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ナルシシズムの恐ろしさ [閑話]

オーム真理教などの例を引くまでもなく、ナルシシズムに陥る集団が発生する事がある。
その理由の1つに、間違った瞑想による経験によって強化されるということがある。
神秘的経験を、真理への到達と勘違いして、トンでもない方向に進むという事である。

「禅」の修業などにおいても、神秘的経験と、論理的説明との二つを大切にする。
神秘的経験だけによって勝手な解釈をしないという事が、非常に大切にされている。
論理的説明は、正しい見解・解釈という事であるが、最終的には“師”の導きである。
チベット仏教などにおいても、「正しい見解のない瞑想は、目を閉じて歩く様なもの」
と、言われている。正しい道が分らないで、迷ってしまうということである。

さて、民主党の政治状況を見ていると、最早、「正しい見解・解釈」を指し示す“師”も
論理的説明も、何処にありや? と、いう状況にあるのではないか?
それでも菅首相が、疲れも見せずに頑張り、民主党としてもついて行っている根拠は?
何処に、そんな素晴らしいエネルギーが隠されているのか?不思議である。

私の少ない知識で速断するのはおこがましいが、そのエネルギーは集団ナルシシズムでは?
これは、私の憶測に過ぎないが、菅首相や、民主党の人々は、間違った神秘的経験を、
真理と勘違いして、集団ナルシシズムに陥っているのではないか?と、心配する。
民主党の人々も、皆さん、立派な政治家である。だから、一生懸命に沈思黙考している?

残念ながら民主党は「東日本大震災」など想定外の偏った認識下、「政権交代」を目的に
していたために、現状の政治を引っ張っていく上で必要な「正しい見解」を持たない。
それにもかかわらず、自分達が一生懸命取組んでいるのだから、正しいに決まっていると
居直る態度が、集団ナルシシズムにはまっている確たる証拠ではなかろうか?

民主党の人々は、自民党だって、どこだって自分たちと変わり映えしないと考えている?
その意見が、正しいか?間違っているか?が、問題なのではない。
最早、自分達の姿を客観的に振り返ることもできない「集団ナルシシズム」徴候が問題なのだ。
2011.05.24のブログ「政治と義」で“菅首相は質問の趣旨が分らない等と「分らない」を
オームのように繰返していた。”と書いたが、日本語を理解しても、人の心を理解できない
という事を言いたかった。人の心を理解できないで首相は務まらぬ? 如何なものか
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