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物語「マーリン」 [物語]

今日も快晴だった。このところ晴れ渡った日が続くが風は冷たかった。
今日も魔法の運動・スロージョギングで身体をあたため、歩数の効率的量産を図った。
スロージョギングの走り方のポイントには、①背筋を伸ばす。②やや前傾姿勢で。③足は蹴らずに
地面を押すだけ。④ニコニコとお喋りしながら。⑤途中で歩いてもOK。の5つがある。
その中の、③足は蹴らずに地面を押すだけ。について、地面を押す足とそのタイミングに関して
今日分かった事がある。地面を押す足は、着地した足で、着地後に押す。これから離陸する足
即ち、蹴る側の足は押すのではなく、着地した足が地面を押す支えで、ソッと上げソッと下ろす。
そうすると、着地の衝撃が和らぐのだ。理屈は分かったが実践は難しい。支える足を鍛える
必要がありそうだ。

さて、物語「マーリン」は、NHK・BS2で放送されていた空想テレビドラマ「魔術師 MERLIN」。
昨日で第13週(最終回)だった。中世のアーサー王伝説の王子時代を描いているという事で
時々見ていたが、怪物や魔法などが出てくる他愛のない物語である。しかし何か魅力がある。
マーリンやアーサー王子、マーリンの師・ガイアス、王子の父(キャメロット王)、を演じる役者
コリン・モーガンやブラッドリー・ジェームズ、リチャード・ウィルソン、アンソニー・ヘッド等が素晴らしい演技であった。
並みの娯楽番組とも思えない。製作者は、結構、真剣に作っているのだろう。

この種のドラマを日本と比較する場合にどのような物語があるだろう。「曽我物語」?
「里見八犬伝」?「水戸黄門」? あまり要領よく思い出せないが、何が違うのだろう。
私が一番感じたことは、物語「マーリン」はエリート育成物語ではないか?という点だ。
日本の物語にも‘エリート’は出てくる。しかしそれは昔のエリートであって、現代には
通用しないから、即、エリート教育にはならない。しかし、物語「マーリン」に出てくる
マーリンや王子・アーサーは、現代にも通じるエリート成長過程を描いているように思う。

物語「マーリン」を見ていると、エリートとは最も危険の高い役割を背負って仲間を守る事
を繰り返し教えてくれる。日本では、大将は後の方で守られて、先陣を切る事は無いという。
日本のエリートはリスクの軽重を判断して、そのリスク管理をどのように分担処理するかの
能力を買われていたのではなかろうか? 現代は、欧米のエリート的なリスク管理のために
より大きなリスクを生み出している?日本の伝統こそ素晴らしい!?欧米的リスク管理から
日本的リスク管理に改める時期?そういう魔法のような手法はないものか? 如何なものか。
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魔法の運動・復活 [大家族]

2009-06-16のブログ「魔法の運動」で、スロージョギングのことを取り上げ、翌日から実践して
それから2009-08-25まで、70日間、断続的に続けてきた。しかし、2009-08-26のブログ
「SJその後&閑話」で、70日間の実績をまとめた上で、休止宣言をした。挫折である。
70日間の通算実施日・42勝28敗 実施率、0.600。真夏にやって疲れが出たのだと思う。

今度の復活に当たっては、無理をしないように、慎重に試走し、継続できるか確認した。
2009-12-18のブログ「私の健康管理」で、11-18~12-17までの試走結果をまとめると共に
スロージョギングの再開宣言をして、今日で10日を経過した。実施率、0.800(8/10)
(30日間の試走の実施率は、0.700) 6月から8月までの前回の挫折を二度と繰返さぬよう
慎重に進めてきたが、復活宣言後の最初の旬間で少し張り切りすぎたかもしれない。

スロージョギングの再開に当たって最も注意している点は、スピードの無理をしないことだ。
年齢と心臓を考え、心臓が苦しくなるような速度には決してしない。ゆっくり走れば、
‘速筋’というのを使わないから、筋肉が疲れたときに出る乳酸の量も変らないという。
もう1つは足の回転で跳ばないこと。如何にして跳ばずにスムーズに足を回転させるか?
歩幅を小さくする事も大切なポイントだと思う。
スロージョギングの本(NHK「ためしてガッテン」2009-2010 vol.5)によると、
“「歩幅」と着地の「音」を小さくするように走ることを意識してください”と書かれている。
初心者はこの事に注意しないから、着地に30%も余計な力が掛かっているらしい。
「速度」と「歩幅」と着地の「音」に注意して、無理をしないように頑張りたい。
2009111510ryu.JPG2009122511貢.jpg
孫達の便りが届いた。結構、頻繁に
便りがあるのだが、その中から少し
記録しておく。この前はRyuが野球
大会で表彰されて金メダルをもらった
Kotoが町内会の運動会の抽選会
で1位を獲得して、商品の魚沼産こしひかりをもらった。今回はNatsuとコオタロのキッザニア再訪
の様子だ。写真はRyuの表彰風景、コウタロがキッザニアのサッカーシュート練習場風景である。
NatsuやKotoの写真は、スペースの関係で残念ながら省略した。 如何なものか。
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大きな政府?小さな政府? [希望]

今朝の新聞に鳩山内閣が、閣議決定した来年度予算案が載っていた。過去最高の92.3兆円、
新規国債発行額が歳入を上回るという。自民党政権に比べて、進歩しているのだろうか?

個別の政策では従来よりも良い所はあるのだろう。コンクリート予算の大幅カットは良かった。
しかし社会福祉も子ども手当もふくらみ、結果的には、超大型予算では、ガバナビリティ有りや?
勝間和代の著書によれば、家族・子ども向けと高齢者向けの公的支出が、先進国の中で異常に
少ない。また教育レベルが親の所得階層で決まってしまう社会になっているという。
保育園等の不完全さなどは、その最たるものであろう。だから子ども手当の丸投げで良いのか?
10代の若者の調査で、「今の日本は、努力すれば誰でも成功できる社会だと思うか?」という
質問に、そう思う:24.0%、そうは思わない:74.8%、答えない:1.2%だという。

子ども手当が支給されたら、この質問に対する答えが変わるだろうか?私は、No だと思う。
私は昨日、「偶像崇拝」という言葉を使ったが、勝間和代は、著書で「リスク管理」という
言葉を使って説明している内容と通じるところがある。

人間は、古来より、事故、病気、災害、飢饉などによって常に危機に曝されていた。だから
現世利益、来世救済を望み、宗教が盛んになった。しかし戦争に負けて惨めな結果になる。
それは間違った宗教(或いは支配者)を信じたからだと、「偶像崇拝」を排斥した。
段々、世の中の蓄積によって、余裕が出来、科学が発達し、民主的資本主義の世の中になる。
そこで国家によって行われるリスク管理は近代化当初は先進国がリスクを他国に押し付ける
即ち、他国の富を吸い上げるという形でリスクは管理された。しかし後進国も豊かになる。
金融危機はリスクが最早、どこにも押付けられなくなった事を物語っているのである。
既に、昭和初期(1920代前半)に経験したにもかかわらず、その後戦争等で大量浪費したため
また“ババ抜き”を始め、“ババ”をタライ回しにしていた。

これは、国家の「リスク管理」を過信、即ち「偶像崇拝」していたからではないか?個人が
「リスク」を避ければ避ける程、「偶像崇拝」に陥る。国家や組織を過信してはならない。
従って、個人は引き受けるべきリスクは負わねばならない。大きな政府は、共産国のような
一部の人間のみが肥え太り、滅亡へと導く社会になる。国家・政府の大きさは国民と分かち
合って適正に受け持つ「リスク」に見合った大きさでいいのではないか? 如何なものか。
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小沢民主党 [社会]

朝日新聞は、2009.12.21から今日まで3回にわたり「小沢民主党」という記事を掲載した。
その中でも注目すべきは、“「小沢色」へ純化路線”と題した今日の記事である。
その中で、小沢の手法を、その歩みから「勢力拡大」と「純化路線」の繰返しと分析している。
その上で、次のサイクルは「純化路線」だというのである。小沢色一色に染め上げて、さらに
「小沢色」の政策を実現していくというのだ。

私が最も恐れている集団主義による‘理想の追求’という、「偶像崇拝」の復活なのか?
日本では、「偶像崇拝」を神や仏の似姿を拝むこと、という程度の事と思っている人が多い。
そうではなくて、リアリティのない理想を求めて、権力者のいうことを信じることなのである。
要するに、「偶像崇拝」の禁止は、民衆が悪い権力者に騙されて、多くの人々が苦しめられる
ことを戒めているのである。ついでに、自由とは「偶像崇拝」からの解放である。

そこで、一番難しいのは、悪い権力者かどうか?を見分けることである。それを容易に見分け
られれば、「偶像崇拝」をしなくて済む。ところが、ナチスドイツが、ヒトラーに率いられ
大日本帝国が天皇の名による軍隊に率いられて第二次世界大戦に突入したのも、「偶像崇拝」の
なせる技なのだ。関与した多くの人は、いろいろな事情・理由があって、事態をリアルに把握
できなかった。特に集団主義の場合、特定の悪者などいないのかもしれない。

私は小沢幹事長を悪い権力者等というつもりはない。ただ、彼のやり方が「偶像崇拝」を生出す
土壌に事欠かないと思うだけである。彼は自分に反対する人間を決して許さない閉鎖的人間?
名君は忠言を受け入れるという。自分が絶対的に正しいと思っているフシがありはしないか?
毎朝、「朝礼」をして小沢チルドレンを鍛え上げるという。また小沢チルドレンは党内・反小沢
に関する情報収集も担っているスパイにもなるという。まるで党内の秘密警察組織である。
勿論、このようなことは、日本の組織なら何処にでもある話しで珍しくもない。普通の場合は
この種のグループはいろいろな理由で、社会的な問題に成る程、強大化しない。
であるにもかかわらず、何故、恐れるのか? それは、民主党は国民から大きな期待を寄せられ
小沢は今やその権力の中枢にいる。そして小沢が「偶像崇拝」を生み出し易い運営手法を採用し
ているからである。だから小沢がヒトラーの如く尊敬され、民主党が大日本帝国軍隊のように
虚像の‘理想’に突き進むようになるのではないかと思うのである。人間の自由とは難しい。
幾重にも幾重にも、「偶像崇拝」の罠から解放されねばならない。如何なものか。
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核密約問題 [社会]

核密約問題は’09-09-21のブログ 「敬老と核密約」や、’09-11-21のブログ 「続・たこ壷型社会」
でもとり上げ、民主党が何故、今(この忙しい時に)、40年も前の事を、内密にではなく
大上段に振りかぶって問題にするのか?疑問を呈してきた。その理由を再考してみよう。

先ず、“核密約” とは、有事の際の事前協議を反故にしているというのである。
佐藤元首相は、1972年に沖縄を本土並みの核装備なしの原則で返還を達成した。従って
その後の沖縄では、有事の際の事前協議という60年安保における取決め、即ち有事の際の
核持込は事前協議される事になる。“核密約”は、有事の際の事前協議を反故にしている?
本当にそうなのか?そこで「核密約文書(今朝新聞掲載)」の該当部分を抜書きすると
“米国政府は、重大な緊急事態が起きた際、日本政府との事前協議を経て、核兵器の沖縄への
再持込と沖縄を通過させる権利を必要とするであろう。米国政府はその場合に、好意的な
回答を受けられるものと期待する。・・・・・”、となっている。

この「核密約文書」を読む限り、‘日本政府との事前協議を経て’と書いてあり事前協議の
申出がなければ核兵器の持込は無いと考えるしかない。どう考えても私には密約という程の
代物でもない様な気がする。これは正に北朝鮮、中国、ロシア等に対して密約がありそうだと
フェイントをかけた米国の‘政治的なパフォーマンス’?「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の類?
別の視点では、今回発見された核密約文書は、日本の憲法上、外交文書に相当するのか?
この文書は、国会で承認されたわけでも、天皇の認証を受けた訳でもなかろう。いわば
ニクソンと佐藤栄作の個人契約で、国として責任を負うべき筋のものではないだろう?
この文書は、事前協議を空洞化したのではなく、何の効力もない反故同然の代物だろう?

そこで、こんなものを探し出して大騒ぎする人物の顔を良く観察し覚えておく必要がある。
愚にもつかぬ、三文の値打ちもないものを高値のように扱うのは、高値で買う人が居るから?
元々、核密約騒動を起こした人々は、北朝鮮・中国等と関係の深い人々だった?
政権交代後100日経たぬ間にマニフェストにない「核密約文書の暴露」の必要がどこにあるか?
小沢幹事長は中国に急接近している。副主席の天皇会見だけでは手土産が少ないだろう。
にもかかわらず、あそこまで歓待してくれるには、それなりの手土産も必要になる。幽霊も
正体が分からねば恐ろしい。恐れていた国は核密約が「虚像」でもそれはそれで価値がある。
しかし米国側からみたらどうか?同盟国日本の背信行為にみえないか?如何なものか。
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民主党支持率 [社会]

夕方、散歩から帰宅してウガイをしに洗面所に入ったら‘柚子’が置いてあった。今日は冬至。
これから日照時間も長くなるというのに寒さは更に厳しくなる。自然の「時間遅れ」現象だ。
人間社会にも、「時間遅れ」現象は付き物か?

鳩山首相が、「子ども手当 所得制限なし」を表明した。暫定税率分は公約変更になったが、
首相としての意地を見せたということだろう。が、何か、シナリオに沿った猿芝居のような?
鳩山内閣支持率急落で、やはり、「子ども手当 所得制限なし」は止む無しか?

昨日の鳩山内閣支持率、および政党支持率の前回と今回の分析によると、次のようになる。
◎ 鳩山内閣全体支持率:62%→48% その差:14%。 政党支持別の鳩山内閣支持率は
政党毎の支持率では、民主党:92%→87%、自民党:24%→13%、無党派:39%→24%
◎ 政党支持率では、民主党:46%→42%、自民党:14%→18%、無党派:28→31
このような結果を見ると、昔の自民党政権時代と同様に、民主党内での政権たらい回しの
構図が明らかである。「渡る世間は鬼ばかり」の脚本家・橋田寿賀子が、自民党のやり方に
(長年連れ添った旦那に愛想がつきるように)不満を感じ、岡田克也などの外見で、民主党に
肩入れする気持を代弁していた。

今日の朝日新聞によると、民主党の全体支持率は42%だが、女性高齢者支持率が高い事が
民主党の支持が根強いのではないかと告げている。そこで、新聞の支持率をベースに、
2007.10.01の年齢別人口資料を用いて、50代、60代、70以上の支持者数を計算した。
何と、有権者総数:1億人強の52%が、50歳代以上で占められている。
そして、男女合わせて50歳代以上の人口の47%が、民主党を支持している事になった。
それは、有権者1億人強の42%の民主党支持者の内、58%が50歳代以上という計算になる。

50歳代以上の民主党支持者の中には、天皇陛下のカレンダーを用いているような方々も多い?
最早、区々の政策論争ではなく、相当に根深く高齢者への民主党の宣伝が行き届いていると
いわざるを得ない。政策論争で戦おう等とうそぶき、自民党の目をくらましている間に、チャッカリ
高齢化社会は高齢者を狙え!小沢幹事長の高齢者狙い選挙戦略は大成功だという事だろう。
自民党は国政に奔走したためか?橋田寿賀子女史の指摘するような‘御茶屋’通いにうつつを
抜かしていたか知らないが、この「時間遅れ」はキツいのではなかろうか?如何なものか。
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内閣支持率 [社会]

今日は昨日よりも朝の室温が1.5℃ばかり緩んだ。これから極寒に向かっている時期とはいえ
寒暖を繰り返しながら、ゆっくり冷え込むから身体も慣れてくるのだろう。
若い頃は過激な変化を好む傾向があるが、年を取るとゆっくりした変化が一番いいと思う。

日本では、人の目、人の意見が自己の行動を決める重要な要素である。
しかし現代では何時の間にか、真の意味での個人主義ではなく、偽の個人主義、どちらかと
いえば利己主義になったために、人によっては物事の本質に気付きにくい構造になっている。
従って、物事の本質を掴むために、人の目、人の意見から学ぶことさえ出来なくなる?
勝間和代は著書の中で、“選択しなければ本質は掴めない”、“自分の軸を確立する”等を
主張しているが、このような「How To」モノが流行するのも、その現れではなかろうか?

今朝の新聞に出ていた「鳩山内閣支持率 急落48%」について、いろんな見方があると思うが
私にとっては従来書き連ねてきた、滅亡へのシナリオの一部に過ぎない。それは何故か?
その理由は、民主党支持率は下がったといえ、なお高水準で、自民党支持率はパッとしない。
ということは、民衆の民主党への期待はまだまだ熱いものがあるという事である。

今回の鳩山内閣支持率低下の分析を見ても、どの政策、或いは変更が問題だったのか?
具体的なものは見えてこない。それで、“鳩山個人の指導力”ということになりそうである。
個々の政策に関して国民は甲論乙駁、十人十色の意見があり、所詮は‘同床異夢’でしかない。
こういう無責任な民主党人気が、昭和初期(1920年代)からの軍隊人気に通じる恐れがある。
あの頃の軍隊の暴走も、戦争に勝っていれば全て正義という事になるのだろうか?

いま、日本を省みて、民主党に何を求めているのだろうか?社会の革新、政治の革新という
錦の御旗で、「平成維新」を期待しているが、それは「昭和維新」と同類ではないか?
偽メール問題以降、まだまだ体制をはじめ様々なことが準備不足であるにもかかわらず、
小沢前代表の最後のチャンスという事で、偽装献金問題にもめげず戦った。自民党の自滅で
相当いい加減なマニフェストを掲げても衆議院選挙に勝ったというだけではないのか?

どのような本質的な思想があるのか?この儘だと小沢軍団が膨張し、小沢軍団の暴走によって
日本は、社会制度も、政治制度も、世界的信頼関係も壊滅的打撃を受ける?如何なものか。
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続・私の健康管理 [大家族]

今日も冷え込んだ一日だった。洗面所に置いてある温度計は今シーズン最低の6.5℃だった。
昨日書き忘れた乾布摩擦(2009-01-24のブログ「私的儀式」参照)は、その後も継続している。
今朝は頑張って14分間パンツ1枚の裸で頑張った。洗面所は半坪程度で密室状態だったから
その間に温度計は約1℃上昇した。人間1人の発散するエネルギーは結構目に見える?

この「私的儀式」は、健康法なのか?良く分からない。
今日、たまたま手に取った中村天風著昭和22年(1947)発行「真人生の探求」という本の中に
“感冒撃退の方法”という項目があって、60年前の感冒対策とはどんなものか?略読した。
内容は常識的で、感冒にかかる因子として、暴飲暴食、栄養不良、過労、運動不足、不眠などを
挙げていた。ただ、普通と違ったのは、‘冷えることに慣れる’ことを推奨している処である。
「私的儀式」の乾布摩擦も、天風先生の教えだったと思うから、これも‘冷えることに慣れる’訓練
と考えるべきなのかもしれない。最近の子どもは昔に比べて薄着が多くなっているようだ。
新型インフルエンザの流行に伴って、最近は極端な薄着は見かけなくなったが、普段、薄着で
過ごしている子どもと、そうでない子どもに、感冒感染の有意差があるのかどうか?

上記の天風の本にはいい事が書いてある。人間には生来備わった“潜在能力”があって、健康を
維持できるのだと書いてある。天風さん自身は昭和43年(1968)に92歳で天寿を全うされたが、
30歳(明治39年:1906)の時に、戦前は不治の病といわれた結核に侵されて大変苦労された人
だから重みがある。結核になった後、天風は、アメリカ、ヨーロッパを巡り、それでも自分が救われ
ないことを知って日本に帰国することを決意する。その帰国途上で運命の人と出会い、ヒマラヤ山
の麓で悟りを開いたらしい。そこを去ったのが大正2年(1913)頃のことという。

上記の本は「真人生の探求」という書名であるが、内容のほとんどが精神と肉体の生命の法則を
論じている。いわば健康管理の本のような内容になっている。健康管理=真人生の探求?
品質管理や環境管理のISO-9000やISO-14000等のISOマネジメント規格のことを思い出した。
それらの規格も管理の仕方ばかり書いていて、品質管理や環境管理の目的は抽象的にしか触れ
られていない。これらの規格は、各企業・組織が果たすべき真の使命をまじめに考えるように
なるためのやり方を指し示しているのである。「真人生の探求」という本も、真人生を探求できる
ように、その基盤を指導してくれているのだ。日本企業が、ISOマネジメント規格を導入する時に、
金儲けと異なる‘真の使命’を探求しようとしているか?如何なものか。
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私の健康管理 [大家族]

DSC08555.JPG3日ほど前から冷え込みがきつくなり、今日も晴れたが冷たい風が強く吹いて、スロージョギングをしても汗をかくところまではいかないのも連日と同様である。今日はスロージョギングを再開して4旬目に突入した。昨日までの
1ヶ月間の通算成績は、21/30=0.700 今日、写真のNHK「ためして
ガッテン」2009-2010 vol.5を買ってきて、改めてスロージョギングの勉強を
し直し、いよいよスロージョギング 本格再開を宣言しようと思い立った。

それから、今までの私の‘健康法’を‘健康管理’に改めようと決意した。
どこが違うか?難しくいえば、品質管理で有名なデミング博士の“PDS”サイクルという考え方を導入する、ということになる。従来もそれなりに結果を検証していた。例えば、ゴルフの飛距離が落ちて、筋トレを導入するなどである。しかし、今年の大きな失敗は、スロージョギングの挫折だった。具体的に健康的障害を来たしたわけではなかったが、健康管理という面では、やはりミスであったと気づいた。健康法を取り入れるのは良いが、無理をしてはいけない。健康法を生かすためには、無理をしない歯止めが必要であり、やはり簡単なものでも、管理という考え方を意識的に取り入れることが大切だと思う。

◎ 健康のPlan(目標・目的)を何にするか?従来、寿命延長が目的ではないと言っていたが
明確にはなっていなかった。“PDS”サイクルの考え方は、究極の目標ではなく、暫定的な目標を
掲げる事によって、徐々に真実の目標に近づいていくということだから、当面の目標は、
1.父親の年を越すこと。2.ボケを防止すること。3.普通の生活能力を維持すること。
  と設定しておきたいと思う。
◎ 健康のDo(目標達成の手段:健康法)
1.食後・間食後の歯磨き。2.毎日1万歩、又は一週間7万歩。3.筋トレ、実施率50%以上
4.スロージョギング、実施率50%以上。5.ゴルフ素振り、アプローチ、練習場等で、実施率30%以上
◎ 健康のSee(目標達成、健康法の実施状況の検証)
1.健康診断(内科、歯科)。2.健康法の実施率の達成状況チェック、万歩;1週間、其の他:半月?

年末は何かと忙しいが、上記を基に予行演習をして、新年から本格稼動させようと思っている。
何事も無理は禁物。目標に照らして健康法の実施率も柔軟に変更していきたい。如何なものか。
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来年の夢 [希望]

今日は師走の風物詩・羽子板市の日である。もう何十年も前になるが、娘のためにと思って浅草の羽子板市で羽子板を買ったことがあった。残念ながら子ども達の時代はそういう習慣が廃れてしまったのか、羽子板は飾物の儘だった。私の幼い頃は、正月は男でも羽根つきをしたものだ。
我が家には姉が持っていた立派な羽子板があったが、年と共に人形などの装飾品がとれていき、最後にはほとんど杉の板だけになった。安物の固い板の物よりも軽くて当りが柔らかで、最後まで使っていた。今も懐かしい正月の思い出である。今も羽子板市が盛んらしいが羽根つきは健在なのだろうか?

正月の遊びの事から、ふと来年のことを思った。私の子どもの頃は、「来年のことを言うと鬼が笑う」とよくいわれたものである。我が家には、“今を大切にする”という気風があった様に思う。私は幼い頃は夢想家だったのか?或いは第二次世界大戦という苦難を体験して、先のことに過大な期待をかけても世の中どうなるか分からないという思いがあったのか?私が今まであまり未来に期待をかけなかったのは、そういった生い立ちが影響していた??・・どうもウソっぽい?

それでなくともこの年になると未来の夢を語る程の内容はないのだが、週刊朝日2009.12.25号の「18歳石川遼 最年少賞金王 快挙支える父の長期戦略」(畑中謙一郎)を読んで、久しぶりに‘明るい希望’を持つことができた。それは、石川勝美・遼父子が、二人三脚でトテツもない目標に向かって着実に進展していることが伝わってきたからである。

どんな世界にも、世界一になる人がいる。誰かが宝くじに当たるのと同じようなものだと思う。
宝くじ3億円に当たる事も、何かで世界一になる事も、誰かは必ずそうなるのだから、別に特別の事とも思わない。タイガーウッズもゴルフは素晴らしいが、女性問題というゴシップもある。
“結果がすべて”というが、私は結果ではなく、プロセスだと思っている。
石川父子の素晴らしさは、石川遼の夢に向かっての現在進行形のプロセスである。
今年6月のミズノオープンよみうりクラシックで、5打差の首位で迎えた最終日12番ホールティーショットを
連続OBとした。その次もドライバーで打ち、危うくOBになりかけ、2位と並ばれだ。結果的には優勝したがプロの常識ではないかもしれない。記者が「(あの時のことで)遼を怒ったか?」との質問への父親の答えが、「いえいえ、3球目も(ドライバーで)よくぞ打ったと褒めてやります」だった。
或る時、父親の勝美さんは、「普通のことをやっていてはだめなんです。私と遼はね、大魚をつろうとしているんですよ」とつぶやいたらしい。 実に夢のある話ではないか?如何なものか。
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