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終幕間近の「てっぱん」② [物語]

今日は、「てっぱん」の舞台の1つ、尾道に行ってきた。
今日一日は、満天、雲ひとつ無かった。こんな日も珍しい「てっぱん」三昧の1日だった。

今日の「てっぱん」で、あかり(瀧本美織)と滝沢(長田成哉)の淡い恋愛にも、終止符が打たれた
様だ。私は、この結末を予想していたが、やれやれ。今日の尾道散歩で、最も大きな収穫は、
市役所の「てっぱん」写真展と、ロビーで放映していた「てっぱん」のダイジェスト版、そして、
初回放送の海に飛び込んだ突堤の現物を見た事である。

この半年の放送内容が、走馬灯の様に駆け巡り、色んなことを思い出させてくれた。あの突堤は、
その後、あかりが加奈(朝倉あき)に、養子である事を打ち明けるシーン、そして実の父親の事を
打明ける場面での回想シーンとしても出てきた。ベッチャー初音(富司純子)との衝撃的出会い
から、あかりと初音に思いもかけない現実が次々に起こってくる。それは「だんだん」のめぐみ
(三倉茉奈)とのぞみ(佳奈)の双子が、18歳の誕生日に運命的な出会いをするのと相通じるもの
がある。しかし、思いもかけない現実を担う二人の年齢が、「だんだん」は同時出産なのに、
「てっぱん」は、孫と祖母という大きな(40~50歳)差がある。あかりは、数々の未知の現実に
直面し、苦しみ、悩みながら、まだ知らぬ真実(リアリティ)を求める途上である。
その為に“ベッチャー” 対 “がんぼたれ”の戦いに決着を付けなければならないのだ。

私は初音とあかりの年齢を超えた戦いという点に、「てっぱん」の現代的な意味があると思う。
我々は、年齢を超えて全てが、バーチャルな世界から目覚め、未知の現実を想像し、
そして未知の真実を求める時なのではなかろうか?如何なものか
写真(尾道)
上段左・数々の思い出を残す土堂突堤。中・千光寺公園に登る途中から新尾道大橋を望む尾道
水道。向いが造船所等のある向島。村上鉄工所があるという設定になっている。右・鼓岩。
DSC08727突堤.JPGDSC08708尾道水道.JPGDSC08716鼓岩.JPG
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終幕間近の「てっぱん」 [物語]

「てっぱん」物語もいよいよ大詰めを迎えた。「告白」の一方・欽也(遠藤要)の行方は、
昨日、私の予想通りの方向で決着がついた。父・錠(遠藤憲一)の厚い壁を乗越えたという
よりは、尾道での出産を強引に勧め、産みの苦しみにたじろぐ欽也の背中を押し、のぞみの
出産後には、欽也の覚悟を引出してやった。最後は女の子を授かったのぞみ(京野ことみ)に
是非を問い「宜しくお願いします。」の言葉まで引出してやった。情に篤い錠の導きだった。

それに引き換え、あかり(瀧本美織)の方は、今日の段階でもまだ、結論は持ち越された。
ベッチャー・初音(富司純子)が、田中荘を売払い、お金をあかりに相続すると言出した。
しかも、伝さん(竜雷太)と仲良く、老人ホームに入るという。全く予想外の展開である。
あかりは、もはや滝沢(長田成哉)の元へ行かざるを得なくなった?
この始末をどう付けるか?後三日の間の話の運びが、非常に楽しみである。

ブログ「2011-03-06「てっぱん」の魅力」で、あかりと初音の存在感を指摘した。
あかりの存在感は、主役の役得の様なところがある。しかし、それでも従来のTV小説とは
一味違う?それは、自分の知っている世界を超えたリアリティに果敢に挑戦するところだ。
勿論、自分のためなら当り前かも知れない。あかりは、自分の利害を超えてやるのである。

初音の存在感は、予想外の行動にある。常識を超えている。ベッチャーの名前の所以?
あかりと初音の年齢差(40歳以上?)を考慮すれば、普通は初音の行動は‘大人げ’ない?
だが、初音もまた、あかりと同様に、自分の利害を超えた行動であり、それらは、
あかりと同様、未知のリアリティに対する果敢な挑戦であるとも、取れなくもない。

私は、現代において、あかりと初音が挑戦する未知のリアリティこそ重要だと思っている。
我々は今や文明の最先端に居り、未知のリアリティ等は物語の世界の話だと思っている?
従って視聴者は、こんな話は破綻している、と受け取っている人もたくさん居るだろう。
現代では自分が知っている世界(TVその他で見聞したり、人から教わったりした世界)外の
未知のリアリティを想像できない。その想像力の無さが大きな災いのもとになっている?
あかりがこのまま福岡にいってしまったら、“ベッチャー” 対 “がんぼたれ”の戦いは
“がんぼたれ”の負け?それでは、あかりが求める未知のリアリティの道は塞がれてしまう。
あかりの求める未知のリアリティが明らかにならなければ「てっぱん」物語の意味がない?
ともかく、心に残る素晴らしい物語になるか?否か?楽しみである。 如何なものか
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弥生散歩2011 [散歩]

社会が不安定で、のんびりした気分になれないからか、最近は散歩の話題が減少した。
しかし、私のような年寄りが気を揉んでも仕方がないので、のんびり散歩の話である。
散歩の話題は少ないが、散歩は、相変わらず継続している。
最近では、一週間で10万歩というのも少なくない。
スロージョギングがある程度、定着してきたからかも知れない。
相変わらず、膝には違和感がある。コラーゲンの不足か?(^^)
201103291243早鯉.jpg
写真は、今日の散歩の途中で撮ったもの。
(決して過去の写真ではない。)
鯉のぼりは、何時頃から飾るのだろうか?
特に、決まりがある訳でもなさそうだが、4月以降か?
今のところ他では見かけなかった。結構、気の早いお宅?
今日は、風が強かったので、鯉さんたち気持ち良さそう?

午後から曇りという天気予報だったが、日差しは薄雲を通しても強く、影がくっきりと出た。
スロージョギングで汗ばんだので薄手のフリースの上着を脱いだが、下着とポロシャツでは
少し寒さを感じたから、恐らく、気温は、最高でも15℃に達していなかった?
上着を着ているときには、風の冷たさを感じなかったが、やはり、まだ風が冷たい?
今日の様に早春から陽春へと移ろう微妙な瞬間を体感できたことは、深いよろこびである。

芭蕉の春の句に、次のような句がある。
◎ はれ物に さわる柳の しなへ哉  元禄七年春

はれ物という現実的なものを用いた意図は、春の柳のしなやかさを強調するためだと思う。
その意図は十分に達しているが、そのはれ物とは、どんなはれ物なのか?推理してみた。
そして、その春の柳が、早春から陽春へと移ろう頃の柳と解すれば、
はれ物は、ついこの間まで悩まされていた“しもやけ”では?と具体的に推理したのである。
早春だと、風の冷たさで柳のしなやかさを思えない?陽春だと、はれ物に現実味が乏しい?
実は私は、この冬 “しもやけ”が悪化して随分、悩まされたのだ。まだアザが残っている。
そういう実体験から、この句は、今頃の気候でないといけないのでは?と思う。
今頃は、早春の歓びと陽春の歓びに挟まれて地味な時期だが、それもまた素晴らしい!
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「てっぱん」146回・まるちゃん誕生 [物語]

今日の「てっぱん」は、尾道での、のぞみ(京野ことみ)の「まるちゃん出産」の巻。
突然の陣痛は、皆の優しさに一旦は心が傾いたのに、錠(遠藤憲一)があくまで反対だと
言い張ったからか?陣痛が一旦収まったのぞみは、迷惑をかけるから大阪に帰るという。
心配する人々に、お腹の子も自分同様辛抱強いから大丈夫だと言い張った。それを受けて
錠が、「赤ン坊に無理させてどうするんじゃ!」と、尾道での出産を強制した。この時点で
既に、錠の深層心理において、欽也とのぞみの結婚は、許されたも同然だったのでは?

ドラマの出産シーンはいつも感動的だが、「まるちゃん誕生」に、私はいたく感動した。
その理由は、周りの人々にとって、「まるちゃん誕生」は、複雑な問題であり、その影響は
様々であること、それと、いわば余り深い関係もなさそうな人々との心のつながりである。
そういう利害、得失の有無などを乗り越えて、「まるちゃん誕生」を前向きに受け止め、
必ずしもバラ色ではない将来に、それぞれの立場で、立向う気迫を感じたからである。

のぞみの「てっぱん」デビュは、第17週目。物語の時間でいえば、半年前にあかりの店に
ふらりとあらわれた。それまでは「てっぱん」物語の人々と、何の縁もゆかりもなかった。
初音(富司純子)の「他人のややこしい事に係わらぬという処世術」だけならば、
田中荘や尾道と、のぞみとの「絆」は、生れなかっただろう。あかりの存在が必要だった?
即ち錠と真知子(安田成美)夫婦が、あかりを育てるという機縁がなければならなかった。
初音もお節介をしない様なことを言っているが、全く冷たい人間ならば「お好み焼き屋」や
「賄い付下宿」の経営などできるはずもない。下宿人・笹井(神戸浩)が、下宿代の延納を
申出ても、文句を言わない事からも分るのでは?村上夫婦と初音を中心とする尾道と大阪の
暖かい人情グループが、この物語の土台を作っている。しかし忘れてならないのは、
村上夫婦や初音は、“ダグダー(dogooder)”ではない事だ。即ち、慈善を見せびらかす
人種ではない。それ程お金持ちでもないし、そんな卑しい根性でもない。我々庶民は本来、
自分が生きる事で精一杯なのだ。その中で将来に不安を感じながらギリギリまで、荷物を
背負い込み、助け合って生きている姿が美しいのである。そこに感動がある。

のぞみに父親ではないかと間違われた神田(赤井英和)も、しがない鰹節職人でありながら
のぞみを実の娘のように思い込んで、尾道まで出かけていき、感動の出産に立ち会えた。
何も実利的な事はしてやれなくとも、のぞみへの「真心」に対する神からの恵み?
大阪では初音をはじめ伝さん(竜雷太)・民男(前田航基)・中岡徹(松尾諭)・笹井らが
安産祈願やら心配やらしていた。遠くからの「心」だけの贈物?素晴らしい!如何なものか
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「てっぱん」の面白さ [物語]

「暑さ寒さも彼岸まで」というが彼岸を過ぎてもなお冷え込む?例年通りなのだろうか?と
気象台の倉敷の気温データを今年と去年で比較してみた。その結果、あまり変わりなかった。
彼岸の中日を過ぎても最高気温が10℃を下回り最低気温も零下になる日もある。最高気温が
15℃を超える日があったりするから10℃を下回ると余計に寒く感じるのだろう。東北地方も
3/6は、最高気温で10℃を超える処も多かった。被災地は観測データが11日からない。だから
現在の状況は分らないが、彼岸過ぎでもまだ最高気温が5℃を下回っている?気温だけでなく
被災と重なり一層、寒さが身にしむことだろう。被災地の方々のご健康を祈るばかりである。

さて「てっぱん」物語を見ていて、従来の流れと異なるのではないか?と思った。
従来のNHKTV小説は、「ゲゲゲの女房」の女性の半生物語、あるいは若い女性の成長物語、
また、家族物語(いわゆるホームドラマ)である。例えば「だんだん」にも、双子の主人公
めぐみ:三倉茉奈・のぞみ:佳奈の恋愛物語もあったが、「てっぱん」とは次元が違う?

その違いは、主人公・あかり(瀧本美織)の物語られる時間の長さである。「てっぱん」は
回想ではあかりの誕生前から扱われているが、実際の物語はあかりの18歳~20歳の誕生日迄
の2年間である。「だんだん」は、実際の物語は主人公のめぐみ・のぞみの18歳の誕生日・
2000.8.16から2011まで約10年間である。勿論回想では主人公の誕生前から扱われている。
「ゲゲゲの女房」は、昭和10年頃から昭和60年頃まで、約50年間を描いたものだった。

従来のNHKTV小説に「てっぱん」同様の時間密度の濃いドラマがあったかどうか知らない。
しかし「てっぱん」の試みは、非常に今後の楽しみを残したのではないだろうか?
同時代進行ドラマの試みは、「渡る世間は・・・・」などでも実際に行われている。
だがこういう形は、マンネリに陥ってしまう。NHKTV小説の様に半年で完結するのが良い?

NHKTV小説の様な形での同時代ドラマは、その時期、その時期の社会性のあるテーマを
掘り下げられる所に面白さがあると思う。「てっぱん」でいうと、
1.田中荘の住人のようなどちらかというと「負け組み」を取上げ、そういう人々の日常や
  新しい人生を切り開いていく様子、初音(富司純子)の生き方。
2.田中千春(木南晴夏)や、のぞみ(京野ことみ)といった「未婚の母」の生き様
3.あかり・のぞみのプロポーズ後の過程を、最後の盛り上げとして詳細に描いたこと
などが、今日的子育て、子持ち独身女性、現代的恋愛といった社会性を感じさせた。
同じ俳優で「てっぱん」の続編を期待したいくらいだ。如何なものか。
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「てっぱん」25週・道の選択 [物語]

今週の御題は「告白の行方」。プロポーズでは長すぎるので「告白」と言い換えただけ?
辞書で「告白」は、胸の内を打ち明けること、秘密(罪)を明らかにすること、とある。
プロポーズの方が、提案とか、企画という前向きな意味があるから好ましい様に思うが?
ともあれ中岡(松尾諭)と欽也(遠藤要)、滝沢(長田成哉)の「結婚意思の告白」後の過程が
今週の見所だった。但し大部分は、のぞみ(京野ことみ)に関連する事柄が主であった。
しかし、あかり(瀧本美織)に関する事も、それとなく匂わせている様に思った。

最初に未婚の母になるのぞみ(そして中岡)の、義理の子に関する考え方を示そう。
中岡の告白を真剣に受け止めて考えた結果、のぞみが断る理由を言う場面。のぞみ曰く
「結婚したら、お腹の子ども以上に、あなたの息子さんを愛せなきゃダメだと思う。・・・・
私、そんなに器用じゃないから、あんな良い子に我慢させたくない。子どもに我慢させる様な
母親にはなりたくないの。だから一緒にはなれません」。中岡も、のぞみと同じ考え方の根拠は
中岡が真剣に考えてくれた事を感謝して、結婚を諦めたことである。

欽也の場合は、のぞみが断る覚悟(事前に大阪での住居を決めていた)で、尾道の村上家を
訪れる。色々な修羅場が展開されたが、そこで、のぞみが「可哀相だとか思って欲しくない」
と本音を漏らした。それを受けて欽也の母・真知子(安田成美)が「のぞみさんのいう通り。
結婚は同情では出来んから」と答えた。その後に、欽也がのぞみのライフプランを持ってきて
目の前で破り捨て「俺数字しか今まで自分の気持伝えようとせんかった。俺が俺の人生を選ぶ
のに確率とか計算なんて関係ない!あんたが好きなんじゃ!どうしようもなく好きなんじゃ!
・・・中略・・・同情なんかじゃない!俺のお嫁さんになってくれ!」と、日頃の銀行マンとしての
冷静さをかなぐり捨てて、心情を吐露した。のぞみ「こんなに優しくされたら、もう一人に
なれないじゃない!」と涙を流す。そこでまた「愛」のバックミュージックが流れる。

一般に義理の仲では遠慮もあるし、我慢もある。現実に欽也は5歳の時から、あかりの秘密を
抱えて遠慮もし、我慢もしただろう。あかりも、自分が村上家の本当の子どもではないことを
知った後、無理(我慢)ばっかりしていたと、民男(前田航基)に漏らしている。それは民男
(前田航基)だって、父親の中岡の突飛な行動に我慢しているのである。これで分るだろう。
実の親子でも我慢や遠慮がある。だが民男も言っている。その時に「逃げたらあかん」のだ。
そういう事態になった時、当事者が、義理の仲ということを理由にして逃げ出すから難しい。
いや、現代では、実の親子でも、相手に責任を押し付けて、平気で逃げる親子がいるのでは?
のぞみのいう「同情されたくない」、「我慢させたくない」というのは、言葉のあやで、結局
結婚する相手とは、互いに「逃げ出さない」で、家庭を築く相手、という事ではないか?



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流される? [歴史]

東日本大震災は地震、津波、原発事故等の被害の大きさから、未曾有の大災害となった。
この危難を乗り切るに当たって、気を付けなければならない事が、沢山あるように思う。
しかし、今の状況では、苦言を呈するような何かを言えば、皆から白い目で見られる?

かつてブログ「2009-11-23続2・たこ壷社会[社会]」で「起承転結」サイクルを指摘した。
明治維新から終戦までの約80年間と、戦後から約60年間の世の移ろいが似ているのである。
<起>の期間は、新生日本の復興ということで目覚しく頑張る。復興が一段落の<承>の期間は
徐々にリアリティを喪失していく。そしてイケイケムードの<転>の期間は挫折(金融破綻等)
で締め括られる。この<起・承・転>は、明治維新から終戦までと、戦後から現在までとが
非常に似ている、と私は考える。戦前は、挫折を起点とした<結>の期間でもリアリティを
回復することなく、破滅の道へと突き進んでしまった。現在は戦後から66年目に当たる。
既に<結>の期間に突入している。そこに起こった「東日本大震災」にどう対処する?

<結>の期間で大切な事は、社会が喪失したリアリティを回復することだと思う。
日米安保問題、北方四島・尖閣諸島・竹島などの領土問題、国債乱発の肥大予算、政府の
情報隠蔽(尖閣問題)、自衛隊の言論封殺など民主党の政治にはリアリティが欠如している。
民主党政権は、既に死に体だった。そこに「東日本大震災」が天から降ってきた。
民主党政権には、干天に慈雨? 国費の大幅引き上げ、その他、国が全面に関与するらしい。
今や、民主党政権の失政は、「東日本大震災」の大津波に呑まれてしまったのか?

思えば戦前の<転→結>への契機となったのは、1923年の関東大震災と1927年の金融恐慌。
戦後の<転→結>への契機は、2008年の金融危機そして、今回の「東日本大震災」という事?
金融問題と大震災は前後しているが、余りにも、似通っているではないか?

私は今こそ、初心に返って考える時ではないか?と思うのである。戦前の<結>の時期
国民それぞれに言い分はあったと思う。しかしあの惨めな敗戦を分っていればもっと何か
手立てはあったはずである。もっと互いに意見を戦わせて、暴走を防げたはずである。
初心とは昭和天皇の「終戦の詔勅」の基本部分。「時運ノ趨(おもむ)ク所、堪ヘ難キヲ堪ヘ
忍ビ難キヲ忍ビ、以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス」をジックリ噛締めるべきでは?
あの敗戦の苦しみに耐えるよりは、それを回避するために耐えた方がマシだっただろう?
人間は、歴史に学び、未来に活かすことが出来る。「東日本大震災」を口実にした民主党の
リアリティ喪失の暴走に歯止めを掛けなければ、戦前の二の前になる?如何なものか。
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北朝鮮:問題は総書記の権威? [閑話]

北朝鮮問題のアナリスト・重村智計が、月間雑誌「Will」の連載「朝鮮半島通信Vol.45」で
金正日総書記の長男・次男等の動向等から、北朝鮮軍の変質について警告していた。警告は
大雑把にいうと、重村氏が既に、以前から指摘していた「軍事独裁政治」と変わりはない。
しかし詳細に読むと、“韓国海軍哨戒艇の撃沈”や、“大延坪島への砲撃”に関するこれ迄の
解釈(金正恩氏の後継体制確立)とは、異なる見方ができそうである。

記事で問題とされた点は3点。
1.次男・正哲と妹が父親の誕生日をすっぽかしてシンガポールで追っかけをしていた?
 (儒教道徳の厳しい北朝鮮の常識からは考えられない。金正日の権威の失墜?)
2.東京新聞による単独インタビュ(1.28)で長男・正男は、“韓国海軍哨戒艇の撃沈”や
 “大延坪島への砲撃”を、「一部の軍人達によって行われた」と言ったという。
 この記事に関しては、【金正男氏 単独インタビュー詳報】という題名で、東京新聞の
 http://www.tokyo-np.co.jp/feature/Jong-nam/
 というTOKYO Webに掲載されている。(初報は1月28日朝刊に掲載)となっている。
 朝刊版とWeb版で内容が異なるのかも知れないが、重村氏の指摘した内容はなかった。
3.昨年の9月28日に改正された北朝鮮・労働党の党規約が韓国で明らかにされた。
 その内容で最も大きな変化は、朝鮮人民軍が、「党の軍隊」から「首領(故金日成)」に
 変わったことだという。中国や旧ソ連でも、社会主義国の軍隊は、「党の軍隊」だった?
 そして、「先軍政治」を基本政治方式として確認する内容が新たに盛り込まれた?

指摘した3つの問題点から、重村氏は、金正日総書記の権限が大きく失われたという。

「先軍政治」という思想は、本来、金正日総書記の権限を強化するために本人が言い出した事
ではなかったか?それを、党内規に明文化した事が何故、権限失墜になるのか?
全体として多少、こじ付けの処がある様に思う。記事に、いろいろと論理的矛盾がある様だが
“韓国海軍哨戒艇の撃沈”や“大延坪島への砲撃”に関する新しい解釈への努力は評価したい。
元々、金正恩氏の後継体制確立のためという解釈自体が曖昧で、一部朝鮮人民軍の暴走を
オブラートに包んだだけという見方も出来る。それで思い出すのは、日本帝国軍の暴走だ。
その軌跡をたどると、天皇の権威が無視されだしたことが、もっとも大きかったのでは?
天皇の権威の失墜は、帝国軍隊の度重なる命令違反が常習化したことであった。今回の問題
すなわち、“韓国海軍哨戒艇の撃沈”や“大延坪島への砲撃”の様な事件が常習化すれば、
総書記の権限や権力の問題ではなく、「権威」が失墜するのではなかろうか?如何なものか
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野球は見世物? [閑話]

東日本大震災によるプロ野球の開幕延期問題が大きな話題になっている。
どうも節電啓発に格好の標的として槍玉に上がっているというのが妥当な見方では?
デイリースポーツでは日本プロ野球選手会の新井貴浩会長(阪神・34)と、蓮舫節電啓発等
担当相(43)との共闘という報道だったが、今日の日本野球機構の加藤コミッショナーとの
会談は、蓮舫担当相との二者会談だったようだ。

今日の日刊スポーツ・フラッシュアップというコラムで大谷昭宏が、やはりセ・リーグの
開幕延期について、厳しく指弾していた。たった4日間延期という茶番劇の裏には、予想通り
ナベツネ(渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長・84歳)がいたという。この方は新井会長ら
の言葉を、「俗説」と、切って捨てた? ナベツネへの手厳しい批判が面白かった。
大谷昭宏の手厳しいナベツネ批判が面白かった理由は、彼が元読売新聞記者だったからだ。
雲の上のお人とはいえ、元上司に物申すのには勇気がいる?

加藤コミッショナーは駐米大使までしたお偉い方らしいが、「野球が出来るぐらい落着いて
いるというメッセージを世界に向けて発したい!」と言ったそうな。ネットで詳細な情報が
飛び交っている現代に、随分と浮世離れしたことを仰る方のようだ。

大相撲については、“所詮、見世物”と、言い切った人がいた。
「見世物」とは、昔の感覚では、女・子どもの喜ぶものであって、世の中を動かす大勢には
影響の少ないものというニュアンスがあった?
しかし、現代では、女・子どもが大きな力を持ち、それにつられて、大の大人までが
「見世物」に影響されるようになり、「見世物」も侮れなくなったのだろうか?
それとも、野球は「見世物」ではないのだろうか?

東京ドームは加圧式だから、送風機の稼動も必要になるし、天然光も利用できない。
東京ドームの一試合の使用電力量は、一般家庭3千所帯の一日分に匹敵すると言う。
大きいといえば、大きい。家庭の停電よりは、野球の延期だろう。
蓮舫担当相や、高木文部科学相も声をそろえて、延期を要請している。プロ野球側の
決断が鈍いのは、日本のお家芸ではあるが、金の問題が絡むとなかなか難しいのだろう。
未曾有の大災害に遭遇したのだから、皆が少しずつ犠牲を払えばいい?と思うのだが。
それにしても、日本のガバナビリティは、大丈夫なのだろうか?如何なものか。
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「てっぱん」登場人物恋愛相関からの結婚展望 [物語]

最初に、「てっぱん」登場人物を年代別に分けてみた。
田中初音(富司純子)と隣人の伝さん(竜雷太)が、爺婆の年長組みで、団塊の世代?
二人共、やもめだが、それは物語展開の都合で伝さんをピエロ役にして配偶者をはしょった?
次の世代が、錠(遠藤憲一)、真知子(安田成美)、篠宮久太(柳沢慎吾)、横山隆円
(尾美としのり)等の父親・母親世代である。

父親・母親世代には、のぞみ(京野ことみ)の父親と間違われた神田英治(赤井英和)も
入るだろう。或いは小夜子(川中美幸)もこの世代に近い存在である。
中途半端な世代として、根本コーチ(松田悟志)、岩崎潤(柏原収史)、浜野(趙 珉和)、
冬美(ともさかりえ)、下宿人の中岡徹(松尾諭)、笹井拓朗(神戸浩)などがいる。
主役の世代には、のぞみ(京野ことみ)、あかり(瀧本美織)、加奈(朝倉あき)の女性陣と
欽也(遠藤要)、滝沢(長田成哉)、鉄平(森田直幸)の男性陣が配されている。

こうして世代別に仕分けてみると、面白い事が見えてくる。
主役世代が皆、独身(のぞみは未婚の母)というのは当然として、親世代と中二階世代の
未婚率(中岡の様な×1も含む)の高さである。村上、篠宮、根本、小夜子の各夫婦を除けば
後は全員未婚であり、未婚者が12人中7人≒5割8分の高率となる。
これは、現代の結婚難を意図して組み立てたのだろうか?なかなか面白い数値である。
これに、爺婆世代、主役世代を入れると、未婚者が20人中15人≒7割5分という高高率になる。
「てっぱん」物語は、如何に結婚にたどり着くか?を手ほどきする物語なのか?

次に、これらの登場人物全体の恋愛相関図を描くと(< → >は結婚成立)
滝沢→あかり←浜野、欽也→のぞみ←中岡、伝さん→初音、<錠→真知子>←隆円
<レストラン社長→小夜子>←神田、加奈→鉄平、冬美→岩崎

こうして大所高所から眺めてみると、恋敵の存在が、結婚への情熱をたぎらせ、結婚に至る
という作者の考え方、図式が見えてくる?その図式からすれば、伝さん→初音、加奈→鉄平、
冬美→岩崎、の結婚はありえない?と見通せるのではないか。
そして、滝沢→あかり、欽也→のぞみ、の結婚展望が開けてくるように思うのであるが?
如何なものか。
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