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おひさまと覚悟 [閑話]

ある本に、「日本は火山列島で、火山爆発の回数記録、カルデラの歴年表を調べていたら
人間の歴史は火山爆発の休閑期を縫うように綴られてきた様に見える」と、書いていた。
人間の歴史の合い間に、火山爆発があると考えるのは、大きな錯覚だ!というのである。
火山爆発は兎も角、日本は台風銀座であり、地震大国、洪水、山崩れなど災害は多い。
日本人の知能が優れているのは、そういった災害に鍛えられたからだという意見もある。
「艱難汝を玉にす」と言う諺があるが、日本は、それを地で行っているという訳だ。

「東日本大震災」における様々な悲惨な実話を、知人などから伝え聞いた陽子世代や
その少し年長の人々は、自分達の第二次世界大戦当時の過酷な体験を思い出すようである。
そういった方々から、戦争中には相当の覚悟をもって生きられていた話を聴いた事がある。
こういった戦争中の過酷な体験を乗越えて、今もお元気で生きている方々は、我々からは
測り知れない強さ、逞しさと共に、限りない優しさに溢れている。
今日のNHKテレビ小説「おひさま」で、陽子(井上真央)の“覚悟”という言葉が聞けた。
時代は昭和20年3月。軍事教練を実施している陽子の学級の生徒たち。その状況について
ナレータである現代の陽子(若尾文子)は、「人を殺す訓練は、嫌な気持ちだったし、
怖かった。しかし私だって、いざとなったら戦う覚悟は持っていた」と、語っていた。
陽子の覚悟に興味津々である。明るい気持を保ちながら、覚悟をするとは素晴らしい!

平常時あるいは災害後に、一般人が楽観的な考え方をもつことは許されるのではないか?
日本列島の火山爆発や、巨大地震などに、いつも悲観的な態度でリアルに考える事が
一般庶民にとって正しい生き方か?楽観的な錯覚も必要ではないか?これを付和雷同的と
非難するのは当らないのではないか?
楽観的な考え方を社会的に模倣するのは生き抜くための学習であり、付和雷同と言わぬ?

だが、一国の首相になるからには、「治にいて乱を忘れず」の心がけが大切ではないか?
戦時中の陽子ですら、いざという時の覚悟をしていたと言うのだから。日本の危機管理は
全て官僚任せの想定だけで、想定外は、知らぬ、存ぜぬでは、政治主導が聴いて呆れる!
民主党はバラマキを主導したいだけだった?
菅首相の首相としての資質・覚悟が各方面から追及されているが、ご本人は至ってお元気で
居直っておいでになる。小沢一派の造反を骨抜きにし、また民主党分裂の危機も旨く回避。
政界はズタズタになって、菅政権の後の構図が完全に不透明になり、菅首相一人幸せ!
仕事がし難いと嫌われている上司で、これ以上の自己中心的人間はいない?如何なものか
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