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Dr.コトー診療所(録画) [物語]

録画していた「Dr.コトー診療所」第6話 “愛するわが子へ”、第7話 “巣立ち”を見た。
先週見て面白かったから録画しておいた。島の生活は不便だろうが人間味に溢れている。
少なくとも「ドラマ」では。我々は、そういうドラマを、懐かしくも愛おしい物語として、
二度と帰る事の出来ない過去への哀愁を感じながら観て涙し、癒されて満足する。
しかし、果たしてそれだけでいいのだろうか?心に響いた何がしかのことをバネとして、
現代社会に働きかけること、自らの生き様を問い直すなどの必要はないのだろうか?

第6話と第7話は、親子(母と子、父と子)の絆、そして別れ、を描いている。
飲み屋をやっている茉莉子(大塚寧々)と別れた息子の竜一(神木隆之介)の母と息子、
漁労長・安藤重雄(泉谷しげる)と一人娘のリカ(伊藤歩)の父と娘、漁師の原 剛利(時任三郎)
と息子の剛洋(富岡涼)の父と息子などの物語だ。
茉莉子は、安藤重雄や原 剛利など島の男のマドンナ的存在だが、突然、訳ありの息子・竜一
(神木隆之介)が島を訪ねてきた。動揺した茉莉子は心ない仕打ちを息子に知られてしまう。
この母子の物語に、重雄とリカ、剛利と剛洋の物語が、横糸として絡んでくる。

母が冷たい人だと勘違いした竜一は姿を消す。産婆をしている内つる子(千石規子)は茉莉子に
「息子がいなくなったのはお前の責任だ。母親に愛情を注がれた子はあんな悲しそうな顔は
しない。」と手厳しく批判をする。竜一は道に迷って崖から落ちて重症を負う。
助けに行ったコトー(吉岡秀隆)も怪我をする。竜一の緊急手術の最中、自分を責める茉莉子に
星野正一(小林薫)は、「母親の言葉1つ、笑顔だけで子どもは救われる事がある。」と自分に
こだわりすぎないように優しく言っていた。コミュニケーションは難しい。簡単な動作や言葉だけで
ピタリと通じることもあるし、百万言ついやしても通じないこともある。ただ1つだけ言える事は、
自分の殻に閉じこもっていては、どんな話も通じない。昔は、大家族だったし、近所には、
内つる子のようなうるさい人がいて、本当に大切な事を、大切な時に教えてくれたものである。
核家族さえ崩壊する現代日本は、殻に閉篭る人々がますます増えたが、これで良いのか?

重雄と一人娘・リカの話は、生命の尊さの物語だ。身重のリカが歓迎されない身を憂いている時、
コトーがリカのお腹の子を“つる子がとりあげる3021人目の記念の赤ン坊”と表現した。リカは
中途半端な数字で不服げだった。コトーは「赤ン坊は一人一人が大切だ」と言い聞かせていた。
竜一が元気になって東京に帰る時の、剛洋の言葉が身に沁みた。「竜くんはいいな!お母さんが
生きているんだから!離れていてもお母さんが生きているんだから!」 如何なものか。
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'10残暑雑感_(9) [閑話]

今年の残暑雑感は、今日で9回目を迎えた。熱帯夜は連続している。
岡山市の熱帯夜の連続記録は今日、8/29まで、31日間に更新。
倉敷も8/14~29まで16日間連続の熱帯夜。(岡山気象台の8/29・21時までのデータに基づく)

その他の暑い日を表わす気象用語の岡山・倉敷の2010年7_8月の日数を集計した。
猛暑日:日の最高気温が35℃以上
 岡山 7月 5日  8月 15日 
 倉敷 7月 1日  8月 7日
真夏日:日の最高気温が30℃以上
 岡山 7月 19日  8月 14日 
 倉敷 7月 22日  8月 22日
夏日:日の最高気温が25℃以上
 岡山 7月 7日  8月 0日 
 倉敷 7月 7日  8月 0日
その他:日の最高気温が25℃以下
 岡山 7月 0日  8月 0日 
 倉敷 7月 1日  8月 0日

こうしてみると大阪や東京に比べたら、岡山・倉敷は暑さも少しは優しいことが分かる。

この暑い中、女子プロゴルフで、快挙をやってのけた40おばさんがいた。
鬼澤信子が、ニトリレディスゴルフトーナメント;桂ゴルフ倶楽部(6,523ヤード・パー72)
の初代チャンピオンに輝いた。プロ転向は1990年。ここまで21年かかったという。
鬼澤は女子ツアー史上最も遅い463戦目での優勝。
また40歳と346日目での初優勝はツアー史上3番目の年長記録。
誕生日は、1969/09/17というから、我が家の長女の1歳下、次女と丁度1歳上だ。

優勝インタビューで「“アルゴ”(または“アラゴ”)頑張れ!」と謎めいたことを口走っていた。
私の想像では、これは、アラウンド50、即ち自分より一回り上の未勝利プロへの激励だった?
その優しさがあれば、鬼澤はこれからも良い活躍をするだろう。如何なものか。
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「ゲゲゲの女房」22週 [物語]

今週のゲゲゲも“妖怪いそがし”に取り付かれた延長線上の話である。ゲゲゲの第20週で
娘問題では一応解決したかに見えた“妖怪いそがし”は、いよいよ本丸・布美枝(松下奈緒)
まで巻き込んでしまう。その話に、茂(向井理)のダウン、布美枝の弟・貴司(星野源)の
不慮の事故、そして「こみち書房」の美智子(松坂慶子)の来訪の話が横糸として絡む。

布美枝は、具体的な情報を把握できない状況の中で、茂の健康や仕事の問題を心配していた。
しかし茂は、仕事と家庭を分けて、家族には心配をかけまいと、頑張っていた。
そんな夫婦の亀裂から止むに止まれず“おかあちゃんの家出”は、起こってしまう。
この家出のシーンで布美枝はかつて「こみち書房」の美智子(松坂慶子)が家出した時と
同じ場所に自分も来ている事に気付く。これは、美智子・政志(光石研)夫婦がその後に
運が開けたのと同様の明るい未来を暗示しているのである。布美枝は、ふっと我に返り
可愛い藍子(菊池和澄)と喜子(松本春姫)という娘たちのもとに戻った。

その後、茂がダウン。ダウン後に、「オレは貧乏よけ大作戦を展開していたが、張り切り
すぎて部下を置き去りにしていた。」と布美枝に述懐した。布美枝は置き去りにされかけて
いたのである。“おかあちゃんの家出”は当然だったのだ。
こういう大切なところでは本音をぶつけなくては!妥協しては本当の夫婦にはなれない?
大切な場面では全力で生きなければならない、という点では、アシスタントの菅井(柄本佑)
も、茂がダウンした時に、全軍(アシスタント達)を鼓舞して締切の危機を切り抜けた。
いざという時に力を出すことは大切なことである。

娘達と約束していた“鬼太郎の棲家”を自作して送ってきた貴司がある日突然、亡くなる。
絆の強い分かりあえる人との突然の別れほど人生にとっての苦痛はない。そんな時にふと、
様々な人生における不平不満が相対化され、浄化されていくのである。
夫・茂のダウン、弟・貴司の死という試練を経て、「こみち書房」の美智子との再会の夜
美しい星空の下で、布美枝と美智子の二人はしみじみと語り合うのだった。
「亡くなっても居なくなるのではない。」、「見えないものに守られて活かされている。」
愛する人との突然の別れなど、人生は合理的には割り切れない。そういう問題を浄化する
ために、心が癒されるために、「見えないもの」を信じるのは良い事である。
戦争や争いのために夢々「見えないもの」を信じないで貰いたいものである。如何なものか。
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まだまだ続く'10残暑雑感 [社会]

一昨日、そろそろ熱帯夜も途切れる頃と予想して'10残暑雑感の終幕を宣言したが、まだまだ
相も変わらぬ暑さ!長期予報によると、9月、10月まで暑さが残り、残残暑、残残残暑となる
らしい。秋は何処へ行くのか?岡山市の熱帯夜の連続記録は今日、8/27まで、29日間に更新。
倉敷も8/14~27まで14日間連続の熱帯夜。(岡山気象台の8/27・13時までのデータに基づく)

残暑らしい暑苦しい話題として、小沢一郎の代表選出馬を取り上げてみたい。なぜなら
私は、様々な観点から考えて、小沢一郎の代表選出馬はあり得ない!と予測していたからだ。
その予想は私だけではない。月刊「文芸春秋」8月号の“小沢一郎の逆襲はあるか”の記事で
野中務・立花隆の両氏も、9月代表選挙出馬を否定している。その理由は明らかである。
小沢派だけでは、勝つ見込みがない。この見通しからは小沢の代表選出馬はあり得ない。

然るに今回、鳩山派が、小沢を支援することになった。その経緯は明らかではないが、
マスコミによる鳩山個人の発言では、「民・由合併時の経緯から応援するのが大義」と
報じられている。何とも大時代な話で、そのまま素直に受け取る事はできない。

2週間前の週刊誌「菅と小沢 最終戦争を読む」は、前出の月刊「文芸春秋」の記事と同じ
野中務・立花隆の対談だが、その結論は少し違っている。そこでは“菅と小沢の最終戦争”
を仕掛けて、政界再編を目論むとも受け取れるようなことが書かれていた。

二つの記事の間に、日本の政界で、どの様な動きがあったのか?
そして、そのシナリオの狂言回しとして、鳩山前首相を採用した?或いは名乗り出た?
今回の小沢一郎の代表選出馬について、石原都知事は「金権派と無能派の戦い」と評した。
結構、的を射ているのではなかろうか?今の民主党に多くを期待はできない。
結局は、政界再編にもって行くしかないが、この際、民主党の“タカ派”と“ハト派”を
ハッキリさせようというのが、“菅と小沢の最終戦争の仕掛け”ではなかろうか?

小沢一郎は代表選に勝っても、負けても茨の道である。しかし鳩山に応援すると言われても
立たなかったとなれば、ほとんど政治生命を絶たれたに等しいだろう。だから何としても
立たざるを得なかった。それで、一体鳩山は、「“タカ派”なのか?“ハト派”なのか?」
本人は“ハト派”と思っている?最終的にはどちら?いや“コウモリ派”?如何なものか。
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'10残暑雑感・続きの続き [閑話]

あっという間にまた仕事が来てしまい、猛暑の中、ゆっくり休む暇もない。
相も変わらぬ暑さ!岡山市の熱帯夜の連続記録は8/25まで、27日間に更新。
岡山市の今迄の熱帯夜の連続記記録は1983.7.30~8.19迄の21日間。6日間も伸びた。
倉敷も8/14~25まで12日間連続の熱帯夜。(岡山気象台の8/25・13時までのデータに基づく)

倉敷の熱帯夜連続記録は?岡山が1983.7月~8月なのでその頃か?と思っていた。
今回、記録のある1979年から調べたら1994.7.27~8.15までの20日間だった。
私は、1983~2002年まで、横浜に転宅していて、そんな熱帯夜のことは知らなかった。
当地には“夕凪”の時期があり、昔住んでいた頃には暑かった記憶はあるが、あんなものは
今思い出してみると大したモノではなかった。今年の暑さは半端ではない。
それにしても、私の居ない間には結構、倉敷も暑い日々があったのだ。

最近は、7,8時間寝ても、起床した当座は頭がぼんやりしている。
仕事をしている内に、段々と普段の状況に戻るのであるが、夕方近くなると眠気がでる。
勿論、眠いからと言って簡単に寝付けるような状況ではないから中途半端だ。
就寝時間は、最近午後11時前後と早くなっている。眠気があるから寝付きは良い。
就寝時は、寝室を冷房で冷やして、最近は扇風機併用で、室内の空気を循環させる。
いろいろ、就寝時の工夫をしているのだが、喉が渇き、寝不足になってしまう。

熱帯夜 愉しむ体力 いまはなく
 横になっても 眠れもせずに
 睡眠不足で 頭ボケ
何をする 気力もなくて 熱帯夜
 数えてみても 何おもしろい
 気力はでずに 汗がでる
冷房を 付けて寝てさえ 睡眠不足
 自然環境 一番いいと
 叫んでみても 甲斐もなし

8/16から10日間、7回のブログ記事を残暑雑感でやってきたが、明日当たりは涼しくなる
という予報もある。その予報を期待し、'10残暑雑感はこれで幕としたい。如何なものか。
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'10残暑雑感・続き [閑話]

相も変わらぬ暑さ!岡山市の熱帯夜の連続記録は8/24まで、26日間に更新。
倉敷も8/14~24まで11日間連続の熱帯夜。(岡山気象台の8/24・16時までのデータに基づく)
仕事が途切れたので、朝からゴルフ練習や、散歩などをしたが、とにかく暑い。
8/26日頃から少し和らぐという話であるが、どうなることやら?

ゴルフ練習場で、「暑い!暑い!と言いながら、すぐ、寒い!寒い!と言うようになる。」と
誰かが言っていた。キッとそうに違いない。日本は四季が巡ってくる。その変化が有り難い。
冬が厳しいから春の有り難味が一層増す。夏の暑さを覚えているから冬の寒さに耐えられる。
日本人にとって、四季の巡る季節は、「変っていいもの」の代表格ではなかろうか?そして
日本人は、仏教思想などと相まって、「無常」ということを根底に抱いている。
だから、「変ってはいけないもの」や、「変らないこと」は、一種の理想型と考える。
しかし一方において、「歴史は繰返される!」と、タカをくくっているところもある。

いずれにしても、立秋を過ぎて2週間、既に“処暑”の翌日というのに、熱帯夜の記録を更新するというのは、新たな歴史を切り拓いたというべきなのかも知れない。新たな歴史を切り拓いたと言えば、沖縄県勢悲願の甲子園初優勝が興南高校によってもたらされた。深紅の大優勝旗がついに大海原を越えて沖縄に渡った。鳩山前内閣によって、普天間問題で弄ばれ、菅内閣も見込みのない沖縄県民にとって、せめてもの慰めになったのではなかろうか?

沖縄県勢が初優勝という事で、全国高等学校と全国中等学校の野球選手権大会の96年、92回
の歴史上で、今なお優勝経験のない都道府県を調べてみた。92回には、第4回:大正7年
(1918)米騒動で代表決定後中止と、第27回:昭和16年(1941)第二次世界大戦で中断を
含む。その他、第二次世界大戦で、1942~1945までは実施していない。
優勝経験のない都道府県の調査結果は以下の通り。

九州地方:鹿児島 熊本 宮崎 長崎(4県/8県) 中国地方:鳥取 島根 岡山(3県/5県)
四国地方:(0県/4県) 近畿地方:滋賀(1県/7府・県) 関東地方:埼玉(1県/7都・県)
中部地方:福井 石川 富山 新潟 山梨(5県/9県)
東北地方:福島 宮城 山形 岩手 青森(5県/6県) 北海道:(0/1道)
結局、全国優勝していない県は、1都1道2府43県中、19県、40%も優勝していなかった。
興南高校の健闘を讃えると共に、優勝経験のない県勢の奮起を期待する。如何なものか。
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'10残暑雑感 [閑話]

先週末は自分や知人の演奏会で忙しく、溜まっていた夏の疲れが出てきたか?身体がだるい。
昨日、岡山に出かけたが、相変わらずの暑さで、熱帯夜の連続記録は、24に更新された。
倉敷も、8/14~22まで、9日間連続の熱帯夜。恐らくこれも連続記録ではなかろうか?
夏が好きで、暑さには強いことを誇っていた私であるが、今年の暑さには少し参ったか?

地球温暖化というのは、局所的気温・気圧上昇を排除するため気流や海流の変化をきたし、
その結果が、台風や豪雨、津波などの発生につながり、人間生活に甚大な被害をもたらす。
そしてそれでも、局所的気温上昇領域が、次第に広がるのが地球温暖化なのだろう。
このような自然現象の変化と、日本の生活・習慣の変化とは、よく対比しているように思う。
地球温暖化と共に、日本人は生活の豊かさを享受した。その結果、多くの人々に、「感謝」、
「正直・親切」、「質素・剛健」という観念がなくなった。

昨日、録画で「Dr.コトー診療所」の第4話 “病気を診るな、人を診ろ”、第5話 “手術で治せない
病”を観た。第4話では、代議士(竜雷太)の秘書・純一(井澤健)の母・広子(白川和子)が怪我を
して、その治療が遅れたために重態になる話。留学帰りの医者・芦田ゆき(木村佳乃)は、片足
切断を主張するが、コトー(吉岡秀隆)は、広子の生活状況を考慮して別の治療法で治す。治療の
リスクをかけても患者の立場を考える治療など現代の医者にはなかなかできない芸当である。
今の日本にそれが許されるのかどうか?島では許されるとすれば、厳しい島の生活のためだ。

この話1つとっても、考えさせられる事は多い。現代日本の多くは、この島と異なり、高福祉社会で
ある。従って最新医療技術で、片足切断され、身障者等級?級で、さらに医療漬け、介護漬けに
なり、税金で賄い続けなければならない。高福祉社会という名の基に行われている事は、結局、
何の理念も無く、医療関係に税金を投入することである。
Dr.コトーが、第5話の最後に言っていた。「ものには変わっていいものと悪いものがある。」と。
先週の「ゲゲゲの女房」第126回で、嵐星社の深沢(村上弘明)が久しぶりにゲゲゲ宅を訪問した。
布美枝(松下奈緒)に、「水木さんは幸運を引き当てた。奥さんは昔とちっとも変らない。何だか
ホッとします。」と言った。当然、褒め言葉である。それも、心の底からの響きがあった。
何でもかんでも問題を、政治やモノで解決しようとすれば、自然は破壊され、予算は膨れ上がり、
国家財政は破綻する。やたら長寿になればいいというものではなかろう。人それぞれに、
世のため人のために、少しずつ骨身を削ることも必要なのではなかろうか?如何なものか。
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まだ続く残暑雑感'10 [閑話]

今年は異常気象で、岡山では本日・1983年の熱帯夜連続記録を更新し22日連続になった。
熱帯夜と、そうでない夜との比較検討を続行する。まず気象庁の古いデータを調べた。
最古データ(8月の日毎)は、東京や岡山・1961年(49年前)、倉敷・1979年。

まずは、当時の8月の熱帯夜は、何日位あったか?調べてみた。
東京は、1961:10日、1962:10日。岡山は、1961:6日、1962:7日。
倉敷は、1979:8日、1980年は、熱帯夜はなかった。海老名は、1978:3日、1979:3日。
海老名は、東京に近い緯度という点で取り上げた。海老名の最古データは1978年。
東京における近年8月の熱帯夜を調べてみた。今年は、8/19迄で19日間。2005:16日。
2006:14日。2007:22日。2008:13日。2009:11日。岡山の近年8月の熱帯夜は、
今年は8/20迄で20日。2005:20日。2006:27日。2007:23日。2008:18日。2009:14日。
倉敷の近年8月の熱帯夜は、今年は8/19迄で19日。2009年8月:9日。
海老名:2010年の7・8月の熱帯夜は、2ヶ月間で19日。8月のみは8/20迄で13日。
データをみると明らかに、古いデータとの違いが明らかである。統計的に増加を裏づけ?

以上の様なデータの分析結果から、東京型と地方型の二つの類型仮説を提示したい。
その1つは、都会型=東京型であり、昨日述べた熱しやすく冷めにくい性質を持つ。
もう1つは、そうでない型(田舎型)で、熱されても冷めやすい性質をもつ。
日本の地方は、この二つの混合型だと考えた。田舎型の例として、海老名について
2010.7月と8月の19日間の熱帯夜、および、熱帯夜ではなかった(否熱帯夜)
2010.07.01~07.20日迄の20日間の、気象庁のデータを使って調べた。

海老名と前日の岡山、東京のデータを付き合わせてみる。熱帯夜について
東京 1日間最高と最低温度の平均値、33.15℃と27.1℃。その差は、6.08℃。
岡山 1日間最高と最低温度の平均値、34.57℃と26.9℃。その差は、7.67℃。
海老名1日間最高と最低温度の平均値、33.67℃と25.95℃。その差は、8.15℃
次に熱帯夜ではなかった
東京 1日間最高と最低温度の平均値、29.9℃と23.8℃。その差は、6.1℃
岡山 1日間最高と最低温度の平均値、29.7℃と23.4℃。その差は、6.2℃
海老名1日間最高と最低温度の平均値、30.61℃と22.68℃。その差は、7.93℃
海老名(田舎型)は、熱帯夜でない日も、冷却能力が落ちない?如何なものか。
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続々・残暑雑感 [閑話]

昨夜も熱帯夜だった。寝苦しい夜に、都会型気候の特徴は何だろうか?考えた。
私の推定では、森や林、田んぼや草原が少なくなるという事は、表面的に熱容量が小さくなる
から熱しやすく、冷めやすくなる?と仮説を立てて、気象データから証明しようと試みた。
1日の最低温度時間帯と最高温度時間帯に違いが出ると考えた。そこで気象庁の時間ごとの
データから、熱帯夜の2010.08.01~08.18までの18日間の東京と岡山のデータを採集した。

結果は、以下の通りである。
岡山の1日の最低温度時間帯は、平均 05:27 最高温度時間帯は、平均 14:43
東京の1日の最低温度時間帯は、平均 04:49 最高温度時間帯は、平均 13:04
1日の最低温度時間帯から最高温度時間帯になる迄の時間差が
岡山では、9時間17分に対して、東京では、8時間14分。1日の最低温度から最高温度に
なるまでに、東京は岡山よりも1時間以上早く到達する事が分かった。

次に、一日の最高温度と最低温度の東京と岡山の差を見た。
これも、熱帯夜の2010.08.01~08.18まで18日間と、さらに熱帯夜ではなかった
2010.07.01~07.16日迄の16日間の、気象庁のデータを使って調べた。

結果は、以下の通りである。先ず熱帯夜
岡山 18日間の1日間最高と最低温度の平均値、34.57℃と26.9℃。その差は、7.67℃
東京 18日間の1日間最高と最低温度の平均値、33.15℃と27.1℃。その差は、6.08℃
次に熱帯夜ではなかった
岡山 16日間の1日間最高と最低温度の平均値、29.7℃と23.4℃。その差は、6.2℃
東京 16日間の1日間最高と最低温度の平均値、29.9℃と23.8℃。その差は、6.1℃

以上の結果から、都会は短時間で最高気温まで上がることから、熱しやいといえる。
しかし、熱帯夜では1日の最高と最低の気温差が、東京の方が岡山より小さいことから
都会の方が、冷めにくいといえるのではないか?
熱しやすく、冷めにくいのが都会という事になる。ちなみに、熱帯夜ではなかった16日間の
1日間最高と最低温度およびその差では、岡山と東京での大きな違いは無かった。
自然の浄化作用を越えて、熱が局所的に集まると、局所的に熱しやすく冷めにくくなるので
セミや鳥、老人の熱中症など、弱いものに問題が発生するのだろう。如何なものか。
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続・残暑雑感 [閑話]

今日は真昼間から散歩に出かけた。兎も角、暑い!熱い!スロージョギングをしてみたが
余りの暑さに、心臓が苦しくなって、細切れでやってみたが、12分強しかできなかった。
建物の日影に入ると少しは楽だが、真昼とて、影も大きな建物でないと役に立たない。
途中で美味しい宇治ミル金と出会い、涼をとったが今度は量が多すぎたか?身体が冷えた。

夕方、散歩疲れでウトウトしながらTVを見ていたら、熱帯夜のことが話題になっていた。
熱帯夜とは、夜間の最低気温が25℃を上回る夜をいうそうであるが、今年は例年に比べて
増加しているという。そこで、早速、気象庁のデータで調べてみたら、以下の結果を得た。
調べたのは、7月18日から8月17日までの2009年と2010年の各地の熱帯夜・日数である。

まず、倉敷の2009年=09日 2010年=22日
次に、岡山の2009年=15日 2010年=30日
更に、東京の2009年=11日 2010年=30日

それで、7月18日から8月17日までの2009年と2010年の各地の最低気温を合計してみた。
倉敷の2009年=756℃ 1日平均=24.39℃ 倉敷の2010年=792℃ 1日平均=25.54℃
岡山の2009年=769℃ 1日平均=24.81℃ 岡山の2010年=816℃ 1日平均=26.32℃
東京の2009年=748.1℃ 1日平均=24.13℃ 東京の2010年=828.9度 1日平均=26.74℃

以上の事から幾つかのことが読み取れるし、様々な疑問が湧いて課題も見えてくる。
例えば、明らかに都会では気象変化の影響が人為的な要因で増幅されるという事である。
昨年、東京の熱帯夜の日数は岡山より少ないし、最低気温平均も低いにも拘らず、今年は
岡山と東京の熱帯夜の日数は30日と同数になっているにもかかわらず、最低気温平均は
岡山より高くなっている。
普通の気象状況であれば、岡山地方の方が温暖だから、当然、気温も高くなるのだが、
都会では気温上昇が、ある限界を超えると、大気の自然冷却能力を超えてしまうのだろう。

倉敷と岡山で、7月18日から1カ月の平均1日最低気温の合計差が、2009年で13℃に対し
2010年では、24℃と85%も増加していることからも、都会の規模による影響は明白だ。
セミの行き倒れ急増は人間への危険信号である。謙虚に受け止めよう!如何なものか。
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