サッカー監督不幸社会 [社会]
2010年のFIFAワールドサッカーも日本時間・明日早朝の優勝戦で終わりを迎える。
大会前のテストマッチでは、日本の調子が悪く、岡田監督は大衆から責められ、辞表まで出した。
慰留されて大会に臨み、決勝トーナメント進出を果たし、しかもパラグァイに引分けまで行った。
私は、岡田監督の采配の賜物と思っていたが、ネット上では、“岡田監督の悪口”で充満。
選手達の頑張りを、監督の手柄にされたのでは、選手達が気の毒だというのである。
なぜ、岡田監督がそれ程非難されるのか?どうもお気に入りの主力選手を控えに入れる様な
扱いをすることを根に持って、「ブレブレの采配」、「大迷走」などと非難したようだ。
「文芸春秋」8月号、中田英寿の“攻める日本に明日を見た!”を読んで、我が意を得た!と
思った。中田は1998年のフランス大会当時、本戦に臨む直前、三浦知良を登録メンバから外して
大きな議論になったことを振り返り、“大胆な荒療治を恐れない岡田監督”の凄さを語った。
中田の記事を読んで納得したことがある。それは海外に進出した有名選手でも日本代表選手と
して戦うときのプレッシャは並大抵のものではなく、そのプレッシャから自由になる基盤作りが、
日本代表チーム監督の大切な仕事の1つなのだということである。
最近、「ゆるい」というのが流行語になりつつあるが、岡田監督を、「ブレブレの采配」、
「大迷走」などと非難する日本人サポーターのお「ゆるい」こと!それで一端のサッカー通?
と思い上がっているのが片腹痛い。日本は、サッカー監督不幸社会である。
同じく「文芸春秋」8月号に、塩爺こと塩川正十郎の“日本は「宰相不幸社会」だ”も
短命で終わる首相が何代も継続している現状を愁いていた。「短命首相」の原因は、首相や
政治、だけでなく、国民やマスコミにも原因がある、と主張されているようだ。一般論として
国民やマスコミが、サッカーの日本人サポーターの「ゆるさ」と同類の「ゆるさ」がある事を
認める。だが民主党の首相に関しては、国民の「ゆるさ」以上に、民主党の「ゆるさ」加減が
尋常ではない。この異常に「ゆるい」民主党を、「ゆるい」国民に、大目に見ろ!と言うか?
塩爺は、戦前を振り返り、不幸な第二次世界大戦の道に迷い込んだキッカケは、大正10年
(1921)の「日英同盟」破棄だという。その見識を認めるにやぶさかではないが、外交の
継続性の問題を、短命内閣を理由にするのはおかしい。現在の日米安全保障問題に汚点を
残したのは、小鳩連合の党利党略と鳩ポッポ首相の「ただのアホ」によるものであり、それを
見過ごしにした民主党の脆弱さにある。日本は無能政権を頂く不幸社会だ!如何なものか。
大会前のテストマッチでは、日本の調子が悪く、岡田監督は大衆から責められ、辞表まで出した。
慰留されて大会に臨み、決勝トーナメント進出を果たし、しかもパラグァイに引分けまで行った。
私は、岡田監督の采配の賜物と思っていたが、ネット上では、“岡田監督の悪口”で充満。
選手達の頑張りを、監督の手柄にされたのでは、選手達が気の毒だというのである。
なぜ、岡田監督がそれ程非難されるのか?どうもお気に入りの主力選手を控えに入れる様な
扱いをすることを根に持って、「ブレブレの采配」、「大迷走」などと非難したようだ。
「文芸春秋」8月号、中田英寿の“攻める日本に明日を見た!”を読んで、我が意を得た!と
思った。中田は1998年のフランス大会当時、本戦に臨む直前、三浦知良を登録メンバから外して
大きな議論になったことを振り返り、“大胆な荒療治を恐れない岡田監督”の凄さを語った。
中田の記事を読んで納得したことがある。それは海外に進出した有名選手でも日本代表選手と
して戦うときのプレッシャは並大抵のものではなく、そのプレッシャから自由になる基盤作りが、
日本代表チーム監督の大切な仕事の1つなのだということである。
最近、「ゆるい」というのが流行語になりつつあるが、岡田監督を、「ブレブレの采配」、
「大迷走」などと非難する日本人サポーターのお「ゆるい」こと!それで一端のサッカー通?
と思い上がっているのが片腹痛い。日本は、サッカー監督不幸社会である。
同じく「文芸春秋」8月号に、塩爺こと塩川正十郎の“日本は「宰相不幸社会」だ”も
短命で終わる首相が何代も継続している現状を愁いていた。「短命首相」の原因は、首相や
政治、だけでなく、国民やマスコミにも原因がある、と主張されているようだ。一般論として
国民やマスコミが、サッカーの日本人サポーターの「ゆるさ」と同類の「ゆるさ」がある事を
認める。だが民主党の首相に関しては、国民の「ゆるさ」以上に、民主党の「ゆるさ」加減が
尋常ではない。この異常に「ゆるい」民主党を、「ゆるい」国民に、大目に見ろ!と言うか?
塩爺は、戦前を振り返り、不幸な第二次世界大戦の道に迷い込んだキッカケは、大正10年
(1921)の「日英同盟」破棄だという。その見識を認めるにやぶさかではないが、外交の
継続性の問題を、短命内閣を理由にするのはおかしい。現在の日米安全保障問題に汚点を
残したのは、小鳩連合の党利党略と鳩ポッポ首相の「ただのアホ」によるものであり、それを
見過ごしにした民主党の脆弱さにある。日本は無能政権を頂く不幸社会だ!如何なものか。