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090131「だんだん」 [物語]

17_4茉奈翔吾.jpgNHK朝の連続テレビ小説「だんだん」も、4ヶ月目を終了し、2/3を経過した。 「だんだん」を見るようになった直接的理由は、舞台となる“京都”や“島根”が、珍しく放送開始直前の8月、9月に一人旅をした場所で、旅行気分を再度味わうという単純なものだった。

これまでの「あらすじ」をざっと振返ってみよう。
◎ 最初の10月は、めぐみとのぞみ(茉奈・佳奈)の出雲大社での運命的な出会いと過去の秘密の暴露・葛藤、そして双子姉妹は同じ屋根の下(祇園)で暮らすようになる。
◎ 11月は、めぐみとのぞみと石橋(山口翔吾)との三角関係、そして過去の秘密を知っためぐみの弟・健太郎(木咲直人)の反発。 のぞみは“黒髪”が舞えなくなる。 それやこれやで行き詰った父・忠(吉田栄作)はボクシングに再チャレンジすることになる。
◎ 12月は、忠のボクシングの試合と、それを見た夢花・のぞみ(三倉佳奈)が、芸妓にはならないことを宣言するという前半の最大の山場だった。 父・忠のボクシングの試合は子供たちに様々な影響を及ぼした。 ソロスの「再帰性」を思い起こすと、物語の奥行きが深まる。
◎ 1月は、“SJ”のデビュ&解散。石橋は退職、めぐみは介護福祉士、のぞみはソロシンガーとなる。私は12月19日ブログ「だんだんの今後」で、双子姉妹がプロ歌手の成功物語ではなく、人間としての成長物語かと予想したが、こんなに早くデュエット解散とは予測できなかった。

物見遊山のつもりで見ていた「だんだん」だが、早いテンポで様々な問題を提起するので、ついつい見入ってしまい大局を見失ったようだ。 目先の変化に惑わされていたが、この物語の作者の意図は、必ずしも主役の双子姉妹の物語ではないかもしれない。

今までの流れを振返ると、祇園の置屋で料亭「花むら」の女将・久乃(藤村志保)の予言(めぐみと共に生活することが夢花への悪影響となるのではないか)は、ほぼ的中している。
京都の老舗問屋 「一条」 は倒産寸前。 そこにIT社長の澤田(平岳大)という“ホリエモン”的人物も新たに登場する。 
石橋が医師になるのか? めぐみと石橋の恋は実るのか? 今後の展開が楽しみだ。


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寛容?不寛容? [希望]

今朝の朝刊で担任の体罰が一因で福岡市の中学生が自殺したという記事を読んだ。これと同様の事件が過去にも北九州市の小学校でも起き裁判沙汰になったという話もある。この様な事件には様々な要因が重なっており軽々に口を差し挟むべきではないが、未来を担う青少年の育成、命の尊さという重大な課題を内包した問題なので、私なりの意見を書き留めておいた。

私の視点は昨日の「不機嫌な時代」からの問題提起である。
近代日本のエリート文豪達が等しく「不機嫌」になったのは、精神の内面を深く見つめる職業だったからであり、その背景には、西洋との出会いによる文化ショックがあった。
それまでの日本は、儒教的倫理観で統一されてはいたが、現実の日常的な場面では、多神教的な(今で言えば多民族混合的な)多様な価値観を受容する風土があった。

文明開化後に西洋から伝来した文明は理性で固められた単一の価値観であった。
現実の場面では、何とかなっていくが、重要な部分で行き詰ることを文豪達は直感し、
「不機嫌」になったというのが、「不機嫌な時代」を読んだ私の感想である。
文豪達の直感通り、日本は“文明の衝突”から“武力の衝突”へ、敗戦への急坂を転がり落ちていった。 西洋の向こうを張って“天皇一神教”という不寛容な価値観を旗印にして。 

そして二度目の文明開化後、平和を希求し、汗と努力で経済的繁栄を成し遂げた。
江戸時代や明治維新から戦前までの多様な価値観の社会はお上ご一人(徳川将軍または天皇)という絶対権力、そして戦後は“アメリカ”という目標があって、現実の日常的な場面では、
一神教と多神教を使い分けてうまくやってきた。 と思っていた。
しかし現実の世の中を見ると、本当に一神教と多神教をうまく使い分けているのだろうか?

「体罰」は良くない。しかし小学生や中学生が体罰を理由に安易に自殺するのもおかしい。
これから多様な価値観を認める寛容な社会を目指す時代に、「体罰と自殺」 という問題は
価値観の多様性を共存させるということの “奥深さ” を思わせる。 
明治維新、第二次大戦、戦後の経済発展を経て、時は熟した。
文豪達が直感した「不機嫌」を直視し、深い思索に基づいた、分りやすい社会のあり方を明確にすべき時ではなかろうか? 如何なものか。

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不機嫌 [希望]

午後から天気が崩れるとの予報もあり、つかぬ間の休みとて、午前中から散歩に出た。
DSC090129不機嫌.JPG帰宅後、山崎正和著「不機嫌の時代」(写真)を読んだ。 随分前に
借りていたが数日前に図書館で、この本が貸出期限切だと注意された
やっと見つけ出して何とか、借出した目的だけは達成した。

読もうと思ったキッカケはNHKテレビ番組「私の一冊、日本の100冊」
だった。推薦者は丸谷才一氏。 彼の話を聞いて、これは私の年来の
テーマに役に立つのではないかと読み出したが、解説がまわりくどい
ので途中で挫折していた。
確かに、近代日本人の問題点を解明する手掛かりになった。

掻い摘んでポイントだけ書くと、
近代日本の暗い私小説に共通する“不機嫌な感情”は、実存哲学の“不安”とも通低するものがある。 しかしそこには大きな違いもある。 西洋は自我の目覚めによって、自分の個別的存在に “不安”を抱いたが、過去と未来のハザマとしての現在という足場は堅固だった。 だが、日本においては現在そのものが存在感を薄めてしまった。 結局自我の足場はあいまいなままだということになる。 近代日本の私小説は、そういう状況に陥った近代日本が、自らの “不機嫌な感情” を
浄化する場所だった。 だが風潮に負けて 「私小説」 は廃れてしまった。 
その結果が、現代日本人の感情生活を蝕んでいる。 ということになる。

このような視点に立つと、漱石の“心”において、先生が、昔の友人に対する贖罪のために自殺してしまうということの意味が理解できる。 先生は明治時代一級の知識人だった。だから罪の意識が日常的存在と個別的存在(実存)に分裂を生じてしまい、自殺せざるを得なかったのである。 漱石は、このように近代日本の “不機嫌な感情” を浄化するシミュレーションを様々に試み、
自身のいう “内発的開化” を発展させて行こうとしたのだろう。
日常的存在と個別的存在(実存)とを統合することに、上下、優劣があるかもしれないが、
それは自分でしか出来ない “内発的開化” であると思う。 如何なものか。

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青春とは [希望]

今日は素晴らしい青空の一日だった。 午前10時頃から15時頃まで、東西南北 見渡す限り
一点の雲もなく、空はあくまでも青く澄み渡っていた。 晴れの国とはいえこんな日も珍しい。
“空の青”からの連想で、『青春』というウルマンの詩のことを思い出し、私が所属している合唱団について最近感じていること、そして以前新聞で読んだ、横浜の某男声合唱団のことを思い出した。 横浜の男声合唱団の平均年齢は70歳代らしいが、団員は60名弱もいて、「若々しく、元気良く、楽しく」歌っていて、シニアコーラス・Tokyo・フェスティバルで優勝したこともあるという。

昨日のブログのコメントで、“人を変えるだけでは、一時良くなってもすぐにもとに戻ってしまう。
抜本的システムの改定が必要。” という意見があった。ご尤もな意見である。 
そういう見方もあるが、人の心のあり方とシステムの問題に関して、もう少し別の観点から見ることが出来ないか? と、今日の散歩中に考えていたことを少し述べてみたい。

私の所属合唱団のシステムを変更すれば横浜の男声合唱団の様に活性化されるかも知れない。
しかしそれで、既存の団員は幸せになれるのか?
コメントをくれた人は、大きな人間、素晴らしい指導者を待望して、皆が幸せになれるシステムの改革を求めているようだ。 確かにそういう人が現れればできるかもしれない。

私が例題として出した「合唱団」のような問題が、世間には充満している。
人のあり方もシステムも共に、人の問題である。指導者に依存するのも良いが、その前に自己の命が尽きるかもしれない。 指導者待望と共に、自らも努力するべきだと思う。

散歩の帰路、小学生数人が、楽しげに“じゃんけん”で進むゲームに興じていた。
それを見て思った。ウルマンは『青春』で、色々と青春を維持する方法を書いているが、
青春と共にある心とは、この小学生たちの心ではないか?
友と相親しむこと、身分や財産、地位や血筋などにまったくとらわれず、人と人が対等に相親しむこと、 このことに尽きるのではないか。 齢を重ね、たとえ周りの人間が対等に相親しむように
思えなくとも、疑ったり悩んだりしないで、勇気と信念とをもって、新しいことに挑戦して、
皆をその輪に引き込むことだ。 如何なものか。

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仁と義と [歴史]

緒方洪庵肖像.jpg午後16過散歩から帰宅し、やれ一休みとお茶しながらチャンネルを回したら、“その時歴史が動いた”の 「緒方洪庵・天然痘との闘い」 の再放送の後半をやっていた。 最近、この番組にご縁があるなぁ~という程度の気持で見ていたら引き込まれ最後まで見た。

洪庵は我が家から車で30分程度の岡山市足守で生れている。 
大阪で適塾を開き、福澤諭吉、橋本左内、大村益次郎など多くの
人材を育成した。 私にとって身近な人であると同時に、 福沢諭吉大大・・・大先生の先生で、大が幾つつくか分らない大先生である。

この番組を途中から見ていて心にとまったことが2つあった。
1つは、人材育成の仕方である。 塾で教えるのは外国語としてのオランダ語だけ。
それを如何に利用するかは弟子の自主性に任せたということ。
もう一つは、天然痘予防の活動を含めて、洪庵が生涯守り続けた自戒の言葉
「これただ仁術を旨とするのみ」という心構えであった。
種痘を広めるにあたって同志の医師達に次のように注意したという。
「病人の治療費が負担になることを考えなさい。命を助けてもその命をつなげていく
お金がなくなったら、治療は何の役にも立たないのだから」と。
「仁」という字は、人と二で、“二人が対等な関係で相親しむこと”をあらわすという。
洪庵は医者として患者と対するとき、いつも「仁」を忘れないように心がけたというのだ。 

今朝の読売新聞によると、橋下大阪府知事の就任1年後の支持率が82%の高率だったとの事。
私には予想もしていなかった高率である。 今回の結果が統計的に真かどうかの問題もあるが
この結果を踏まえて、私の感想を書き留めておこうと思う。
高い支持率である要因は、知事が 「義」を通そうとしている。(即ち、自らの「利」を見ていないということ)を、庶民が信じたい、信じようとしているからだ。
支持の理由の中で、“安定感” は5位に対し、不支持の理由の中で、“安定感” は2位。
“安定感” を高めるためには、一層の「義」を貫くと共に、「仁」の心を大切にして欲しい。
如何なものか。

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利と義と・2 [物語]

 朝晴れて 午後は時雨の 散歩かな
時雨は、降ってきたかな? と思えば止み、 やんだかなと思えばまた降り出す。
今日も午前中は晴れ渡っていたが、午後からは雲が出て、このところ毎日時雨(しぐれ)る。
芭蕉のしぐれを読んだ句は多い。 2句ばかり、拾ってみた。
○ 何処(いづく)しぐれ 傘を手にさげて 帰る僧  桃青 延宝8年(1680)37歳
 局部的に降る時雨の特性をサラリと押えた一句。
○ 宿かりて 名をなのらする 時雨かな  ばせを 元禄4年(1691)48歳
 時雨に会い旅の一夜を求め主の情けあるもてなしに慰められた。一会の記念にという頼みに
 応じて詠んだという意味の前書がある。
旅に生きた芭蕉がしぐれを熟知し楽しんだことは、 毎日散歩していると分かる様な気がする。

さて、昨日、直江兼続の人物評として引用した京都・妙心寺の南化玄興和尚の言葉
「人というものは利を見て義を聞こうとしないものだ。 そんな中で直江公は、利を捨て義をとった人だった」 の “人は利を見て義を聞こうとしない” という一節を再考したい。
ここで、“見る”は“識別する”、“聞く”は“承知する”、“納得する”と解釈する。
するとこの一節は、“人は利を識別するが、義を納得しようとしない”、となる。
「利」は、もうけ、勝ち目。「義」は、道理、意味。従ってこれらを総合すると、「人はもうけや勝ち目は識別して追い求める習性があるが、道理や意味等は納得できない」、となる。

普通の人間は、自己本位・自己中心的で、“利を捨て義をとる”などは出来ない。
では、謙信や兼続は本当に“利を捨て義をとった”のだろか?
兼続も謙信も共に優れた経世家、民政家だったようだ。
謙信は「義戦」に明け暮れたが、軍資金に困ることもなく、死後には莫大な金銀を残したらしい。
兼続も徳川の世になり、上杉家の所領を1/4に減らされた後も、内政の力を発揮し、
謙信時代からの多くの家臣を抱えながら安定した統治を行った。

謙信と兼続の偉さは、子孫を度外視したところにある。 謙信は元々、実子はなかった。
兼続も嫡男を若くして亡くし、養子もとらなかったという。 「義に生きる」というのは、自分の家系の繁栄などは、“天地人”に任せるところにあるのだろう。 如何なものか。

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利と義と [歴史]

DSC090125天地人.JPG今日の昼前、BS2で、“その時歴史が動いた”という番組の
「戦国にかかげた“愛” 北の関ヶ原 直江兼続の決断」の最後の方だけ見た。 今年の大河ドラマ“天地人”で話題の人物である。
大河ドラマ“天地人”は初回から見ている。 兼続の幼い頃(与六)を演じる加藤清史郎が実に健気な好演だった。
キッと素晴らしい俳優に育つだろう。成長を祈っている。
上杉謙信は社会の構成要素を天地人という形で簡明に把握した。
天(運命・潮時)、地(資源・場所)、人(人材・人の為す事)。 複雑な社会を天地人とスッキリ整理することによって“義”の大切さを明確に把握できたのだと思う。 (写真は今日 本屋で買った本の表紙)

“その時歴史が動いた”の番組の最後に、直江兼続を評した言葉として
「人というものは利を見て義を聞こうとしないものだ。 そんな中で直江公は、利を捨て義をとった人だった」 という意味のことが紹介された。 兼続と親交のあった京都・妙心寺の南化玄興和尚の言葉だそうである。 この言葉が私には引っかかった。
“一般人が利を見て義を聞こうとしない”というのは良いとしても、“兼続が利を捨て義をとった” というのは言い過ぎではないか? それではまるで聖者のようではないか。

これは利・義の当時と現代との解釈の違いによるものだ。
直江兼続評を 正当に理解する解釈の仕方として、大きく二通りのやり方があると思う。
1つは、「利」という意味を、利己主義に近い意味と考え、
「義」とは、利他主義に近い意味と解釈する。
もう1つは、「利」を適正な収入を超える不当な収入・利益と言う意味に解釈し、
「義」とは、収入の多寡に煩わされず、領民のための政治を司ることと解釈する。

いずれにしても、戦国末期の時代、弱肉強食、下克上の世の中を正すために、社会の構造という原点にさかのぼって、よりよき社会の建設を考究した謙信・兼続という師弟の志を思う。 資本主義社会の爛熟した現代は当時と似ている。 家康のような自己の家系を守るのではなく 「義」をもって政治を司る謙信・兼続のような師弟が現代の天下を取れないのか? 如何なものか。

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私的儀式 [大家族]

今朝は今年一番の冷え込みで、最低気温-4℃と言うことだったが、
その厳しい寒さの中で顔を洗いながら考えた。
毎朝の洗顔を含めた一連の私の行為は、儀式めいているなぁ~!と。

毎朝、顔を洗う前にどんなに寒くとも、基本的には上半身裸になる。
そして洗顔した後にはタオルで顔をぬぐうが、そのときに耳のマッサージも兼ねる。
その後、顔、首、上半身と乾布摩擦する。今朝のように寒い時は特に気合を入れてやる。
おのずと順序があるが、手の先から体の方へ、体は心臓の方へと摩擦する。
心臓へ向けて乾布摩擦をするのを教えてくれたのは母である。
乾布摩擦は数年前からはじめて、続けているが、最近になって思い出した。

それが終わったら、顔のお手入れ、と言っても「魔法の水(茶)」を掌に少しこぼして
念入りに顔を指でマッサージする。目も耳も首も頭も含めてマッサージする。
その後は、一度手を洗って、指を口に入れて、歯ぐきをマッサージする。
乾布摩擦とマッサージ中には、「皆、よろしく頼む。頑張ってくれてありがとう」と
心の中で念じるのだ。 私を支えてくれている何億と言う細胞に声をかけているつもりだ。

上半身裸になってから、マッサージを終了するまで約10分前後である。
昔、父が中村天風という方の弟子になっていろんなことを教わっていた。
そのときに父から譲り受けた天風さんの本に、
「どんなに寒い日でも1日に5分間は裸になったほうが良い」という意味のことを
書いていたと記憶する。 今頃になってそれを思い出して実行している。
「改めるに、遅すぎると言うことはない」 と思う。

さて儀式だが、辞書によると「祝い、祭りなどでの決まりきった作法」となっている。
祝い、祭りは、よろこびや感謝をあらわす行事だ。さすれば、私の行為も毎朝の生きていることへの感謝の気持をあらわすための決め事であり、私的儀式ではないか? 如何なものか。

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ロハス的視点 [希望]

今日、化学技術誌を読んでいたら、「ロハス的生活」という言葉が出てきた。
最近の化学関係の記事は“環境”に関するものが多いが、それでも場違いな感じがした。
ただ、昨日のオバマ演説に少し気になる文章があって、そのことを少し論じる足がかりとして
ロハス的視点を借用することを思い付いた。

気になった文章とは、「我々の不屈の精神を再確認し、より良い歴史を選択し、全ての人は平等、自由、そして十分な幸福を求める機会を持つに値するという、神から約束された気高い考えを推進する時が来た。」の中の“全ての人は十分な幸福を求める機会を持つに値する”という部分である。新聞の和訳は、“全ての人は最大限の幸福を追求する機会に値する”である。
英語では“All deserve a chance to pursue their full measure of happiness”だ。
ポイントは、“their full measure of happiness”。私は、その人その人の限度いっぱいという意味で、十分な幸福と訳した。英語の不得手な私の誤訳かもしれない。
私の考えは、例えば食欲をイメージした。食事は満腹になれば満足する。健康を維持し、健全な生活を支えるために食事を摂る。“腹八分目”という日本の諺があるが、“full”は80%が妥当なのかもしれない。

「ロハス」とは、“Lifestyles Of Health and Sustainability”の略「LOHAS」のこと。
2005.7~9にテレビ東京で放映された「ロハスな生活」の内容からキーワードを拾ってみると
簡素 自然 質素 健康 もったいないの精神 環境保全 などであった。それらを総括して
「ロハス」的視点で最も大切なのは、“ライフスタイル”と“ライフサイクル”だと思った。
即ち、個人差と個人の人生における様々な期間の違いということを念頭に置くことだ。
血気盛んな青壮年期は、質素とか、もったいない では済まないかもしれない。

年年歳歳増加する世界人口、その人々がフルに幸福を追求する機会に恵まれるためには、資源問題や宇宙開発といった遠大な計画も必要だろう。だが、オバマ大統領の言う古い真実を、豊かな生活に慣れ親しんできた人々が改めて“新しい責任”として“ソフトパワー”を発揮して実践することは、意外に簡単に思えてくる。 そう思わせる力がオバマ氏にはある。
豊かな気持で 「ロハスな生活」 を送ることは実に幸せだ。凛冽の気の中で読書三昧になるとき
良寛や芭蕉と同じ体験をしている喜びに浸れる。こういう幸せもある。 如何なものか。

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オバマ就任演説 [社会]

RTR200901200148オバマ.jpgオバマ新大統領の就任演説の全文(英文と対訳)が朝刊に出ていたので、内容解説と感想を述べたい。内容は、
1)危機の最中 2)米国の偉大さ 3)米国再生
4)世界は変わった、5)新しい責任の時代、そして、
6)次の世代のための自由、 に分けて述べられた。
以下、オバマ氏の言説は 「 」内に入れて区別した。

<危機の最中> では、「この日、我々が集まったのは、紛争や不一致を超えた目標の統一、恐怖を超えた希望を選び取ったためである。」と、
黒人初の大統領という歴史的な出来事を上手に利用して、現実の危機を、歴史的な過去の様々な困難を思い起こさせながら、克服できることを説いた。 
“100年に1度”などのキャッチーで安易な表現とは異なる。 深みがある。

<米国の偉大さ> では、 「我々の不屈の精神を再確認し、より良い歴史を選択し、全ての人は平等で、自由で、十分な幸福を求める機会を持つに値するという、神から約束された気高い考えを推進する時が来た。」 「我が国の偉大さを確認するとき、それらは決して与えられたものではないことに気付く。」 「大洋を渡った先祖の労苦を、そして、独立戦争、南北戦争、第二次世界大戦、ベトナム戦争などで戦い死んで行った人々のことを回顧する時、我々の旅、我々の時代は、それらの延長線にある旅だということがわかる。今日から我々は立ち上がり、米国再生の仕事にもう一度着手しなければならない。」 と、畳み掛けてくる。

<米国再生> では、「経済の成功はGDPの大きさだけでなく、繁栄の範囲や意欲ある全ての人に機会を与える能力による。」 といささか哲学的だ。この項は議論も多いところだから省略する。

<安全と理想> では、「前の世代は我々の安全が(ミサイルや戦車だけでなく)、大義の正当性や模範を示す力、謙虚さ、自制心からもたらされるものであることも知っていた。我々はこの遺産の管理人である。もう一度これらの原則に立ち戻り新たな脅威に向かっていかなければならない。」 と軍事力などによる“ハードパワー”ではなく“ソフトパワー”を大いに活用する方向に舵を取ることは明らかだ。

<世界は変わった> では、「米国と同様に比較的満たされた国々は、国境外の国々に無関心でいることは許されない。影響を考えずに世界の資源を消費することは出来ない。世界は変わったのだ。だから我々も一緒に変わらなければならない。」 「一つの世代を定義するこの瞬間において、我々すべてが受け継がなければならないのは、正にこの奉仕の精神である。」
この論調は、明らかに消費、いや浪費社会と見られていた今までの米国と明らかに異なる。日本の政治家にはこんなことは言えないだろう。昔“貧乏人は麦を食え”と言った人はいたが。

<新しい責任の時代> では、「我が国が頼れるのは、結局国民の信念と決意である。」 「我々の成功は、誠実と勤勉、勇気と公正、寛容と好奇心、忠誠心と愛国心という価値観にかかっている。これらの価値観は古いが真実である。求められている事はこれらの真実に立ち戻ることである」

私は、この演説内容を読んで涙が出た。日本ではこれ程に自国の歴史を尊び、戦没者を崇めることは出来ないと。“勝てば官軍、負ければ賊軍”という言葉があるが、勝敗以上に、日本国民の心の中には深い傷が残っている。それはうらみつらみではない。民族としての、個人としての自信が揺らいだためである。日本国内における罪のなすりあいが続く限り、誠の自信は戻らない。演説でも述べられている通りに、米国も南北戦争や人種隔離の苦い経験を乗り越えてきている。日本にも責任のなすりあいを乗り越える力はあるはずだ。 靖国問題などいろいろ個々の問題はあるだろうが、そういったものを乗り越えた高い次元での問題解決によって、日本の、日本人の自信を、言い換えれば、日本人の真実を取り戻して欲しい。 如何なものか。

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