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絶望を愉しむ [希望]

今日は、月刊誌「Will」3月号の西部邁の記事“「平成の開国」は日本民族の集団自殺だ!”の
読後感を書いておきたいと思う。2010-06-09のブログ「民主党は文明の敵?」でも西部邁の
記事を取上げた事があるが、今回の記事の方が格段に平易な文章で書かれている。参考迄に!
記事の最後、「絶望ほど面白いものはない。・・・中略・・・新年をはつらつと迎える事ができた。
民主党さん有難う。」と、締め括られていた。民主党政治も、高齢者の慰みモノに脱したか?

私が、この記事で同意見、違う意見、勉強になった点を、幾つか拾ってみた。
1.法人税減税でも、何の刺激にもならない。
 (2/8新党日本・田中康夫氏は、日本企業の70%以上が無税であることを確認していた。)
2.法人税減税は、外国企業誘致など雇用対策にもならない理由を明らかにしていた。
 この程度のことを、経済界すら理解していない。経団連が大騒ぎしてエコノミストも追従。
3.民主党は、毎日、右、左、右という場当たり的対応で、国民全体が脳震盪に見舞われている。
4.TPPについても、新自由主義と旧自由主義との区別が付いていない。
(記事では新、旧に区別して自由主義を説き、旧自由主義を、国家を中心とする家族、地域社会
 産業体制、政治構造に至る社会秩序の中で、最大の自由をめざすこと、としている。しかし
 私は西部氏の解釈は浅薄と思う。自由主義に新も旧もない。あるのは西部氏の言う旧自由主義
 のみ。他の自由主義はすべて物事を知らぬ人間が思いつく似非自由主義である。)
5.坂本龍馬が言ったという「日本を洗濯する」のセリフを福山雅治が毎週しゃべるのを、醜い脚本
 とケナしていた。日本人の歴史認識の問題を指摘しているのである。欧米の保守思想家は、
 革命とか、維新というような考え方を、150年間一貫して批判してきた。人間は不完全な動物
 であり、常に過ちを犯す可能性を持っているが故に、「理に適っている」と信じて、大規模かつ
 急速な変化をした場合、大間違いをして転倒する。だから経験に乗っ取り、大きな間違いをせぬ
 ようにしなければならないという。日本でも、生きる知恵として昔からよく知っていた事である。
 欧米の保守思想家に教わるまでもない。

科学万能の世の中になっても、人間の生き方を変えてはいけないのでは?何故って、科学は
「理」に過ぎないのである。それに反して、人間は、「理」だけで割り切れず、表現しきれない。
要は、人生、自分の歴史を振り返り、経験の中から社会秩序の真贋を見究め、着実に一歩一歩を
踏みしめて行きたいものである。そして秩序を忘れ、経験を蔑ろにし、気ままに生きる群集たち
による絶望的社会でも、その「絶望を愉しむ」心の余裕を持とうではないか?如何なものか。
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