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方言と思い出 [方言]

“月に群雲、花に風”というが、このところ雲と風で、なかなかスカッとした天気にならない。
関東の方ではそろそろ花も見頃の様だが、当地の桜は今少し早い様だ。昨日、久しぶりに
足高山に桜の開花状況を見に行ってきた。残念ながらまだ2分咲きにもなっていなかった。

閑話休題、と言っても閑話の続きである。
我々夫婦の間で、英語の‘big’に相当することを‘ヨーサン’という暗号で意思疎通している。
その元は、“ビッグヨーサン”というスーパーの社名からの連想で思いついたものである。
我々が横浜で生活していた頃、家の近くに出来て利用していた。その頃の我が家は子ども達が
育ち盛りで、そのお店でさまざまなエピソードを生み出した。懐かしい思いがあったからだろう。

今日の散歩中に、暗号‘ヨーサン’を使う機会があり、その時にフト遠い昔のことが思い浮かび
「‘ヨーサン’は‘仰山’と同じ様な意味で使われる方言なんだよ。」と何気なく言った。
その後で、神戸時代の幼友達が使っていた記憶が、余りに古い故か?急に頼りなく思えてきた。

TV推理ドラマ「天才刑事・野呂盆六」の主人公・野呂盆六(橋爪功)はヘンテコな方言を使うが
ドラマの中で野呂は“子供の頃から全国を転々としていたため各地の方言が混ざってしまった”と
説明している。彼のしゃべりは、まことに奇妙で、それが刑事コロンボの帰り際の質問と同様、
容疑者が不用意に隙を作ってしまう。彼のミョウチキリンな方言も有力な捜査技術になっている。

話は逸れてしまったが私も子どもの頃、神戸に育ち、学生時代から東京、そして勤務でも関東、
岡山、九州などを転々としており、私の言葉も恐らく「方言のごった煮」だと思う。‘ヨーサン’は、
確かに神戸時代の幼馴染が、例えば「‘よぅさん’食べた」という風に使っていた。
‘よぅさん’を図書館の日本方言大辞典で引いてみたら、以下の様だった。
“〔方言〕量の多いさま。たくさんなさま。 愛知県知多郡内海。三重県度会郡。大阪府泉北郡”。
神戸。淡路島。和歌山市。愛媛県今治等で使われるらしい。どちらも港町である。瀬戸内の今治
辺りから大阪湾、紀伊水道、熊野灘から伊勢湾への海路交通華やかな時代が思い描かれる。

ちなみにスーパー・“ビッグヨーサン”の社名の由来は、代表取締役・本多洋二氏がその昔、市場
で「ヨーさん」と呼ばれていて、大きな太陽のような存在になりたいとBIG YOSUNにしたとの事。
残念ながら、‘よぅさん’の方言の地方出身者というわけではなさそうだ。それにしても、‘big’と
‘よぅさん’、<英語>と<日本語の方言>が意味的に連関しているような? 如何なものか。
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日米同盟弱体化 [社会]

一昨日のブログ、「勝連沖・人工島案」を3月末政府案として調整に入ったのではないかという新聞
報道等を受けて、その案を私なりに精査し、読み解き方を考察した。そして産経新聞の「同盟弱体
化・第2部 普天間問題㊤」を読んだ。岡田外相がルース駐日米国大使と会談する前日の25日、
ルース氏は長島昭久防衛政務官に「鳩山政権を傷つけるつもりは全くない。しかし米国の立場は
ハッキリしている」と訴えたという。だが3/26夜、赤坂・韓国料理店内で鳩山首相は、「県外移設
頑張りましょう!」と叫んでいたという。民主党内で小沢幹事長が解決に乗り出す待望論も?
小沢は「総理の手柄にならない」という理由で黙っているという。

そこで、愈々鳩山内閣は、3月末政府案が実現不可能な案であると知りながら、故意に提示して
ポーズをとっている、という私のシナリオ①が、最有力視されることが濃厚になってきた。
その理由或いは狙いは何なのか?それは当然、日米同盟の弱体化という米国にとっても、大きな
問題を突きつけて日本の存在感を示し、従来の枠組みを超えた更なる理想的な日米関係を樹立
するということだろう。この様な考え方の根底には、従来の日米同盟が、日本の従属的なあり方で
あったとする考え方がある事は、鳩山首相などの一連の発言からも明白である。

私は、この様な鳩山内閣の政策、或いは戦略が“幼児に刃物”、“子どもの火遊び”に等しい危険
極まりない行動であると思う。日本の軍事同盟政策、経済政策、或いはそれらの危機管理が、
もしも劣っているとすれば、官僚や政治家の実力であり、その根本には、民衆の実力がある。
民衆が立派な政治家を選ばないと変わらない?民主党政治は従来以上に不味い事になる?

第二次世界大戦前、日本が列強と競争して負けたのは日本の実力がなかったからだ。明治維新
後、日清・日露の戦争で思い上がり、金融恐慌の苦しみから無謀な戦いを挑んだ。現在も当時と
同じ事である。敗戦後“ジャパンアズNo.1”とおだてられ、その思いが忘れられない。金融危機後の
社会不安を狙って民主党が甘い餌をばら撒いて民衆を騙しまた滅亡の淵へ誘っている。
小沢幹事長の中国訪問は「朝貢外交」(卑弥呼の時代・3世紀頃の中国に対する属国外交)?
外国から揶揄されている。日米同盟より酷い?胡錦濤主席にゴマをすり記念写真を撮って
喜んでいるような政治家による主導の日本が、列強や中国と互角以上にやって行ける?
集票マシン教育最優先で育てられる政治家が行う民主党政治に将来があると思っている?
民衆の実力が国の実力。目先の欲に釣られて道を誤らないように!ハイリスクハイリターンの
賭けをするなら、なし崩しで始めるのではなく、綿密な計画と合意の上で!如何なものか。
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普天間問題'10.03.28 [社会]

昨日の新聞に「普天間2段階移設案」という記事が掲載された。(概要)鳩山政権は米軍普天間
飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、当面キャンプ・シュワブ(名護市など)陸上部に機能を
移転し、その後、勝連半島(同県うるま市)沖合に人工島を造成、滑走路や港湾施設を建設後、
移設という2段階移設案。さらに訓練の一部を徳之島(鹿児島県)など県外に移転することによる
負担軽減策を加える内容。地元や米側に説明するという。

勝連沖・人工島案については、「週間現代」4/3号のトップ記事になっている。
提案者の太田範雄氏が作成したという人工島の図面まで入っている。太田氏が民主党にこの案
を提示したのは、鳩山政権誕生直後だったという。提案相手は小沢幹事長で、「こんないい計画
があるとは知らなかった。是非検討したい」ということだったらしい。徳之島案は、県外という付け
足しみたいなものだろうから、此処では、勝連沖案を中心に見て行きたい。

勝連沖・人工島案に関して、ある情報ではかつて橋本政権時代に浮上した辺野古沖埋め立て案
(人工島)と酷似している。米軍が嫌ってこの人工島計画が進展しなかったという。
その理由は、沖合埋立て(人工島建設)では軍事基地としての機能が果たせない。詳細は
1)電力の供給、水道管の設置、交通インフラ等、人工島・アクセスが敵の破壊工作によって容易
  に破壊される。例えば海上道路はタンクローリー爆破で容易にアクセスを遮断できる。
2)狭い人工島では、警戒態勢や有事の戦時物資集積に使う用地が確保できない。対空部隊の
  展開、整備施設、格納庫、兵員宿舎等、広大な土地を確保する必要がある。
インターネットからの「琉球新報・3/26の社説」によると、以下の様に手厳しく批判している。
◎“沖縄にとってシュワブ陸上案という最悪の選択と、勝連沖埋め立てという最悪の選択を、
  二重に実施することになる。これ以上悪い案は、思いつくことすら難しい。” 

この様な意見がある「勝連沖・人工島案」が、5月末決着のための3月末政府案である事に対して
我々はどう読み解けばいいのだろうか?ここで2,3の見方を考えてみた。
1.政府は故意に実現不可能な案を提示した→普天間基地移設を中止する(理想の追求?)
2.政府は、勝連沖・人工島案を、地元民、米側に説得可能な良い案だと思っている。
3.1案、2案のどちらとも判断できないで、時間切れで提案した。
「理念なき政治」、「人格なき教育」等の社会的大罪という見方から罪深いのはどれか?
私は1.が一番許せないと思う。政治はルール・手続きで結果論ではない。如何なものか。
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鳩山首相施政方針批判 [社会]

鳩山首相の施政方針演説(2010/1/29)から二ヶ月弱しか経過していない。然るに現状政治の
有様たるや惨状目を覆い、施政方針は巧言令色方針と成り果てた。施政方針の揚足取りは
したくないが、国民の義務を果たすために、敢えて現状の出鱈目な政治を指摘しておく。
施政方針の“1 はじめに”に続く“2 目指すべき日本のあり方”で、ガンジー師の「七つの社会的
大罪」を掲げ自己の政治理念を開陳した事は記憶に新しい。その大罪・冒頭に「理念なき政治」
が掲げられていた。 しかし、郵政改革の名の下に行われている改悪路線は、亀井静香等の
郵政族議員を晴天白日の下に公認するものである。これが民主党のいう政治主導の確立という
なら、それは族議員の公認であり、党利党略で選挙の票田を確保する利権政治の超拡大路線に
他ならない。官僚の行過ぎの問題などと比較にならない自己中心主義である。

また、社会主義的社民党の主張、反・民主主義(全体主義)的国民新党の主張、そして友愛主義
(或いは金権体質)的民主党の主張が呉越同舟で、「理念ある政治」と言えるのか?普天間問題
夫婦別姓、外国人参政権、郵政問題、どれを取っても閣内で意見はバラバラである。
ただ与党と言う甘い権力欲しさに、「理念なき政治」で妥協しているのではないのか? 
後の「労働なき富」、「良心なき快楽」、「人格なき教育」、「道徳なき商業」、「人間性なき科学」等
の大罪に関しても押して知るべし!である。

「子ども手当」は、福祉的側面を除いた富裕層・一般層への分配は「労働なき富」そのものだ。
「良心なき快楽」は、“呉越同舟”で、「理念なき政治」でありながら、権力欲を貪る鳩山・小沢等の
主要メンバーだけでない。権力集団という集団主義に酔いしれ、十分な議論もしない与党内全て
の人々の在り様に言えることである。「人格なき教育」は、日教組が違法献金をしてでも自分達の
立場を守ろうとする姿そのものだ。「人間性なき科学」は、鳩山首相の最適化理論を応用した、
ブレにブレまくる政治姿勢そのものであり、科学の誤用も甚だしい。

以上見てきたように首相就任後4ヶ月以上経過した後の施政方針演説は、見事に空理空論、全く
方針の用をなしていない実態は明らかである。首相就任直後,施政方針ができてなかった事から
も民主党の政権奪取が如何に不用意なものであったかは明らかだった。しかし民主党と首相の
準備不足が、これ程にもかかわらず政権を盗りに行ったのは、政治家として無責任を通り越して
人間性なき自己中心主義と言わざるを得ない。 与党としてこのまま野放しにしておく事は、
国家の為、引いては世界の為にならない。与党参院選大敗へ追い込もう!如何なものか。
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社会主義? [社会]

今日の産経新聞に「離婚の確率は30%」という3/25に厚労省発表の統計の話が載っていた。
離婚の確率(離婚率)は従来人口に対する割合で公表していたが、実態にそぐわないという事で
今回は結婚した人と離婚した人の割合を算出したという。その算出法で整理すると昭和25年
(1950)~平成17年(2005)迄の55年間の離婚率は昭和40年が最小で7%、最大は平成17年
で30%になるという。離婚件数は平成14年(2002)の29万組をピークに減少しているが結婚の
件数の方が、更に減少しているために、離婚率が増加している。ということは、再婚の確率も低い
し、結婚適齢人口が、離婚適齢期人口を大きく下回っているためではなかろうか?

この算出法での年齢別離婚率によると若いほど離婚の確率は高くなるという。離婚は「家」制度の
変化と共にある種の自己中心性の現われとすれば、若者ほど「家」制度に束縛されず自己中心的
という事になる。これは日本社会における従来の家庭教育が、「家」制度との連動で行われ、
家庭単独(即ち個人的なノウハウ)で維持できにくい構造にあるためだと考える事ができるのでは
なかろうか?「家」制度に代わる社会制度を必要とするのではないか?

国民新党や亀井静香金融相は、郵政関連票田を確固たるものにするべく、郵政改革法案関連で
郵便貯金の限度額を2千万円に引き上げる等、十分な根回しもなく単独(原口総務相と共に)発表
した。この関連で与党内での対立が表面化して、鳩山首相の指導力(というか普通一般的な管理
能力)が問われ、また国民新党は政権離脱をチラ付かせて亀井金融相をかばっている。
こういう連立内閣内でのゴタゴタを見ていると、現内閣の政策が、国民を抜きにした選挙に勝つ
ための党利党略である事が浮き彫りにされ、明らさまになってくる。

私は以前ブログ「2009-02-03雨と散歩」で、“国民新党は超保守的というような人々だろう。
その国民新党と発言内容で社民党は違いを出すことができない。”と書いたことがある。社民党は
日本では社会主義的政党と思われている。現在の国民新党のような反・民主主義とどうして同様
になるのか?それは世界中の政治家が「社会のため」という美辞麗句では負けてしまう権力闘争
のために大衆に媚びるからだ。現時点の権力者で「社会のため」に戦っているのはオバマ大統領
しか見当たらない。彼が国民皆保険法案を乗越えて真の大統領になれるかどうかは米国民の
自己中心主義が緩和されるか否かに掛かっている。日本が訳のわからない政府から脱却する
ためには政治家も民衆も少しでも自己中心主義から暫し目覚め、現政府に“No!”と意思表示し
参議院での与党過半数割れを請来すべきだ。如何なものか。
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民主党迷走? [散歩]

今日は電気記念日という。日本での家庭配電開始が明治20年(1887)3月25日である事から
昭和2年(1927)に日本電気協会が制定した記念日である。既に120年余を過ぎたが、家庭に
おける電気は、水道と共に、ライフラインの中でも最も命にかかわるインフラ設備である。

私は昨日“哲学の道”を辿って、雨中散歩を楽しんだ。“哲学の道”の終着点は南禅寺。
京都のサスペンスものではよく出てくる水路閣(南禅寺境内を通る琵琶湖疎水の水道橋)と
その後、琵琶湖疎水記念館を詳しく見学した。琵琶湖疎水は明治23年(1890)に竣工した。
現在も京都市民のライフラインとして現役で稼動する施設だという事である。
今年、竣工120年に当たる。勿論、水道の歴史は電気よりも長い。芭蕉が延宝5年(1677)から
4年間、江戸小石川(神田川上水)で水道工事に携わっていたという話もある。
琵琶湖疎水の工事は日本で初めての長いトンネルを掘るなど、困難な工事を純日本技術で
完工したという。そのために病気や事故で殉職された17名の慰霊碑(「一身を工事に殉じ、
万戸(沢山の家々)その恩に潤う」と銘記されている)があるという。殉職された人々や、その
ご家族は大変お気の毒だが、そのご恩に京都市民が感謝しているという。素晴らしきかな!

現代の我々に、ご先祖の血の出るような苦しみ、汗と涙の結晶の上に暮らしているという
認識と感謝の気持があるだろうか? 問題なのは「感謝の気持を持てない様に育てられた」、
「親が悪い」、「世間が悪い」という不平不満を並べ立てる人々と、それらの人々と結託して
権力を弄ぶ輩の増殖である。不平不満を並べる人々の真の問題を把握し解決に立ち向かう
べきである。私が民主党を批判する根本は1つである。彼らは真の問題に立ち向かわない。
民衆のご機嫌を露骨にとる政治スタイルで権力を握る事を臆面もなく日本に顕在化させた。
民主党は、そういうスタイルにバカな政治家が付和雷同して大きな勢力になっている。だが
問題はそれだけでは無い。民主党のやり方を他の党も一斉に真似しだした事こそ真の問題。

亀井大臣は、郵政民営化を、また国営化に近い形にして民衆の為だという。しかし本音は
選挙基盤を維持・強化するためではないのか?郵政民営化で困る人々を救う手段は、国営化
する以外に幾らでもやりようがあるはずだ。完全な偽善行為である。国民新党を社会主義的
と呼ぶのは間違い?社会のためではない。生方騒動のゴタゴタも、鳩山首相や小沢幹事長の
言動も、社会のためでは無いことは明らか?都合の良い時だけ国民をチラリと見ていかにも思い
やっているポーズ(スタンドプレー)だけ?政治家よりも役者になったらどうか?如何なものか。
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生方解任の後 [閑話]

民主党の生方幸夫副幹事長の解任を巡って、テレビ番組「サンデースクランブル」で細野豪志
副幹事長、小宮山洋子衆院議員、安住淳衆院安全保障委員長などが発言したという。
発言の詳細は聞いていない。この時期に細野氏が、生方幸夫副幹事長の解任を決めたことに
ついて「トータルに見たときに民主党にとってはダメージがあった」との認識を示した?
こういうのは眉にツバして聴く必要がありそうだ。生方氏をはじめ、他の三名も小沢一郎の
問題のみに限定しているところが味噌である。民主党は参院選に勝つために必死なのだ。

石川議員が離党したのだから、小林民主党衆院議員の献金違反もそれなりの責任を取るべき
なのだろうが、彼女が責任を取れば小沢も鳩山首相も責任を取らねばならない。
石川議員は直接的に法を破ったのに対して、鳩山、小沢、小林の三名は、直接手を汚しては
いない。だから、“知らぬ存ぜぬ”で押し通そうという戦略なのだろう。
兎も角、鳩山、小沢の両巨頭が責任を取ったら民主党は空中分解せざるを得ない。

ところが、民主党に対する民衆の不満はなかなか納まらない。当初は小沢幹事長の黒い霧に
問題が集中していたのに、段々と戦線は拡大して「子ども手当」、「普天間問題」などでも
厳しい批判が出てきた。今朝のNHK「日曜討論」でも、ワタミの渡邊美樹社長が長妻大臣に
労働者派遣法改正や子ども手当の問題で厳しく迫っていた。このような番組が放映されること
自体が一般の人々の認識レベルが高まってきた兆候だと思う。人々は耳に心地よく響く言葉の
裏に潜む問題に気付き始めて、少し民主党の人間性を疑う気配が出てきたのではなかろうか?

そういう背景を考えるとき、小沢の懐刀である細野が生方問題を反省する姿勢を見せた事に
民衆は騙されてはいけない。一般の人々が気付き始めたといっても、まだまだ大勢の人々は
小沢さえ居なければ民主党は立派な政治をしてくれると“藁にもすがる思い”でいる。
民主党は其処をめがけて、「小沢辞任」の切札を切るタイミングを計りだしたのだ。
小沢を切る事で鳩山や小林の問題をウヤムヤにすると共に、権力崇拝を続行し、亡国の政治を
継続しようと企んでいるのではないか?
鳩山首相の厚顔破廉恥な母献金問題を考えれば、カネで人を寄せる“人寄せパンダ”以上を
出ないだろう?「小沢辞任」でも結局は小沢の黒幕政治に変りはなく、民主党の本質が変わる
はずがない事は明らかではなかろうか?「小沢辞任」で一件落着として、権力の火遊びをする
無責任な民主党を決して野放しにすべきでは無い?参院選敗北に追い込め!如何なものか。
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5月危機説? [閑話]

鳩山首相が、「普天間基地問題」で、県外移設が難しいことを今頃になって言い出した。
「核密約問題」もそうだが、政府は、民主党の政策集にも触れていない問題を、政権交代
当初から大上段に振りかぶってとり上げておきながら、何一つ成果らしい成果もないまま
半年以上を経過している。どちらも国内だけで済むコップの中の嵐ではない。
国家の信用、国際的な評価にかかわるような問題を、全く不用意に、スタンドプレーで煽って
その結果は、“恋のから騒ぎ”ならぬ“故意のバカ騒ぎ”か?

「普天間問題」は、政権交代したから、前政権の決めた事に従わなくても良いようなことを
言っていた。米国では政権交代するとすべては代わると言われているが、ゲーツ国防長官は
前政権から引続き留任している。国防問題は、根幹にかかわるような大問題だけではなく
中小の問題も大切だという配慮があったのだと思う。
オバマ政権が、権力の行使には如何に慎重であるかが、このような事例からでも分かる。

鳩山首相は政権の5月危機説に焦りを感じて、18日は水俣病の未認定患者の救済を決定
するなど、また政権お得意のスタンドプレーで、国民の人気をつなぎ止めようと思っているらしい。
日本国民を何度ナメたら気が済むのだろうか?政治は‘子どもの玩具’じゃない。
政治は人間の健康を守る医療と同じである。“薬”や“手術”は1つ間違えば大変な事になる。
政治も社会の健康を守る“薬”や“手術”であって、専門知識・技術と共に、それを
遂行する心がけ、精神が特に大切だ。チョッと試してみてダメだったでは済まない。

それに引き換え鳩山政権は首相をはじめ、閣僚も含めて、権力を行使する事が国家・国民に
如何に大きな影響を与えるかを配慮する気持など毛頭うかがえない。権力奪取に酔いしれて
如何に自分達が偉いか見せびらかすことを目的に、十分な準備もない問題を取り上げて競演
している。鳩山首相や小沢幹事長の問題は当然見てみぬ振りだが、同僚達の問題、例えば
北海道選出・小林民主党衆院議員の北海道教職員組合からの政治資金規正法違反事件も、
結局、責任を問うこともない。そして「企業団体献金全面禁止」をすれば良いだろう?
とケツを捲る。説教強盗ならまだ罪の意識はあるだろう。しかし鳩山首相や閣僚、与党議員には
権力に執着し、権力を弄ぶことに快感を持つ快楽主義者である事に気付くこともない?
今の与党は、「権力崇拝教」というオカルト集団ではないか? アナ恐ろしい!
単純細胞の無法者集団の方がまだマシである。民衆に分かりやすいから。如何なものか。
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ものの両面・益と害 [閑話]

散歩途中で、小柄な少年と着飾った母親に会った。子どもが卒業証書ホルダーらしきものを
小脇に抱えており、すぐに小学校の卒業式帰りとわかった。日本晴れの卒業式日和である。
昔は卒業証書を筒に入れてくれた。ホルダーは大学だけだった。最近は小学校からホルダー
なのだと、妙な所で感心した。私のよりも倍近く大きくて立派なものだった。
今日はもう一つの卒業、友人の最後の勤務日である。44年という勤めに区切りを付ける。
みんなに惜しまれ、感謝されながらの“男の花道”である。小学生の卒業も友人の卒業も
“終わりの始まり”。一つの活動の終わりは、新しい活動の始まりなのだと思う。
春夏秋冬、1つの季節の終わりが新しい季節の始まりと同じである。

引退した老後の生活を何時の頃からか、“毎日が日曜日”と表現するようになった。
私は同名の小説を読んでいないし、老後生活=(或いは≒)“毎日が日曜日”という趣旨を
十分理解しているわけではないから、とやかく言えた柄ではないがキッと良い意味では?
高度成長期の猛烈社員、企業戦士にとっては、“毎日が日曜日”は夢のような生活だった?
友人は、ブログ(http://blog.livedoor.jp/kumiyu/archives/51722824.html)に
○ 毎日が日曜好いのか悪いのか  という川柳をものにしているが、なかなか面白い。

ものには良い面もあれば悪い面もある。会うは別れのはじめ。出会いの悦び別れのつらさ。
苦労を楽しむ。苦あっての楽。生みの苦しみ、終わりよければすべてヨシ。
“毎日が日曜日”は夢のような生活のはずが、苦労がない。終わりがない。けじめがない。
従って却って、幻滅を感じてしまう?まあ、そういう苦労も、また楽しみにかわるだろう。

日本にも子ども虐待という社会の腐敗現象が拡大する兆候が見えてきた。米国での子ども虐待の
数を考えれば、貧困だけが社会の腐敗の要因で無い事は明白だ。現代社会での腐敗現象要因
の多くは、快楽主義菌、自己中心主義菌という社会腐敗菌の感染患者にある。‘カネ’は
困った人を助ける良い面と共に、人間を社会腐敗菌感染患者にする悪い面がある。‘カネ’は
薬の様なものである。薬は与え方を間違えると大変なことになるので専門医師が必要である。
‘カネ’を与える専門家の立場にある鳩山首相や民主党をはじめとする与党の政治家には
そういった見識や心構えがあるのか?専門知識があるのか?私には無きに等しく見える。
日本社会の頂点に立つ鳩山・小沢のご両人が、金権政治を欲しい儘にする重篤な社会腐敗菌
感染患者であり与党はそれに寄りかかっているのだから。腐敗菌バラマキ?如何なものか。
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盗人か?強盗か? [社会]

今日、歯科医の待合室で週遅れの週刊朝日を読んでいたら、田原総一郎のコラム記事に面白い
ことが書いてあった。鳩山首相や小沢幹事長のことを“説教強盗”と対比させた話である。
その記事のネタは「産経抄」という新聞コラムだという。早速、元ネタを読んだ。
要点だけいうと、「政治とカネ」の問題、即ち公設第一秘書が政治資金規正法違反を起こした
政治家が、企業・団体献金禁止の法制化に乗り出したことを、“説教強盗”に例えている。

昭和初期に東京に出没した“説教強盗”は富豪宅に押し入った後、自分が強盗に入ったのは
庭が暗かった、用心が悪かった等と説教した。説教は被害者に騒がれないためだったという。
“説教強盗”は、‘不用心だから強盗に入った’という理屈で自己を正当化しているのである。
成るほど、鳩山首相や小沢幹事長は、確かに“説教強盗”と酷似している。
しかし、鳩山首相や小沢幹事長は、自分の秘書のセイにするだけではなく法律のセイにまで
してしている点は、“説教強盗”以上で、真に図々しい。こういうのを昔は“盗人猛々しい”と
いって、盗人以上に恥ずべき行為であり、従って人間として、最も恥ずべき行為だった。

以前のブログ「2009-03-18瓢箪から駒?」で「企業献金全面禁止」の法制化を‘もし出来れば
それはそれで立派’と書いた。しかしそれは出来っこないし、そんな子供騙しが通る世の中とは
思っていなかったからである。大真面目に議論されているのには驚きを禁じえない。
日本という国は、一体どうなっているのだろう?見当も付かなくなってきた。
どんな国でも、その国の伝統や文化を踏まえた作法や手続きというものがある。そのような
作法・手続きを身につけた人を一人前の大人というのであり、それがまともな人間だろう?

日本人は、数十年間の高度成長期を経て、事の本質を見ようとせず、衆愚的見解を民意とし
その民意に耳を傾けることこそ、本当の政治であり、本当の政治家だと思うようになった?
しかし、その前に、民意を聴き取る政治家が、まともな一人前の人間かどうかが問題だ。
強盗か?盗人か?と問われるのを通り越して強盗呼ばわりされる人間が首相や与党幹事長?
まともな人間が評価されず、強盗呼ばわりされる人間が一国の宰相というのも情けない。
そういう鳩山首相を、‘貧しい人が豊かになる政治’を推進しようとしていると持ち上げる
亀井静香大臣も信用できない?まともな手続きを踏まずに理想を掲げて推し進める政治は
表面は美しくとも結果は美醜・善悪の枠を超え、地獄の苦渋を強いられる事になる毒饅頭?
「郵政国営化」、「普天間問題」・・・・現政権政治の被害を小さく!さあ~参院選は否与党へ!

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