SSブログ

ロハス的視点 [希望]

今日、化学技術誌を読んでいたら、「ロハス的生活」という言葉が出てきた。
最近の化学関係の記事は“環境”に関するものが多いが、それでも場違いな感じがした。
ただ、昨日のオバマ演説に少し気になる文章があって、そのことを少し論じる足がかりとして
ロハス的視点を借用することを思い付いた。

気になった文章とは、「我々の不屈の精神を再確認し、より良い歴史を選択し、全ての人は平等、自由、そして十分な幸福を求める機会を持つに値するという、神から約束された気高い考えを推進する時が来た。」の中の“全ての人は十分な幸福を求める機会を持つに値する”という部分である。新聞の和訳は、“全ての人は最大限の幸福を追求する機会に値する”である。
英語では“All deserve a chance to pursue their full measure of happiness”だ。
ポイントは、“their full measure of happiness”。私は、その人その人の限度いっぱいという意味で、十分な幸福と訳した。英語の不得手な私の誤訳かもしれない。
私の考えは、例えば食欲をイメージした。食事は満腹になれば満足する。健康を維持し、健全な生活を支えるために食事を摂る。“腹八分目”という日本の諺があるが、“full”は80%が妥当なのかもしれない。

「ロハス」とは、“Lifestyles Of Health and Sustainability”の略「LOHAS」のこと。
2005.7~9にテレビ東京で放映された「ロハスな生活」の内容からキーワードを拾ってみると
簡素 自然 質素 健康 もったいないの精神 環境保全 などであった。それらを総括して
「ロハス」的視点で最も大切なのは、“ライフスタイル”と“ライフサイクル”だと思った。
即ち、個人差と個人の人生における様々な期間の違いということを念頭に置くことだ。
血気盛んな青壮年期は、質素とか、もったいない では済まないかもしれない。

年年歳歳増加する世界人口、その人々がフルに幸福を追求する機会に恵まれるためには、資源問題や宇宙開発といった遠大な計画も必要だろう。だが、オバマ大統領の言う古い真実を、豊かな生活に慣れ親しんできた人々が改めて“新しい責任”として“ソフトパワー”を発揮して実践することは、意外に簡単に思えてくる。 そう思わせる力がオバマ氏にはある。
豊かな気持で 「ロハスな生活」 を送ることは実に幸せだ。凛冽の気の中で読書三昧になるとき
良寛や芭蕉と同じ体験をしている喜びに浸れる。こういう幸せもある。 如何なものか。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

オバマ就任演説私的儀式 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。