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悪い日本的体質と再帰性 [閑話]

○ 苦を楽に 腕(かいな)鍛える 冬の雨 2010.02.01作
今日もスロージョギングをしながら‘最近は俳句が出来ないが、どうもスロージョギングだと句作の余裕が
ないのかな?’とぼんやり考えていて、上記の句を思い出した。一昨日、当地は一日中雨。
夕方から傘差し散歩だった。傘を利腕の右から左に持ち替えても無意識にすぐ右に持ち替える
ので右手が疲れてくる。‘ヨシ!左腕を鍛える積りで意識的に左手で持とう’とやってみると、
傘を持つことが苦にならず以外に楽しめたのである。
旭化成の元会長・宮崎輝氏の「苦労を楽しむ」という素晴らしい言葉がある。私のような凡人には
傘を持つ程度の“苦”しか楽しめないが、それでも楽しまないよりは楽しんだ方が良い様に思う。

一昨日、北の方は全国的に大雪。昨日の朝、写メールで雪景色の孫達の写真が届いた。横浜や
川崎も数センチ積もったそうである。関東地方も温暖化で、真夏の直射日光以外は当地(岡山)と
余り気候に相違を感じなかったが、積雪でもやはり違った。ただしビル街は積雪はないようだ。
そんなやり取りをしていたら、“最近の小学校では雪の日は校庭使用禁止”という。迂闊にも知ら
なかった。世の移ろいを感じてしまった。2009-08-16のブログ「8.30衆議院総選挙と再帰性」
政権交代が起こるとすれば、“日本という国が21世紀になり戦後の環境変化に順応して
特質を変えてしまっていると考えるべき”だと書いたが、正にそれを裏付けるものだ。

日本人は自然環境変化への順応性により発展してきたが、国際社会環境の変化に対する順応性
は鎖国によって衰えた。明治維新後、懸命に順応しようと頑張って来たが、日本人特有の
たこ壷型社会の“起承転結”サイクル(2009-11-23のブログ「続2・たこ壷社会」参照)によって
第二次世界大戦に突入して破滅した。戦後社会は表面的に欧米的形態となったが内面は似ても
似つかない?日本人の特長である自然との密接な関係が無くなり、本来の良さはなくなっている。
それにも拘らず、たこ壷型社会という体質を変えることができない。国際的社会環境の変化への
順応性に民衆が不満を感じ、ソロスの “再帰性” の罠にはまっているのではなかろうか。

雨天や雪の日の校庭禁止にはそれなりの理由があるのだろう。しかし幼い子ども達に最も大切な
ことは日常的な自然からの学びではなかろうか?自然からの学びは日本人の大切な特長だ。
その特長の優先順位を下げるなら、それに代わるような大切な考え方を導入すべきである。
基本路線変更を場当たり的にやるのが悪い日本的体質である。現在の政権交代に伴う政治の
やり方もそのような悪い日本的体質のあらわれではなかろうか?如何なものか。
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