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TV小説「てっぱん」3週 [物語]

今週の「てっぱん」は、展開に無理があり、何となく分かり辛い。
そこで今回は、最近、ずっと話題にしている“真摯さ(貪らぬ正直・誠実さ)” から見たら
「てっぱん」は、どんなドラマなのか?を考えて見たいと思う。

あかり(瀧本美織)の父・錠(遠藤憲一)、母・真知子(安田成美)は決して貧乏ではないが
路頭に迷うあかりの母・田中千春(木南晴夏)を助け、死後は遺児を我が子として育てた。
錠は、汗にまみれ、油にまみれ、鉄屑に汚れて、毎日、懸命に働いている。
祖母の田中初音(富司純子)は、下宿人から煙たがられ、開かずの間に入ったあかりを
張り飛ばし、事故に会ったと聴いて駆けつけたあかりに「おばあちゃんと呼ぶな」と怒る。
まさにベッチャーだが、安い下宿代で皆を助けている側面もある。あかりの就職先の
かつお節会社の社長・浜野一(趙 珉和)も貪欲さには縁がなさそうだ。かつお削りの職人・
神田英治(赤井英和)も大工・長谷川伝(竜雷太)も貪ることには縁がなさそうである。
こうして、“真摯さ”という側面で「てっぱん」を見るとき、今時、珍しく、貪欲を嫌う
人間達がドラマにいっぱい出てくる話であることに気付く。表面は厳しく、冷淡で不愉快な
人間に見えるベッチャー祖母が、これからどのような人間性を発揮するのか?見ものだ。

P.F.ドラッカー(1995年死去)は、1995年のインタビュ著書「ドラッカーの遺言」の中で
J.P.モルガンの言葉「トップの人間が一般社員の20倍以上の給料を得るようであれば、
それは誤った経営だ」を引用している。そして“スーパー経営者達の得る高額な報酬ほど
恥ずべきものはない。“と書いている。

日本でも近年、大企業の経営者で1億円以上のボーナスを得る人を公表するという制度が
議論になった。その結末は知らないが、そういう制度も悪くはない?実力で得た所得は
高額で何が悪いか?とふんぞり返る芸能人やスポーツ選手、経営者などは偉いのだろうか?
まあ、そのような人種が、貪欲でも、高額の寄付をする善行の人でも気にしないというのが
日本における立派な庶民の証かもしれない。日本は、個人情報保護など、「開かれた社会」
にいまだなっていない。それは長い時間をかけて、徐々に進めるしかないのかも知れない。
そういう観点から、小沢一郎の国会証人喚問や政治倫理審査会の開催に慎重であるならば
理解できるが、政治倫理が、法律だけを正義・不正義の基準とする狭い了見なら問題である。
スーパー経営者の高額所得と同様、政治倫理も多角的評価が必要では?如何なものか。
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