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鳩山施政方針に思う [社会]

昨日,鳩山首相の施政方針演説を散歩途中の休憩時に聴きながら何か空しさが胸をよぎった。
それは何故だろうと考えていた。素晴らしい理念がこれでもかこれでもかと詰め込まれている。
今朝の新聞でも美辞麗句と揶揄されていた。そういう事も空しさの中には含まれているだろう。
しかしそれは、こういうものに有り勝ちのことで今までは見過ごしていた。
それなのに、今回の鳩山首相の演説に引っかかるのは何故なのか?少し整理してみた。

理念先行で具体策に乏しいという指摘に,私は政権を執って間のない政府として止むを得ない
(本来なら政権交代しなければ良かったが)と思う。理念先行の政治はその中身によっては
決して悪くはないと思う。ガンジー師の「七つの社会的大罪」を引用して,日本のあり方を説いた
ことも理念として間違っているとは思わない。しかし問題は、鳩山首相の口から発される時に
それは具体的経験に基づかないものと言わざるを得ない。

曰く、「労働なき富」。これを日本のあり方の重要課題と位置づけるなら、先祖の遺産でノウノウと
生きてきた鳩山氏自身が国家の最高責任者になっているのは、最大限のパロディであろう。
現代日本においては、「労働なき富」こそが、最高の美徳だからこそ、既得権者が“不労所得”を
漁りまわっているのだろう。「子ども手当」も、そういう日本の美徳を助長するために、ひと役かって
いるのではなかろうか?子育ては、「労働なき富」を否定するような両親、家族、親戚、知人に
見守られ育てられてこそ、ガンジー師の高邁な理想に近づく日本になっていくのではなかろうか?
現在の日本が、何故子どもを生まないのか?その原点に立ち戻った議論に基づかないで、
安易な党利党略のために「バラマキ手当」で子どもをつくって、本当に鳩山施政方針演説の
理念に基づく日本になるのだろうか?

曰く、「人格なき教育」。十数億ものお金の授受がありながら、一言の連絡もなかったという。
それが人格者母子のすることなのか?“人格”とは“人としての資格”、その根本は“共感”では
なかろうか?十数億ものお金が庶民にとりどんな意味を持つのか?そういう“共感”があるなら、
仮に母子間或いは秘書と全くコミュニケーションがなかったとしても、知らなかったとは恥ずかしくて
言えないだろう。庶民への共感もないから自己保身のためにいえるのではないのか?
そういう人が、「人格なき教育」は“悪”だと言っても、誰も本気で頑張らないのでは?
具体的経験に基づかない抽象的な論理で「理想主義」を掲げ政治を欲しい侭にする時、健全な
庶民の道徳心は影を潜め、既得権者の「七つの社会的大罪」が闊歩する? 如何なものか。
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女子駅伝雑感 [閑話]

午後からの散歩は今日も快晴だが、近くの山の端が霞んで見えるのは黄砂のセイだろうか?
20100125k中村友梨香_size5.jpg少し時期が早いような気もするが、どうなのだろうか。
昨日で仕事が途切れたので撮り溜めていた録画から、1月24日(日)の
「選抜女子駅伝北九州大会」を見た。新聞では男子駅伝の大きな紙面に
押されて片隅に小さく掲載されていただけだったが、録画技術は有り難い。
去年の後半から今年にかけて、女子駅伝における岡山県勢の活躍が
目覚しい。結果は、一般:天満屋(岡山)が3回目、高校も岡山の興譲館が
初優勝を飾った。1月17日(日)第28回都道府県対対抗女子駅伝に続いて
岡山県勢の大活躍である。写真は、天満屋・アンカー中村友梨香選手。
両チームは、その勢いを駆って両部門を制覇した。
261804_c450赤松眞.jpg
第28回都道府県対対抗女子駅伝は実況放送を見て、岡山県勢が初優勝し
たということで感激したものである。あの時は、天満屋の中村友梨香選手が
優勝インタビュで、天満屋も興譲館も昨年の大会(天満屋は全日本実業団
女子駅伝で11秒差の2位、興譲館は全国高校女子駅伝で43秒差の3位)
で負けた悔しさをバネに頑張ったと言っていた。
写真の赤松眞弘選手(興譲館)は、昨年の全国高校女子駅伝で1区を
走ったが転倒した。その悔しさを都道府県対対抗女子駅伝、
そして「選抜女子駅伝北九州大会」で、見事晴らした素晴らしい走りだった。
「選抜女子駅伝北九州大会」の興譲館は、並み居る実業団のお姉さん達を尻目に、
去年の覇者‘三井住友海上’をも上回って、天満屋に次ぐ総合2位という素晴らしさだった。

放送を聴いていて、解説者?の“岡山は女子800メートルの人見絹枝さんや女子マラソンの有森裕子
さんら五輪メダリストを輩出した歴史を誇る。”という言葉に、アぁ~そうだ!と改めて思い出した。
人見絹枝(明治40年(1907) - 昭和6年(1931))が岡山の出身というのは余り知られていない。
1928(昭和3年:張作霖爆破事件の年)アムステルダムオリンピックに出場。800m決勝で2分17秒6の
2着(銀)。日本女性初のオリンピックメダリスト。100m、200m、走幅跳の元世界記録保持者でもある。
激務のためか?24歳の若さで急逝した。偉大な先輩たちを持つ岡山の陸上界よ永遠なれ!
如何なものか。
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正義の味方は怖い? [閑話]

今日もスロージョギング 約50分。走り方が良くなったのか、最近は膝にはそれ程違和感は無い。
心臓は最初少し違和感が出そうな気分になるが、その場合は速度を緩めて大事に至らない様に
注意している。私は心臓が余り丈夫ではないから、SJを継続していると心臓が悪くなるかも
知れないが、心臓で死ぬのが、PPK(ピンピンコロリ)であの世に旅立つ近道かと思ったりする。

今日は家の火災保険(5年契約)更新のために保険の担当の方が来宅した。その時に説明書に
書いてある本当に基本的なことを質問したが嫌な顔もせず親切に答えてくれた。それで安心して
これからも説明書を詳細に読むことなく過ごす事だろう。恐らく私の現在の火災保険知識では
実際に火災が発生したら、泣きを見る事になるだろう。それでも面倒だから自分勝手な解釈を
改める努力をする気は毛頭ない。全くズボラな人間に出来ている。

私のようなノー天気な人間ばかりではないと思うが、毎日のテレビ・新聞等の報道で取り沙汰されて
いる人々を見ていると、私とそんなに変わらない人達が多いと思う。自分が思ったり考えたりして
いることが、当り前、常識だと勝手に解釈している事に気付いていないのである。
私の火災保険知識の様に、自分勝手な思い込みのシワ寄せが自分に降りかかるのは仕方ない。
また「だますよりもだまされた方がマシ」と昔から言い伝えられているように、詐欺師に
引っかかるのも、被害は自分にあり、自己の思い込みで人に迷惑をかけることはない。

勿論、自己中心的な思い込みによって、人を批判・中傷する等ということは、他人に迷惑をかける
事になる。しかし一番大きな他人迷惑は何か?と考えた場合、私は、“正義”を旗印にしながら
“自己中心的な思い込み”で、社会を動かそうとする行動だと思う。
河合隼雄先生は、「日本人とグローバリゼーション」(講談社+α新書)という本で、“絶対に正しい事を
誠心誠意するというのは、これほど恐ろしいことはない。私は正義の味方というのが来たら、
逃げる事にしている。正義の味方は絶対に反省しない。絶対に正しいわけですから。これが
一番怖い。”と、タリバーンの人たちによるアフガニスタンのバーミアンの仏像爆破などを例に語っている。

鳩山首相と小沢幹事長が疑惑に対して、或いは普天間問題その他の政策に対して、従来の政府
や政権政党の立場では考えられない理不尽な対応を強行する背景に何があるのか?今は明か
すことなく成し遂げようとしている「正義」とは?官僚支配からの脱却も党利党略に過ぎない事が
明らかになった今、バラマキで民衆の人気取りをして、彼らは何を目指しているのか?
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SJ(スロージョグ)の走り方 [閑話]

今日の朝は普通に寒かったが、午後の散歩の時には青空が広がりポカポカ陽気になった。
そのセイかどうか?散歩途中で元同僚に道で出会った。こんなことは比較的少ない。

今日もSJ(スロージョグ)を50分弱やったが、最近、やっと走り方が分かってきたような気がする。
2009.06.17から今日迄、95日間の実質走行経験を通してやっと少し分かったというのだから
私は余程ウスノロなのだろう。そのウスノロが、やっと会得しかけている走り方をまとめておこう。

ずっと分からなかったのが、早足とSJとの違いであった。
兎も角、2009-12-18のブログ「私の健康管理」に紹介した「ためしてガッテン」の本の通り
① 背筋を伸ばし、② やや前傾だが、顔は上げる、③ 地面を押す、④ 歩幅を小さく、
⑤ 足音を小さく、ということを守って、継続していた。結果的に会得に至ったのは、
④ 歩幅を小さく、・⑤ 足音を小さく、のポイントだった。
高木美帆.JPG
歩幅を小さくして‘早足’で歩くと、どうしてもつんのめりそうになるので
膝を早く引き付けなければならない。そして、足音を小さくしようとすると
足を置く時に緊張感が要る。そこが‘早足’との違いなのだ。
そこで思い出したのが、スピードスケートでバンクーバー五輪代表に選ばれた
高木美帆選手(写真)の事である。彼女はサッカーや陸上、ヒップホップダンス
もやるというスーパー中学生だ。彼女と私では月とスッポンであるが、SJの
走りからスピードスケートの基本が分かったような気がしたのである。
彼女はサッカーや陸上、それにヒップホップダンス等で“膝の引付”が素晴らしく早いと聞く。
それにスケートというのは、足を下ろす時にスピードを殺すことは許されない。
スピードスケートとSJとは、意外と近い親戚関係にある事に気付いて、
何か急に高木美帆選手が身近な人に思えてきたから不思議である。

人間の体には多くの筋肉があるが、それらはある運動に連動して鍛えられるものではなく
それぞれに鍛えないと鍛えられない事が、筋トレをやっていると、良く分かる。おそらく
脳細胞も内臓もすべてそういう事が言えるのだと思う。人間の社会も様々な機能を手分けして
分担しないと健康で、そして素晴らしい社会にはならないのではなかろうか?如何なものか。
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社会と私の健康管理 [大家族]

社会と人は相似的でフラクタルな関係にあると私は考えている。社会を細かく見ていくと、地域や
団体の組織となり、最終的には一人一人の人間になる。一人の人間も細かく見ていくと、各種の
器官・臓器そして、最終的には一個一個の細胞になる。自分の健康維持だけでも大変だ。

私の日々の健康管理尺度は最近、スロージョギングと筋トレ、そして手指による歯茎マッサージである。
私は歯茎が弱いのか?歯槽膿漏気味で疲れると歯が浮いてくる。どうも食後の歯磨きだけでは間
に合わない様なので友人から教わった“手指による歯茎マッサージ”を本格導入したが、その効果が
一週間くらいで少し出てきたような気がする。毎日の習慣にする事が大切な様である。
スロージョギングの実施率は、2009年 11-18~12-17までの30日間の試走の実施率は、0.700
本格再開後の実施率は、 再開第1旬12/18~12/27=0.800、 第2旬12/28~1/6=0.600
第3旬1/7~1/16=0.800 第4旬1/17~1/26=1.00(468分) 

社会の健康管理はどうすれば良いのだろうか?複雑怪奇で見通しが難しい?人の健康管理も、
自助努力だけに頼らず、医者の診断や家族・友人、先生、先輩のアドバイス等が大切な様に、
社会の健康管理も自分の考えだけでなく、様々な立場からのアドバイスを大切にする心がけが大切
なのだろう。2009-02-16のブログ「続・私的儀式」に、人における自分とは、脳にのみ偏ってある
のではなく、細胞すべてに存在すると書いた。社会における自分も、政府や国会、裁判所にある
だけでなく、各組織や各個人の全てに存在している。従って日本社会の健康管理のために日本
社会の民衆は、各人が自分のことだけでなく社会の健康を考えて政治を見守り、行動することが
望ましいと思う。 分けても、首相や政党の要人、政治家は、自分や党利党略だけでなく、
社会の健康のために尽力する事、人の意見を聴く度量が望まれる。

しかしこのところの国会審議や会見のTV放送を拝聴するに、鳩山首相や小沢幹事長はほとんど
説明責任を果たしていない。小沢幹事長は確信犯的で、このパターンは、従来の自民党をはじめ
一般社会にも多いタイプである。だが鳩山首相の言動は正に‘宇宙人’的で、社会の健康診断上
非常に難しい新種のがん細胞ではないか?と心配したくなるフシがある。「陳情」窓口の民主党
一元化や内閣法制局の憲法解釈問題などに関する民主党の主張を、表があれば裏もある
党利党略であるのに、本気で官僚支配打破等と信じているのか?「朝三暮四」や漢字を知らない
首相が出てきても驚かないが、算数が出来ても社会が出来ない首相では、それを操って、権力の
甘い汁を吸いたい人が群がって、巨大ながん細胞へと成長してしまう?如何なものか。
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宇宙人の首相 [社会]

鳩山首相は民主党の代表でもある。記者団からの 「民主党として、石川議員を処分するのは、
起訴前か、起訴後か。」 との質問に、「起訴されない事を望みますが、状況を判断したい云々」 
と応えた。首相・即ち行政府の長が、個人的な心情を公然と述べるのは、正に宇宙人だからか?
この種の発言は、小沢幹事長の土地疑惑問題の件で、「信じています。どうぞ戦ってください。」
と、やはり記者団に言っている。これも同志としての発言だと国会で弁明した。どうも鳩山首相は
私的心情を公の場で表明する事が人間的で民衆に支持されると思っているのではなかろうか?
公的な事より私的な事に関心が高い日本人に対するリップサービスと考えての事なのか?
昔の日本では、‘公私の別’等うるさく言わなかった。だから鳩山首相も公的立場を超えて、
私的心情を優先して発言するのだとすれば、宇宙人というよりも、江戸時代人なのか?

ご存知 “忠臣蔵”の事件の発端は、高家指南役・吉良上野介の賄賂から発生したが、当時の
日本では、どこかの国と同様、賄賂は半ば公知の事実であった。従ってあだ討ちの大義名分も
あくまで幕府の裁きの片手落ちであり、収賄ではなかった。要は、当時は‘公私混同’が普通の
体質だった訳である。その体質は、発言から推して鳩山首相に引き継がれているのは明白だ。
それに一般の民衆が何処まで気付いているのか。面白がっている?良く分からない。

私的心情を吐露するのは、時と場所を心得ておれば悪い事では無い。しかし心ある民衆は、その
心得の無さ、優先順位を心配しているのである。昨日の2次補正予算に関する茂木議員への
菅副総理の答弁でも、‘優先順位’の観点からは、ゴリ押し答弁の部類になるだろう。このような
ゴリ押し答弁、かつ法律に触れなければ‘公私混同’も当り前の曖昧な判断基準の政府で大丈夫
なのか?権力者は‘優先順位’を恣意的に変更できる立場だからこそ、心配になるのである。

曖昧な国・日本でもネット検閲をする処までは来ていない様だが、社会主義国・中国ではネット検閲を
実施している。グーグルは中国でのサービスを開始する2006年、「検閲を受け入れることのマイナスを
補ってあまりある」との判断で、中国当局からの検閲を受け入れた経緯がある。社会主義国を
目指す民主党と、中国は体質が似ているから、日本のネット検閲も将来はありうるかもしれない。
今日の新聞では昨年末中国の発信源で、グーグルの事業インフラや金融、メディア20社以上の事業体
に高度な攻撃が仕掛けられていた事が判明。中国の人権活動家への不正アクセスもあったという。
今後のネット社会において、宇宙人宰相を頂く、曖昧で閉鎖的な日本的体質の民主党主導で、
明るい未来が開かれると、民衆は本気で信じているのだろうか?如何なものか。
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国会審議'10.01.22 [社会]

政権政党である民主党は、本当に国を背負っているという責任を正しく自覚しているのか?
昨日および今日の国会での論戦でも国や国民に対する責任というよりも、権力を維持する事に
汲々(きゅうきゅう)として、如何に国民を誑(たぶら)かそうとしているかが伺われた。
今朝、国会質疑での自民党・茂木議員が、「朝三暮四」(列子)という四文字熟語を交えて、
鳩山政府を皮肉っていたが、鳩山首相は熟語の意味すら解さず、その上、政府のあり方に全く
鈍感? 国民のための政府に思いを馳せる余裕すらなく、権力にしがみ付いている哀れな姿?

原口総務相が捜査当局でしか知り得ない情報がメディアから流布されることを問題とし、国家
公務員による秘密漏漏洩の疑いを指摘した問題でも、明らかに責任政党・政府、大臣として
の自覚を大いに欠いていると思われる。保護すべきは、公共の利益を守るための秘密なのだ。
今、漏洩されたとされる情報の何処が、公共の利益のために守るべき秘密に該当するのか?

この問題は新聞やテレビ、或いはインターネット上で賛否両論、様々な表現で論じられている。
しかし一番基本的な、“守るべき秘密”とは何か?を議論せずに論争しているから、水掛け論に
なってしまうのではなかろうか?午後の国会審議中継でも原口総務相が井上義久(公明)議員の
質問にトンチンカンな答弁をしていた。若手のホープといわれる原口総務相も、国家権力の立場が
何も分かっていない。国家権力は国民のために使うもので、私利私欲に使うものではない。
民主党が政権を担って本当に日本は大丈夫?公務員が守るべき秘密とは公開すれば一般民衆
に被害が及ぶか、国家安全等に影響するものである。いま漏洩されている情報は、一般民衆が
知りえれば政治的判断に役立つ事こそあれ、一般民衆に被害が及ぶ心配はサラサラない。
政府の安全には影響があるかも知れないが、それは権力者として国民への責任を果たして
いないからである。政府が責任を果たさない事こそ国家の安全に大きな被害を及ぼす事になる。

小沢幹事長や鳩山首相など国家権力の中枢にあるものは、秘書が虚偽記載や其の他の重大な
法律違反容疑を受けたのだから、その説明を果たすために情報公開をして透明性を発揮する事
こそ国家権力を握るものの国民に対する当然の義務であろう。その義務も果たせず恐れ入る事も
なく守秘義務・秘密漏洩等のオドロオドロシイ言葉を用いて一般民衆を誑かす。強権力をチラつか
せ自らの不正を隠蔽しようという態度は明らかに国家権力を握る資格の欠如を物語るもの?
国家権力の横暴を監視し、不正容疑をいち早く伝える事こそマスコミの最も大切な任務だ。また
検察も自分達の組織の長をも恐れず、不正を正すことこそ、真の法治国家だ。如何なものか。
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政治家の罪と責任論 [社会]

一般に人が罪を犯したときの責任には、3つの側面があると考える。3つの側面とは、
法律上の責任、社会上の責任、道徳上の責任。法律上の責任の審判者は裁判所である。
検察の立証によって罪が確定し刑罰が下される。社会上の責任の審判者は一般民衆だ。
例えば依存性薬物の不正所持等の有名人は、法律上の罪のみならず、社会的な
影響を考慮した活動自粛などをする事が、社会上の責任に当たる。
道徳上の責任の審判者は、罪を犯した本人自身の良心である。

罪を犯しても、法律上「故意」と「過失」では大きく異なり、重犯罪でない場合には、
「過失」は原則処罰されないと、法律上では決められている。
鳩山首相の“偽装献金問題”は、明らかに「故意」があると立証されるから、犯罪は成り立つ。
しかし、鳩山首相は、「秘書が勝手にした事で、私は知らなかった。」、と「故意」がない事を
主張し、法律的に罰せられない安全圏に逃げ込んだと、安堵しているようだ。母親からの巨額の
脱税を伴った贈与も、ご本人は関与していないということで、これも‘安全圏’という訳だ。

元々、法律における“「過失」は原則処罰されない”という事は、国家権力が、恣意的に民衆を
罰しない様、国家権力から民衆を守るためのものである。本来、国家権力の中枢の者(政治家や
高級官僚)は、民衆の平和と幸福を守るために、一般民衆とは異なる法体系であらねばならない
のではなかろうか?鳩山首相の“偽装献金問題”は、見つからなかったら巨額の脱税がなされて
いた。小沢幹事長も、何年にもわたる取調べの中で、度々、出鱈目を言いながら、取るに足り
ないミスだと言張っている。鉄の軍団を率いて権力を掌握できれば法律に引っかからなければ
何をしてもいいという論法か?いかがわしい会計処理で軍資金を増やし軍団を増殖させている。
鳩山、小沢共に、政治家としての社会上・道徳上の責任は重大である。

現代日本社会は様々な問題を内包しているが、それは自由競争社会か?社会主義社会か?と
いったイデオロギー論争の問題ではない。重要な問題は非常に内面的な心の問題である。現代
日本社会では、そういった精神的な要求に応えるものがない故に、子どもや若者達だけでなく、
成・壮年までが物欲に走るのである。それを改めるために、そのような精神的な要求に応える
立場の首相や与党幹事長という最高権力者自らが、相も変わらず社会上・道徳上の責任に全く
感受性なく、現状の精神的改悪方向の卑態を曝し恥じる気配もない。民衆を物欲で釣って、何処
に連れて行こうというのか?この国をまた破滅の淵に沈ませようというのか? 如何なものか。
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小沢疑惑 [社会]

今日は‘大寒’。寒のなか日でもっとも寒い頃というが、今日は当地では暖かく、上衣を脱いで
スロージョギングした。当地では日の出の最も遅い時より、約二週間経過し、2分位早くなった。
さて、小沢幹事長の疑惑であるが、私の調べたところでは、今回の土地購入疑惑、および去年の
企業献金疑惑問題は関係の深いものであることが分かった。両件共に、数年前から検察が捜査
を継続しているもので、贈収賄立件を視野に入れたものと思われる。

問題の焦点は、平成16年に取得した不動産に当てた資金が何処から出てきたのか?である。
平成19年1月から2月にかけても、この問題が新聞等で大きくとり上げられた。その当時は、
「陸山会」事務所費(平成17年)から支払ったということで、沈静化したようだ。この時に小沢は
“私が引退した時に「陸山会」の資産(小沢名義)が残存していれば後進のために用立てる。”と
陸山会との‘確認書’を公表した。しかしこの確認書には法的に何の効力もないばかりか、
直前にその場凌ぎで作成したモノと、後で分かった。

現在の問題は平成16年取得に関わらず資金は平成17年と時間的ズレがあり、そこに偽装献金
が当てられている可能性の追求である。平成19年当時はそこまで追及しきらず、政治団体の
不動産投資の是非論に紛れて小沢は逃げ延びた。昨年3月の献金疑惑では、公設第1秘書・
大久保隆規の堅い口に守られ、代表を降りたものの政権交代を成し遂げた。去年3月の検察
疑惑が、却って追い風になった可能性もある。今回の鹿島やその下請けの献金と絡めた土地
購入疑惑も大久保の壁は厚いかも知れない。そして小沢が幹事長を辞任すると、また民主党の
追い風となり、夏の参院選も民主党の勝利になる可能性も大である。こう見てくると、検察は
本当に民主党を倒すためにやっているのだろか?もし、確定的な証拠が出てこなければ、
民主党を引き立てるために国民の前で悪役を演じているのではないかとさえ疑いたくなる。

ただ小沢の法的責任の有無にかかわらず、小沢の恐怖政治的党運営方法と、今迄の無責任な
場当たり的発言とを考えた時、日本の将来が思いやられる。例えば規制緩和、憲法問題、日米
関係、靖国問題、年金未納問題、北朝鮮拉致問題、或いは不動産・遺産問題等、その場限りの
言動に終始している。昭和58年1月20日の新聞では、「私の亡父は票田こそ残してくれたが、
遺産はなかった。」と語っている。それが今回の土地購入の4億円は(奥さんの?)親の遺産?
この様にその場その場でモノをいう人は、八方美人と言って信用されないのが普通だが民主党の
人々、或いは一般大衆が丸で催眠術に掛かったようになるのは何故か?如何なものか。
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健康管理'10.01.19 [大家族]

健康とは、身体的のみならず、社会的にも精神的にも健康であること。そのようなことを思い出し、
自らの健康管理が、身体的な健康に偏っているのではないか?と反省する機会があった。
昨日・今日とK市の老人ホームに入っている知人のことでK市に行ってきてのことである。

ホームの関係者から呼び出しが掛かり、また「認知笑が進行している」というのである。「認知笑or
認知症」の件以来、数ヶ月ごとに会っているし、電話でもやり取りしていて、そういう風には感じて
いなかったが、医者に診断してもらえる事になったので出かけて行った。医者に行く前、一晩一緒
に付き合ったが、従来通りで私には大きな問題があるとも思えなかった。

いよいよ病院でCT検査をして診断していただく事になった。結果は多少、脳細胞が欠落している
ということだった。大病院の院長先生で、「後期高齢になると3人に1人はこのような症状になる。
決して悲観せずに!」、という優しい思い遣りのある言葉だった。私も物忘れが酷いので、
この程度の欠落はあるのでは?と検査が怖くなった。「認知笑or認知症」にも書いたが、

○ 認知症の発病や悪化には心理的な影響が大きく関わっている。
○ 服用薬の量で物忘れや注意力散漫、物覚え悪化といった認知症に似た症状が出る。

という事が、大きな問題であることがわかる。
A氏には血縁の近親者が居らず、親身になって世話をする人がいない事が、心理的に大きい?
また、A氏は、糖尿病、高血圧などで、多量の薬を飲んでいるが、これも災いしているのでは?

交流の深い近親者との同居で、暖かい人々に囲まれていると、恐らくほとんど問題にならないの
だろうが、他人の中で暮らすので、病気などのこともあって心配されるのだろう。老人ホームの
方々も良くして頂いているが、その限界があり、危なっかしい人は、介護の必要があるところに
移って欲しいのだろう。自分自身のこれからを思う時、まだまだ様々な覚悟が必要だと感じた。
とりあえずは、“親しき仲にも喧嘩あり”の夫婦円満を心がけ、交友関係を維持発展して、絶えず
対話を心掛ける。そして身体的健康が基礎だから、筋トレ、スロージョギング、ゴルフも頑張ろう。
スロージョギングの1月7日-16日の成績は達成率 0.800 但し時間的には前回と変わらず、364分
今回の件で、CT検査でも認知笑or認知症の区別は付け難いことが分かった。人間の精神や心の
問題は、結局、その周囲の、社会の、人々の心の問題と深く関わるのだろう。如何なものか。
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