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無事是好日 [歴史]

今日は年に二度の大はらいの日である。昔、日本古代史に興味を持ち、調べていた時に、
昔の日本では年に二回年を取る習慣があったという。もしもそうだとすれば、年に二回の
大はらいの日が、さしずめ、加齢の門であったのではなかろうか。
古代日本には、現代では考えられないような高齢者(例えば200歳)の記録がある。
しかし年に二度、年を取るならば、230歳位までは一応納得がいった、という憶えがある。
兎も角、大はらいの儀式は公的なものであり、日本的には大きな意味があったのだろう。

さて西川社長の件でまだ新聞やテレビでゴタゴタ言っているが、その中で聞き捨てできない主張を耳にしたので反論しておく。聞き捨てならない主張とは「郵政民営化のスピードをもっと上げるべきで、基本設計が良くない」、「西川社長を始め、郵政民営化で苦労してきた人々の事を、既得権者とグルになって郵政民営化を遅らせて甘い汁を吸う」 というものである。

郵政民営化の進め方に様々なイチャモンを付けて、郵政民営化を骨抜きにしようとしたのは
民主党はじめ野党であり、また自民党の郵政民営化反対の抵抗勢力である。
一般民衆は、もう一度郵政民営化の時のことを思い出してもらいたい。参議院で野党がゴリ押しをして衆議院解散してまで通した議案である。民衆はそれをまるで忘れて、ご都合主義の
既得権者とグルになって、郵政民営化を潰そうとしている勢力にノセラレてしまうのか。
あの当時の民衆は、夢遊病者のように踊らされただけだというのか?

聞き捨てならぬ主張をする人々は恥ずかしげもなく声高にいう。“民営化のスピードが遅い”
“既得権者とつるんでいるのだろう”と。日本郵政社員の中に、大勢の既得権者がいる。
そう簡単には民営化を進められない。西川社長のガバナンスを云々するが、他に誰が社長に
なれば、民営化をスムーズに進められるのか?結局、民営化阻止のための野次に過ぎない。

100年に一度の危機といって、湯水のごとく金を使い、骨太の基本方針さえ危うい。
有権者は、その場、その場での無責任な対応だけをしている野党を良く見極めて欲しい。
確かに、民主党にも素晴らしい人々はいる。しかし呉越同舟。自民党よりも問題である。
今の政党の中で、まだ信頼がおけるのは自民党ではなかろうか?あ○う、○とや○などの
郵政民営化反対の連中を切捨て、郵政民営化自民党は堂々と戦って欲しい。如何なものか。

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石川遼090628 [希望]

今日は石川遼がミズノオープンよみうりクラシック、兵庫・よみうりCC(7130ヤード、パー72)で、単独トップ、最終組で回るというので録画を撮っていた。今までも録画して期待外れの事も多かったし、余り期待していた訳ではなかった。午後からスロージョギング(Slow-Jogging)兼、散歩をして帰宅したのが15:40,50頃。テレビの放送時間は15:00~16:25なので早速スイッチ・オン すると、何と石川遼が17ホール目で単独トップに立っているというではないか!

しかし段々と落着いて見ていると、スコアが前日終了時に比べてえらく低いようである。
みんな、遼の雰囲気に飲まれて総崩れしたとしか思えなかった。
次第に最終日の展開の様子が分ってきた。最も強敵かと思われたマークセン(タイ)が、
今まで見せたこともないような崩れ方をしてしまった。また韓国のホープ・金亨成も
今ひとつ伸び悩んでいた。そして石川遼自身、12番、ティーショットでOBを連発。何と
我々と変らない5オーバー (ミドルホールで9打) で、10アンダーまで一時落ち、金や
スメイル(ニュージーランド)と並んだという。

兎も角テレビ放送で石川遼の優勝を確認した上で、今度は自分のゴルフ練習で汗をかく。
今までサボって下手なゴルフを今頃うまくなりたいと思う。しかし今までのツケは大きい。
最早多くを期待できず、この先、現状維持ができればオンの字と思う。しかしだからこそ
まだ伸び代のある間に少しでも上達したいと考えている。金をかけず時間もそれ程かけず
達成したいのだから欲が深い。庭先でのアプローチ練習は明るい未来を予感させてくれる。
20090628遼.jpg
練習を終え、ひとっ風呂浴びて、妻の手料理で冷えた恵比寿ビールを
飲みながら録画観戦。石川遼の優勝が確定している録画をジックリと
観るのは至福のときである。放送は13番からで、12番のリプレイが
簡単だったのは少し残念だった。16番ロングホールのグリーンエッジ
ラフからのチップインバーディは圧巻だった。ポールの芯に当りストン
と落ちたが当たっていなければオーバーしてバーディも難しかったか
もしれない。此処でほぼ流れが決まったような感じがした。18番の
優勝を決めるパットも見ごたえがあった。沢山のギャラリーが固唾を呑む静寂の中、無心に芝芽を読む遼は千両役者に見えた。写真は最終ホール、バーディで優勝を決めた石川遼の雄姿。

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盤龍 [歴史]

万歩記録も昨日で週間目標は通過した。スロージョギング(Slow-Jogging)については、
昨日、今日とお休み。9日間休み無しに継続したが、膝に違和感があって少し休むことにした。
天地創造の神も日曜日には休んだという。全体的に疲れ気味で、筋トレも休もうと思う。
何も課題もないのでぶらりと妻と二人、井山宝福寺に出かけた。

宝福寺はもと天台宗の古刹で千有余年を経た古道場である。始祖は日輪大阿じゃ梨。後堀河天皇の御代・貞永元年(1232)に鈍庵和尚が新たに現在の地に伽藍を建てたものが宝福寺である。当時、栄西禅師が臨済宗を支那から将来され、数年後、九条道家の願いによって円爾弁円(聖一国師)が東福寺に出世され、禅風は天下に普及した。この時、鈍庵も上洛して弁円について修業し、井山を禅林に改宗した。
DSC090627三重塔.JPG090627_132703_M.jpg
寺内最古の建物といわれる三重塔は、寺伝によれば弘長二年(1262)、北条時頼公が巡国の際、建立されたと伝えられている。しかし昭和44年(1969)解体修理され、永和二年(1376)建立と記録されている。また今からおよそ540年前に、画聖・雪舟が12歳で当山に入門し修業の際、絵ばかり書いて、その業を怠り、住職がいましめのために本堂のお寺に縛り付けたところ、落ちる涙で板敷にねずみの絵をかいて、そのねずみが生きているように見えたので、住職はすっかり感心して絵の修業を許したという。最初の写真は、宝福寺三重塔、次の写真は少年時代の雪舟がねずみを足の指で描いている銅像の写真
DSC090627盤龍.JPG
左の写真は、宝福寺・仏殿(法堂:はっとう ともいう)の天井に描かれている絵。250年前に描かれた“盤龍(ぐるぐる巡る龍)”直径6メートル。当初夜々白蓮池の水を呑んでいた。里人が恐れたので、これを封じたと伝えられる。俗に「水呑みの龍」と呼ばれている。

禅宗の発展期は親鸞や日蓮が活躍する時代、蒙古来襲、そして建武の中興と南北朝時代に重なって深く関わっていた様である。禅宗や当時の新興の宗教が様々な意味で政治に深く関わっていた時代。そんな視点でもう一度この辺の歴史を見直すのも面白いだろう。如何なものか。

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親戚来訪 [大家族]

今日は前から予定されていた身内の来訪する日である。朝から妻も張り切って迎えに行った。
初めての来訪なので、一通り狭い我が家の中を案内し、お茶を飲みながら談笑・記念写真等。
初めての倉敷訪問ということで、そこそこにして、美観地区・大原美術館鑑賞にでかけた。
音声ガイドを借りて、大原美術館本館をはじめ、工芸館、東洋館をじっくりと鑑賞した。
といっても時間的には1時間半そこそこしか時間をかけられなかった。客人はオイソガ氏。
予約していた昼食をとって、今度は分館を見て回る。

今日の夕方から日曜日の夜まで缶詰状態の仕事に入るという予定だからあわただしい。
分館の見物もそこそこに、美観地区の風景写真の撮影を兼ねて、急ぎ足で見物しながら
帰宅時の土産物を何にしたら良いか等の算段を妻と相談しながら、一方では、土産にしたい
備前焼を見て回る。あれやこれや見繕い結局三点ばかりを宅急便仕立てで送る事になった。
もう残り時間はわずかとなった所で、児島虎次郎記念館に飛込み駆け足鑑賞。

無事、定刻前に仕事場まで送り届けてお開きとなった。忙しかったが充実した時間だった。
7年前に当地に再び戻って以来、今回のような、親戚・知人の案内で美術館めぐりを何度も
経験しているが、改めて、美観地区の一連の美術館、工芸館、東洋館などの内容の重さを
ズッシリと感じ取った。毎回客人の都合で駆け足鑑賞になってしまうが、かと言って、普段
一日かけて見ようと思うことはなかったが、今後はそんな時間を持ってみたいと思う。

今回の客人は、芸術関係者であり、歓談の場面で色々と刺激になる話が聴けた。
そこで、一番感じた事は、やはり芸術は感覚的・直感的に感じる事が大切なのだと思った。
私等は美術館を一日掛けて鑑賞するなら、その前にもっと美術・芸術に関する勉強をしなければならないと思う。しかしそういう考え方は、芸術の分野では良くないようだ。
客人は美術館の絵画を自宅に掛けたいかどうか?と見る。私には想像も及ばなかった視点だ。
私なら、美術館の絵画は安くとも数百万するだろう。だから掛けたくても掛けられない。
と考える。芸術は、真贋以前に何か直感的なものを感じることに大きな意味があるのかもしれない。だから、私などから見たら贋作に騙される人の気が知れないが、芸術を愛する人には致し方ないことなのかも知れない。芸術には、直感・感覚が一番重要?直感・感覚以前に、理性が介入する事は、すでに芸術ではなくなるという事か?如何なものか。

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孫達の近況 [大家族]

今日も元気にスロージョギング(Slow-Jogging)、開始して9日間、休み無しに継続。
若干、足(フクラハギ、膝頭)に違和感が出てきた。疲れが溜まってきたのかも知れない。
先日、娘と電話していたら、昔、妻と散歩していた私が妻の歩くスピードに合わせ蛇行して
チョコチョコ走りをしていたね!と言っていた。そういえばそんなこともあったね!
あの頃は、それでも余裕で走っていた。そんなことを妻と話しながら、妻の歩くのに合わせて
チョコチョコとSlow-Jogging。ただし昔のように蛇行するのではなく直線走行である。

丁度、妻が関東方面に孫たちに会いに行った日から開始したことになる。
そして妻は、昨日ご帰館だから、Slow-Joggingへの付き合いははじめてということになる。
妻の歩くスピードに合わせてSlow-Joggingするとスピードを出しすぎる心配がない。
その点、楽だが、昔のように蛇行するだけの余裕がなくなった。

コウタロが、カリヨン(音楽教室)の発表演奏会で合唱のソロを堂々と歌い上げたそうである。
コウタロは、サッカーもやっており、演奏会前後はサッカーの試合でもあり、両方とも立派に
やり遂げた。演奏会はサッカーのユニホーム姿だったという。
Kotoは、バーバに好きなテレビを見ていいよ!と盛んに勧めてくれるが、実はバーバが見る
テレビに興味津々らしい。Kotoの家庭は子供の時間は、子供番組または野球、サッカー等の
スポーツ番組等、真面目番組ばかりらしい。Kotoもだんだんと大人びてきたものである。

Ryuも、野球ではキャプテンで大活躍、水泳、英語など習い事も多い。日能研にも通っている。
優秀らしいが成績が下がったらしい。日能研は成績が下がると教室まで変ってしまう。
私立中学を狙はない子は体裁が悪いからやめる子も多い。Ryuも私立中学狙いではない?
妻いわく、Ryuも止めるのかと思ったら、頑張ってまた巻き返したという。
頭のさえるNatsumiは、小学2年のコウタロが、最近、勉強が面白くない様子をみて、
“コウタロ、1,2年の時には私も勉強が面白くなかった。だけどね辛抱してコツコツ宿題等も
真面目にやっていると、その内に私のように面白くなってくるのよ!わかった!”と
言い聞かせたという。コウタロもなるほど!と納得したらしい。Harukaは忙しくて情報なし。
孫達はそれぞれに頑張って、ドンドン成長している。私も負けずに頑張るゾ! 
60,70洟垂れ小僧というではないか。如何なものか。

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小沢と西川・2 [社会]

今日の新聞に、“首相 なし崩し容認 検証 西川氏続投”という7段抜きの記事があった。
世論におもねる論調は気に入らないが「暗躍した続投派」という副題にどんな暗躍があったのか
気になって読んでみた。暗躍した続投派人物の名前はわずか二名、竹中平蔵・元総務相と
菅義偉自民党選挙対策副委員長だけだった。
一方、西川続投は郵政民営化の継続とみる、反対派の郵政族議員は、山口俊一首相補佐官や
川崎二郎・元厚生労働相ら十数人が「喧嘩両成敗」と称して西川更迭を迫ったという。

この記事を読むと西川氏更迭の理由は非常に曖昧なことが分った。佐藤総務相は西川氏が辞任
せざるを得ないような日本郵政の法令違反を徹底調査したが何も見当たらなかったという。
小沢前民主党代表と比較すると分り易い。小沢氏には政治資金規正法違反に関する重大な嫌疑
がかかっている。一方、西川氏にはそういった嫌疑はいささかもないということである。
小沢氏と民主党は検察当局の陰謀説を主張する。しかし検察は現実に裁判に持ち込み、
証言まで得ている。法律違反容疑がある事は明々白々な事実である。

それに引き換え西川氏には、嫌疑の“けの字”も見当たらない。「かんぽの宿」や「東京駅前の
文化遺産」等、西川社長には直接関係ない重箱の隅をほじくるような事をして、大臣の座まで
掛けて煽った問題は全く根拠のないものだった。西川氏も小沢氏同様にはめられたのである。
しかし西川氏は一度も前総務相が不当である等とは言わなかった?
大臣にすら文句を言わず、身の潔白を信じて耐え忍んだ西川氏は本当に立派だと思う。

だが、小沢氏と民主党は今なお検察当局の陰謀説を主張している。
こうやって小沢氏と西川氏の二人を比較対照していると、実に面白い事が分ってくる。
1つは、“弱い犬は吠える” 弱みのある人間ほど、弱みを隠そうとして吠えまくるのである。
2つ目は、民主政治における最大の欠陥“衆愚政治”の怖さである。衆愚政治とは、民衆が愚かだというのではない。真面目な民衆を煽って騙し、間違った意思決定で行われる扇動政治の事である。扇動政治の怖さは、表の扇動家だけでなく民衆の中に“さくら”として混じり、民衆に勘違いさせる裏の扇動者の目に見えない存在である。善良な民衆はそれに騙される。
人の意見を無批判に受け入れるのは危険である。それぞれの人が状況を考えて判断する様に
心掛ければ、扇動家もそうそう成果を得られないだろう。如何なものか。

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小沢と西川 [社会]

「日本郵政の西川社長続投」を首相が容認ということが今日の新聞の一面記事になった。
新聞によると、民主党は世論の批判を追い風に“西川氏続投”を批判するという。
それで思い出すのが、小沢前民主党代表の違法献金問題である。
6月20日の新聞の一面に、政治資金規正法違反(企業献金、他人名義献金)の罪に問われた
西松建設の前社長・国沢幹雄被告の初公判の記事が掲載されていた。詳細記事によると、
西松建設社員の調書で、遠野第2ダムの受注で確約があったとまで書いてあった。
また違法献金は1億2千万円、西松建設の公共工事受注額は59億円に上ったとある。

民主党や小沢前代表は繰り返し、検察を批判し、民主党の本件に関する調査委員会も、
検察批判も含め、“摘発金額が少ない”、“収賄の実質的要素がない”などと批判してきた。
しかし国民は小沢を問題にした。本件の報道を見る限り、国民の批判は正しいと思う。
検察を批判するというのは、いわばスポーツで審判に執拗に文句をつけることに等しい。
最近、イランの選挙で、敗北側が選挙管理委員会を非難していたが、いわばそれと同じレベルである。文明度が低いといわれても仕方がないのではなかろうか!

西川社長がなぜ世論の非難を浴びているのか?小沢前代表に比べて非常にその原因が不透明だと感じるのは私だけなのだろうか?何千億もかけて作った「かんぽの宿」を百億円で売り飛ばすのには、何かいかがわしい裏取引があるにちがいないという憶測が働いているのだろうか?
「かんぽの宿」の多くは、箱もの建設族が、自分たちの利益のために採算など考えないで、当時は資金が潤沢だった簡易保険福祉事業団とグルでやったイカサマ仕事である。どうしようもない二束三文の場所を高値で買い取らせ、その上建設費ばかり掛かる建物を作って私腹を肥やした後の廃棄物のようなものだ。そのような経緯に、西川社長がどんな係わりがあるというのか?

西川社長は、そんな簡易保険福祉事業団を含む郵政省の建直しに力を注いでくれている。
その西川社長を、小沢前代表と同じ穴の狢(むじな)と見なす日本人は何を望んでいるのか?
それにしても民主党が、世論を追い風に西川社長に反対することで、民主党の真実の姿が浮彫りにされてきた。「友愛」を目指すというのは、清濁併せ呑む昔の政治に先祖がえりするということのようだ。現代のイラン並みの文明レベルに退行したいという、退行願望の様である。
執拗な検察批判も、政権交代だけが目的の姿勢もそれで良く理解できた。如何なものか。

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魔法の運動・5 [大家族]

梅雨の鬱陶しい天気が続くが、昨日も今日もスロージョギング(Slow-Jogging)を継続。
06.16(火)からだから、丁度、今日まで7日間連続でSlow-Joggingを継続したことになる。
大腿部やフクラハギの張りも昨日には既に引いていたが、今日も同様に快調だった。
昨日、今日ともに、Slow-Joggingの実践時間は正味一時間程度だった。

“ためしてがってん”の番組では、Slow-Joggingをやっているときに、顔を上げて身も心も軽やかに!という前向きな気持を持つ事を勧めている。長く実践した人々が前向きな気持になって、
新しい挑戦をする様になった事を紹介しているが、私も何だかそんな気がしてきた。
小さなことだが、以前の散歩後は疲れていて、ゴルフの素振りやアプローチの練習をする気になれなかったが、このところ3度もSlow-Jogging帰宅後に素振りとアプローチ練習をした。

気持が前向きになるというのはどういうことなのか?よくわからない。
しかし頭の汗のかき方を観察したらSlow-Joggingを始めて最初に汗が滴り落ちるのは後頭部
その後、次第に側頭部もかき始める。そして最後に前頭部(目の上?)から汗が出始める。
前頭部から汗が出始めるのがSlow-Joggingを開始してから20分以上経った頃のように思う。
“ためしてがってん”によると、アメリカの研究で、高齢者が軽いジョギングを続けることで、萎縮していた脳の一部が大きくなることがわかったという。大きくなったのは、判断力・決断力に関わる「前帯状皮質」とワーキングメモリ(もの忘れ)に関わる「46野」だ。
日本の研究でも、ジョギングで、前頭前野の活性化につながることが明らかになったらしい。

Slow-JoggingとWalkingとの境界は何処にあるのか?という問題は、普通に歩いている状態から走る状態までを自分で実践してみると何となく分ってくる。
走る状態は足で地面を蹴って宙に浮いている瞬間がある。走りをゆっくりやるには限界がある。
歩く歩幅を狭くして、しかも歩くのと変らない速度を保つには、足の回転をそれだけ速くする。
すなわち、Slow-Joggingは、歩幅を狭めた分だけ、地面に押し付ける力を強くして足の回転速度を上げるのである。この足の回転速度を上げるために、歩くよりもエネルギーを使う。

昔から「早足」は健康にいいと言われている。Slow-Joggingはそれと似ている?但し、「早足」の詳細な情報はないが、Slow-Joggingは“ためしてがってん”の情報源がある。如何なものか。

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旧交だんだん [大家族]

今日は昨夜の飲みすぎか?何となく気分が優れなかった。仕事が終わった午後遅くゴルフの素振りなどをしていると体調が戻ってきたのか、少しスロージョギング(Slow-Jogging)をする気になった。“ためしてガッテン”でも、一日30分の実践でいいと言っている。気楽に始めた。
昨日以上に大腿部が張っているだけでなく、今日はフクラハギまで張ってきたが、ドンマイ!
今日で4日目の挑戦である。足がどうこういう割には快調に30分強をこなした。色々有るが、
Slow-Joggingをやってみて、この運動も欠かせないような気がしてきた。気楽に続けたい。

昨夜は昔の職場のOB集会だった。集会といっても色々で、こじんまりした20人程の会だった。
職場にも色々ある。昨夜の職場は、40年前から26年前まで勤めていた職場である。
その当時は、職場の平均年齢は低く、OB会をやるなど想像もできなかった。40年前の当時は、工場建設ラッシュで、私も臨時建設本部の一員として当地に赴任してきた。
当時、長女がまだ二歳にもなっていなかった。我々夫婦も若かった。高度成長期だった。希望にあふれていた。それから14年弱住んでいた。次女も長男もこの地で生れた。
その後、約20年、本社地区に転勤になり、大きな時代の波風に翻弄され無我夢中で勤め上げた。
老後をこの地で過ごすことを決心して再び帰ってきた。

若かった職場もそれなりに年を重ねて、OB会で20人も集まることができたのは嬉しい。
実に和やかな雰囲気で、一人一人の型通りの近況報告も実に興味深いものがあった。
他のOB会ならば、私など洟垂れ小僧扱いだが、この会では後輩の方が絶対的に多いので、話にまた違った興味がある。リウマチを患い、膝を悪くしている後輩が最近の心境を吐露したが、それは私などの先を遥かに追い越していた。苦労は人間を作るということなのだろう。
幹事の人達の努力も素晴らしいものがあった。元来この職場は、社内でも個人主義的雰囲気の色濃い職場だったが、幹事諸氏はボランティア精神を発揮し、素晴らしい会にしてくれた。

菜園に汗を流している人達には何時も感心させられるが、100坪もの農地を運営している後輩も居た。ご先祖から受け継いだ体力、知識を無駄にせず立派に活かしている。素晴らしい。岡山の果実をインターネットで販売している後輩も居た。地域に恩返しをするという発想が素晴らしい。高級品で高価らしいが、一度、使ってあげようかと思う。欠席した人たちの噂の中でも、地域の人気者、ボランティア的な仕事に一役かっている人など様々。頑張っている。如何なものか。

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魔法の運動・4 [大家族]

スロージョギング(Slow-Jogging)3日目の挑戦である。今日は朝から快晴。
3日目でチョッとした異変があった。膝(大腿部前面)に疲れが残っている感じなのだ。
そんなことを感じながら、家から10分地点・Oに向けてSlow-Jogging。何だか快調のよう!
地点・Oで時間経過を調べたら8分一寸、昨日に比べて早すぎたがどういうことか。
大腿部前面がやや凝っている感じではあるが、Slow-Joggingになれて来たのだろう。

大腿部前面が凝ったのは2日目ではなく3日目だったというのは、疲れの蓄積のせいなのか?
それとも高齢者特有の遅延現象なのだろうか?若い頃には疲れを翌日に持ち越す事などなかったが、最近は翌日どころか翌々日まで持ち越すということかもしれない。
いずれにしても、今日は前半の30分だけをSlow-Joggingに当てて、後半はWalkingにした。
今夜は会食があり、出かけなければならないからというのもSlow-Jogging短縮の理由である。

一日の内に両方を体験することによって、色々と気付くことがあった。背筋を伸ばし、顔を上げて身も心も軽やかに実践する事は、どちらにも共通する重要ポイントであることを実感した。
この背筋・顔(あご)・心の実践は、Walkingの方がやりやすかった。
Slow-Joggingでは、やはり運動量が多くきついためかややもすると顔を俯け心も萎えてくる。
従って背筋・顔(あご)・心の実践は、Slow-Jogging適切度を示す目安(指標)となる。
あごが下り、心が萎えた時はスピードを落すか休むかして心を健やかに立て直しましょう。

Walkingはやはり楽だ。汗の出方も違う。開始後、汗が出るまでの時間はSlow-Joggingの方が早く出てくるし、汗が耳の上から流れ落ちてくる。耳の中に入って来そうになる。
Walkingの場合は汗もゆっくり出てくるし、耳の後の方から流れ落ちる。耳に入る心配はない。
足もWalkingの方が楽である。Slow-Joggingの方が足を持ち上げる感覚があり、それだけ膝頭への衝撃も大きいと思われる。
“ためしてガッテン”ホームページのスロージョギングのポイントにも
ヒザに炎症のある方へのご注意として、「痛みが出るようなら行わないでください」 とある。

3日間、Slow-Joggingの実践を注意深くやってみた。河合隼雄さんが言う通り「二つよいことさてないものよ」 である。何事も相対的。自分に合わせ現状維持でヨシとする。如何なものか。

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