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建国記念日2009 [社会]

今日は建国記念日。制定の経緯については釈然としない。戦後の民主主義の世の中で、
今更、天皇の国でもなかろうにと思う。大人達は、次の世代に意義を説明できるのか?
ともあれ、我々は、日々、人民の人民による人民のための建国を心がけようではないか!

今朝の新聞で中谷巌(経済学者)の「構造改革路線の罪」という記事があった。
「自由放任競争主義」が、今回の金融危機を引き起こしたというのは認めるとしても、
自分が「自由放任競争主義」に心酔して旗を振ったから、小泉構造改革=自由放任競争主義と
決め付けるとは、学者にもあるまじき単純思考と言わざるを得ない。
その時、その時の権力に擦り寄る御用商人さながらの態度にはあきれてしまう。
しかもこのような提灯記事を晒して、時の権力者と結託して世論操作し庶民を惑わす手法は、
第二次世界大戦時に軍と結託してニセの情報を流して恥じなかった大衆新聞と同体質だ。
社会の公器を預かる身であるならば、贋物を識別できる鑑定眼が必須である。
分らなかった、知らなかったでは済まされないのである。

グローバル化=自由放任競争主義=規制緩和=構造改革=非正規社員=貧困層の拡大という
筋で構造改革路線を非難しているが、お粗末極まりない。グローバリゼーションには、様々な考え方や説があるが、それは人類の歴史を紐解く重要な視点であり、深い意味が宿されている。
R.ロバートソン著「グローバリゼーション」によると、グローバリゼーションとは、長い歴史の中で
育まれてきた「世界の秩序化」の概念であり、しかもそれは、同質性を強要するものではなく
多様性を推進するものなのである。

小泉郵政民営化構造改革の狙いは、情実と談合体質、官僚支配構造の改革であった。
日本の官僚支配構造がいかに不味いかは、第二次世界大戦前の軍隊組織や江戸時代末期の
藩幕体制を見れば分るであろう。そのお粗末さ加減は、様々な文献で明らかだ。複雑な利権が
絡み合って、身動きが取れなくなって、無能な上司、機能しない組織になってしまう。
小泉の構造改革は、そういう問題を解決するための手段に「規制緩和」を利用したのだ。
人間は不完全だから、小泉構造改革にも欠点はあるだろう。しかしその欠点をあげつらうだけでは、人民の人民による人民のための建国という本当の改革につながらない。小泉構造改革の
志を、人民の人民による人民のための建国に受け継ぐべきではなかろうか? 如何なものか。

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