SSブログ

たこ壷型社会 [社会]

今日もスロージョギング主体散歩で効率的な歩数増産を行った。60分強のスロージョギングを給水無で
強行したためか、若干疲れたが、あまり問題もなく回復した。
さて民主党の政権交代以来、約2ヶ月、いろいろ批判してきたが、それは党派的利得のため
ではない。私の心配しているのは、国民が、民主党に過大な期待をしているという点にある。
それは、小泉元首相の郵政民営化に対して抱いた期待と同質のものだ。

この様に国民が過大な期待をする背景には、日本国内でのコミュニケーション活動のお粗末さがある。
私は、“日本は仲間内以外のコミュニケーション活動がお粗末なたこ壷社会”で、個人やグループは
各々が己のイメージのみで物事を判断しているからだと思われる。政党然り、マスコミ然り、
民衆また然り、である。

国際的なコミュニケーション活動もお粗末なたこ壷社会で、国を代表しているごとく見えても、
それは、党派的な付き合いであって、すべては、いわゆる私的なコミュニケーション活動なのである。
それを最も端的に表しているのが、今回の民主党、特に鳩山首相の「普天間基地問題」関係の
一連の発言である。自らの抱く‘アメリカ’関連のイメージから混乱が生じている。
私は、‘たこ壷社会’を悪いとばかりいうつもりはない。それは日本の文化であるから。
‘たこ壷社会’日本は、多様な社会であり、それを自覚していれば大きな問題に発展せず、
多様性は様々な知恵の源泉となるだろう。対外的には経済的発展などに寄与するだろう。
また個人的には、社会と適当な距離を保った身近な仲間の温もりの中で、深刻な問題もなく
唯我独尊的な生き方が出来るだろう。個人として孤立した欧米人に味わえない生き方だ。

だが、そのような日本社会に対して、現代日本人は飽き足りない思いがある。
その背景には欧米からの思想や技術が導入されてすでに百数十年の時が経過し、自分達は
欧米からの思想や技術を体得したという思いがあるからだろう。
そういう思いは私にも理解できるが、残念ながらコミュニケーション活動において今も‘たこ壷’だ。
従来の自民党には、まだ日本社会が‘たこ壷社会’だという認識が残っていた。
しかし民主党が政権をとった後は、自民党の若手にも民主党に追従する動きがでてきた。
‘たこ壷社会’という認識を欠き、過大な期待をかけて迷走する姿は、第二次世界大戦前の
日本社会を彷彿とさせる。政党の票欲しさの甘い汁に惑わされて、再び悲劇の道を進まぬ様
に、それぞれが、たこ壷的コミュニケーション社会に思いを馳せて貰いたい。如何なものか。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

閑話091119続・たこ壷型社会 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。