元カノによる陰謀を知った後も、サンウンが最後まで自分を信頼しなかった事に
釈然とせず、鬱々としていた。チョルホ(ペク・ジョンミン)とヒョウン(カン・ビョル)の気転で
ネックレスと同じ意味を持つサンウンからの腕時計を受取る。ヨジュンがネックレスを送ったのは
「心臓に近いから心を逃さない」という思いからだという。そしてヨジュンはサンウンが腕時計を
選んだ理由を考え、「二人が同じ時間を刻むため」という意味だと解した。そしてサンウンと共に
願ったクリスマスの願いを一挙に叶える為に、二人一緒にいなければならない事に気付く。
サンウンを追っかける決断をしたヨジュンは、先ずサンウンの居場所を教えてもらう為にソクジュ
(イム・ヒョンシク)に会いに行く。その時のセリフが面白い。「サンウンが悪いから逃げ出した。
居場所を教えてください。連れ戻してハッキリさせます。」そしてシドニーでサンウンとあった時も
最初は強気で押すのだが、最後は「キム家の血筋が途絶える!」とまで、泣き言を並べ、
「俺も落ちたな!」と独り言。そして膝を付き、謝まる姿勢になったヨジュンに驚き、身をかがめる
サンウンの腕を引っ張ってキッスに持ち込み何とか体裁を作る。その後の応酬にもタジタジの
ヨジュンは「降参」。勝ち誇った顔のサンウンに「止めてくれ!」 熱々に戻った二人だが、
彼らの「愛」は、挑戦、活動、成長、共同作業に結び付くのか? 如何なものか
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恋人づくり 22回の見所 [物語]

韓流ドラマ・恋人づくり22回 最大の見所は、サンウン(ユジン)とヨジュン(キ・テヨン)とが
喧嘩別れする下りである。しかし、その前に、関連する幾つかの挿話について触れておきたい。
最初は、ユニ(キム・ジョンナン)が、ヘソン(ビョン・カミン)に、よりを戻さない理由を
話す場面である。ユニは、ヘソンを信頼し、白を黒と言っても疑わなかった。しかし現在は、
ヘソンも人も信用出来なくなってしまった。その為に、昔には戻れないというのである。
「愛は盲目」というが、「愛」は、儒教的「信義」を越える力があるのだろう。しかし「愛」を
裏切る行為は、「信義」を裏切る以上に、相手を傷つけてしまう? 即ち「愛」は、
社会的な務めや約束事を果たす「信義」の概念以上の、より深い意味を持つものなのだ。

次の挿話は、ヘソンが、弟のセウォン(リュ・サンウク)に、サンウンへの思いに関して
後悔しない様に説得している場面である。ヘソンは「愛は無くてはならないもの」であり、
愛に気づいたら、愛の無い生活には耐えられないのだから、愛しているなら後悔しない様に
ハッキリと伝えて頑張れ!と弟を説得していた。しかしセウォンは父親の跡を継ぐようだ。
セウォンは、父親の「愛」に応えようとする。父親の愛は条件付きの愛である。父親の眼鏡に
叶ったものだけが受けられる愛である。ヘソンに向けられていた父親の愛に飢えていたセウォン。
父親の「愛」に応えられるかどうか?実際に会社に入社して父親に認められなければ駄目だ。
しかしセウォンは、サンウンへの与える「愛」よりも、受ける「愛」を選んだのではないか?

そしてヨジュンの元恋人・ソヒョン(ユン・ジュヒ)を巡るサンウンとヨジュンとの誤解だ。
ヨジュンは儒教的「信義」の人。サンウンへの燃える「愛」も、ソヒョンへの醒めた思いも、
決して儒教的「礼」を失することなく、完璧に行動しようとする男である。一方サンウンは、
ハングル文字も時に間違える帰国子女(韓国にこういう言い方があるか?)。儒教的「礼」を
守ると言ってもヨジュンのソヒョンに対する完璧な「礼」を深く理解できるレベルではない?
その上ソヒョンの陰謀で、ヨジュンがソヒョンに指輪を渡す所をサンウンに見られてしまった。

サンウンの「愛」は西洋的「愛」である。“人が恋人を求めるは、誠に恋人に求められる故”
だから、「半分の愛でも大丈夫」と思っていた。しかしソヒョンに指輪をはめるのを見て、
しかも、その事に関してヨジュンから何の釈明も無かった事で、自分の考えが間違っていたと
思い込んでしまったのだろう。そこに、「礼」を重んじ、男の体面をも重んじるヨジュンを
誤解してしまう原因がある。しかしサンウンの「愛」は与える愛であるからこそ、恨まずに
ソヒョンの為に退場を決心しシドニー大学に就職したのである。体面を重んじるヨジュンにも
勿論大きな問題はあったが、こういう硬骨漢は、現代では希少価値? 如何なものか
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恋人づくり 20・21回の見所 [物語]

恋人づくり 20回の見所は何と言っても婚約式であろう。純白のドレスに身を包んだ、サンウン
(ユジン)は輝に満ちていた。あの艶やかなサンウンを待たせるとは!ソクジュ(イム・ヒョンシク)
爺さんでなくとも腹立たしい。しかもヨジュン(キ・テヨン)は、2時間10分も遅れた。
それにしても、韓国の式場は、時間に関して鷹揚にできている。日本の一般のこういう式場は
時間単位の管理がうるさく、次の客がある場合には、延長は難しい。韓国でも事情は同じ?
だとすれば、最初から時間幅をとって予約していたのであろう。餅屋とケーキ屋のどちらが
予約したのか?いずれにしても、お金持で太っ腹。それとも、余り流行らない場所で、貸切?

婚約式でも、例の通り、サンウン側とヨジュン側が、喧嘩を始める。一種の儀式か?
このドラマでは、喧嘩や行違いでハラハラさせられるが、笑えるような場面が少ない。それでも
ヨジュンの後輩医師・チョッと間抜けなチョルホ(ペク・ジョンミン)が笑わせる。ヨジュンが
手術の遅れで取るものもとり合えず式場に向かう場面で、チョルホが「ヨジュンさんの服装の
乱れを10年目で初めて見た!」と驚く場面である。他にもサンウンの妹ヒョウン(カン・ビョル)
との掛け合い漫才の様な場面があり、そんな所が、チョッと日本のこの種のドラマと違うのかな?
兎も角ヨジュンが到着して式が始まってからも、ローソクをつける順番で餅とケーキの争いは
継続。考えてみれば、こういう儀式の様な喧嘩もまた、ユーモアを誘う手法なのかもしれない。
こういう手法は日本では古臭いからかコント等でしか見られないが、韓流ドラマでみると、結構
新鮮に思えるのだから、日本のドラマでも、本格的に逆輸入したらどうだろうか?

もう一つの見所は、ユニ(キム・ジョンナン)の元彼・ヘソン(ビョン・カミン)の巻返しと
ギュハン(チョン・ソグオン)のユニに対する猛烈なアタックである。ギュハンにはユニの母親
グムジャ(ヤン・ヒギョン)が援軍であるが、ギュハンの実母・ジニ(クム・ポラ)が最強の難関。
ジニが生存する限り、ギュハンの勝ち目はないだろう。片やヘソンは如何に?

既に娘・チンジュ(ファン・ウネ)は父親に好意を持ち、習い事の発表会への招待状を送った。
ユニは娘の送り迎えにヘソンを頼る位に軟化している。問題は、周りの親族である。ヘソンは、
丸で徳川家康の大阪城攻めの戦法よろしく、サンウンの祖父ソクジュ、クムジャの弟・ボクマン
(イ・ジョンフン)等からジワジワと関係を持ち、多忙な年末を狙って餅屋の工場に入り込む。
そして、ユニやヨジュンの両親から、長老である祖母・オンナン(パン・ヒョジョン)にまで
ヘリムの行状が伝わる。そしてその結果、オンナンから「真人間になるかどうか近くで監視」
する為に工場に勤務する事を許される。「真人間になってから追出せば良い。真人間になれば
話も通じるだろう。」と、オンナンが言った。これは最早、ヘソンを半分許している?

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続・映画「Railways2」 [大家族]

今日はおおむね晴れたが強風。この時期の空冷は、私の年では気持ちよいとは言えなかった。
映画「Railways2」について印象に残ったシーンを、思い出すままに書き綴ってみたい。
先ずは、佐和子(余貴美子)と担当する患者・信子(吉行和子)との夫婦に関するやりとりだ。
病状の急変で入院し、退院の許可がおりない状況の中、佐和子が信子の希望を尊重。頑張った
お陰で、再び自宅療養になった信子と佐和子とには、信頼の絆ができていた。佐和子が、
信子と今は亡き彼女の夫とが、長い年月に渡って添い遂げた理由を訊いた場面である。
信子は語った。「或る時ね、きづいたがじゃ」、「“お”じゃなくて“ぺ”なんだって」
 「夫だと思うからシャクにさわるし、疲れる。ペットだと思えばいいがよ。」
 要は、夫なんていう動物は、わがままなペットだと思えば、我慢も出来るという事らしい。

私は、なるほど!と合点した。こういう話は、字面にこだわっていては十分理解できない。
ポイントは、信子が夫を見る視点の変更である。何時も何時も同じ所から視るのではなく
視点をずらしてみる、発想を転換してみるという気分の転換こそ、大切なのである。

私の様な凡人は、聖人君子のような立派な人間を目指していない。ただ自分らしい人生を
全うしたいと思っている。しかし「自分らしさ」とは何か?を考えるとなかなか奥が深い。
視点、発想、気分も、何時もコロコロ変えてばかりだと、自分は誰?という事に成りかねない。
信子の独創的な発想の転換は、彼女が夫婦とは何か?真剣に取組んだから出てきたのだろう。
自分らしい人生を器用に生きようと思うから難しくなる?不器用も良いのではないか?

次に思い出すのは滝島徹(三浦友和)と新米運転士・小田(中尾明慶)とのやり取り。映画全編の
中で大きな比重を占めていて、幾つものシーンのまとまりとして印象深い。仕事を通じて後輩を
育てる経験は多くの人が持っており、本映画を見て感慨深く思った人も多いと思う。それにしても
定年間際の徹の新人育成への熱い情熱には驚かされた。言い換えれば定年間際であるにも
関わらず、運転士という仕事への情熱に衰えを感じさせないとさえ、言えるのではなかろうか?
徹は最初、小田に「お前は運転士に向いていない」と言った。それは、若い頃の徹を指導した
先輩・吉原(米倉斉加年)から言われた言葉だ。徹は楠木(中川屋礼二)にも言ったらしいが、
楠木は頭から“見込みがある奴にしか言わない”と思い込むような楽天家だ。映画の最後の方、
徹と小田の心が通じた後、小田が徹に「滝島さんの様に無事故のうまい運転士になりたい」と
言った。すかさず徹が「無事故の継続は運転がうまいからではない。運転が下手だから反省して、
同じ失敗を繰返さない事を心掛けたからだ。」と自己の真骨頂を明らかにした。小田は滝島先輩
から免許皆伝を授与された。そして徹は不器用を再認識した。これで運は開ける?如何なものか
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