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流行性感冒_4 [物語]

スペイン風邪にまつわる話に、武者小路実篤の「愛と死」という100ページ程の小説がある。
野々宮という小説家の妹・夏子と野々宮の友人(小説家)村岡との恋愛、そしてスペイン風邪
によって悲恋に終わった物語である。昭和14年(1939)出版のこの小説は、村岡が21年前を
振り返って物語るという筋書きになっている。往年の青春物語のベストセラーだった。
私は、最近のパンデミック騒ぎで、スペイン風邪のことを調べながら、この物語を思い出して
読み返して、ふと、これは作者・武者小路実篤の実話ではないかと思った。21年前の事を書く
というのが、非常にリアルに思えたからである。

小説前半に野々宮の33回目の誕生日のことが書いてある。作者の誕生日と異なる日付だが
武者小路実篤自身と同じ年齢設定になっている。大正7年当時、実篤は33歳であった。
それで、ヒロイン・夏子に相当する実篤の妹の存在を検索したが出てこない。
実篤の兄弟姉妹は、8人いたが殆どは夭折し、残ったのは6歳上の姉・伊嘉子(いかこ)と、
2歳上の兄しか居らず、姉も結婚直後、明治32年(1899)に肺病で亡くなっていた。
結局、妹のモデルは見当たらず、私の大胆な憶測は不発に終わった。考えてみれば、もしも
私の推定どおりなら一般に流布されていたことだろう。徒労だったがそれでも楽しかった。

ヒロイン・夏子は逆立ちして歩く競争をするお転婆なお嬢さんで、誕生会で村岡が隠し芸に
困っている時に助け舟を出して、宙返り(今でいう前転?)をして見せた。当時にはまれな
運動神経と体力を備えたお嬢さんだったようだ。それが、小説の中で、洋行中の村岡が神戸に
帰国する11月12日を待たず、二週間前に亡くなってしまう。わずか1ヶ月ほどの闘病である。
スペイン風邪に関する英国の正式報告書によれば、「病気は勝て気ままに振舞った。泥棒の様
に夜中に忍び込み、大切な人を奪った」と記されていたという。

スペイン風邪が、虚弱者のみならず、強壮者も同様に襲い倒していった事は、内務省衛生局
作成の「流行性感冒」という報告書の統計データからも明らかである。小説「愛と死」では
ヒロイン・夏子の兄は「スペイン風邪という奴は丈夫なものの方がやられるらしい」と述懐
している。地団太を踏む思いが伝わってくる。21年後に書いたにしては真に迫るものがある。
丈夫なものが死に至った原因を、 “免疫反応における抗体の過剰防衛” と説明したテレビ
解説者がいた。健常者だから過剰防衛するというが、なかなか奥は深そうだ。如何なものか。

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